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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(中)
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 茫然自失状態のイヴァンヌを半ば引きずるようにして戦場の外へと連れ出していくフレデリック。いずれこの二人が愛を育むようになるのだから人間とは不思議なものである。そして、物語は終盤へと進んでいく。茫然自失の状態から友の願いの為だけに立ち上がった彼女はそれまでの熱情溢れる戦い方を止めて、冷静沈着に相手を見て一瞬の隙をつくという”守りの剣”という戦い方を確立。それを主軸に連戦連勝を積み重ねていく。その姿は騎士養成学校時代のミュゼカの戦い方にとてもよく似ていた。


 クルクルと回転して連撃を繰り出す無駄のない剣技にリュシカが思わず「いつのまにか真似られていたようだ」と苦笑した。


 劣勢を跳ね除けて王国軍へと合流。五千となった兵でファルネリアス軍の本陣へと強襲。火矢にて退路を絶たれたファルネリアスがもはやこれまでとイヴァンヌに一騎打ちを申し込んだ。彼女はそれを承諾。舞台最大の見せ場である二人の一騎打ちが始まった。


 上下段に切り分けて蹴り分けているイヴァンヌの攻撃を受けながらファルネリアスは波打った剣身のフランベルジュで袈裟を放つ。武器自体の安定性にはかけるがその殺傷能力は非常に高い。イヴァンヌの剣を握った細い指など一擦りで飛んでいってしまうだろう。無論ファルネリアスの狙いは多岐に渡るが即座に致命傷を与えられなくても近いところにある腕の腱や指などを落とせれば、一気に優勢や勝利に結びつく。その為、普通の剣に比べて非常に戦いにくい武器でもあった。


 しかし、守りの剣となったイヴァンヌは真っ当に打ち合わない。刃滑りからの指落としなどはフランベルジュ使いの得意とするところでありイヴァンヌも当然警戒している。そして、何より彼女が剣聖と言われるようになった所以は受けずに躱して攻防一体となった剣で一瞬の内に切り倒すところからである。


 縦横無尽に襲いくるフランベルジュの攻撃を躱す、躱す、躱す、躱すーー。


 ファルネリアスの表情に焦りの色が浮かんでいる。今まで戦ったことない剣術、そして、空振りによる体力消費で異様な疲れが表れている。そうなれば、この流れは必然だ。今まで引き戻せる位置にあったフランベルジュを踏み止まれずに深く切り込んだことで足がもたつき上体がぶれた。その隙はイヴァンヌが待っていたものだ。


 深く踏み込んだ回転斬りが確かにファルネリアスの胴を切った。そして、振り返りざまにフランベルジュを振り上げたファルネリアスへ必殺の突きを打ち込んだ。会場が一瞬影と赤になり引き抜かれた剣にファルネリアスが崩れ落ちた。


 イヴァンヌは剣の血を振り払い回転させて納刀すると空を見上げて涙を一つ零した。


 舞台が暗転してナレーションがその後の顛末を語る。ファルネリアス亡き後、コルティア帝国軍は撤退を余儀なくされ三方より一時的に同盟を組んだ小国連合により滅ぼされた。その後、アードヤードと小国連合間での戦いが幾度と無く行われることとなるが、その度に活躍したイヴァンヌは数々の伝説を打ち立てることになる。


 舞台に光が戻るとそこにはフレデリックとイヴァンヌの姿があった。二人がそれぞれ花束を持って戦場の真ん中に交差させるように置いた。


「俺はお前を許さない」


 フレデリックがそう言って客席に背を向けた。


「それで良い。私を許さないでくれ」


 そう言ってイヴァンヌが彼の手を取って、やはり客席に背を向けた。二人の間にそれ以上の接触はなかったが深い心の繋がりを表しているようだった。少し二人が見つめあったところで幕が下り始めた。




 その瞬間スタンディングオベーションが巻き起こった。興奮した紳士の一人が自身の被っていた帽子を上に投げて感動を表す。そして、それを招待席で見ていた二人も立ち上がって拍手をした。明るめの音楽と共にカーテンコールが行なわれる。緊張感溢れる演技をしていた時とは打って変わって可愛らしい笑顔や爽やかな笑顔を浮かべている役者を見ていると本当に違う人間になっていたのではないかと思うほどの変わりようだ。


「素晴らしいものを見せてもらった。これはディナーの良い話題になりそうだ」


「そうだな。しかしながらリュシカの剣技が一部採用されているとは思わなかった。驚いたぞ」


 あのくるくると素早い回転を使った剣術は確かに舞台上でも映える。良いところに目をつけたなと思う反面あまり聖イヴァンヌ騎士養成女学園の関係者には知られたくなかったなぁとも思った。卒業生なので直接教えることはないかも知れないが少し心配ではあった。


「まあ、そうだな。だが舞台用のアレンジもあって見た目重視であったことを考えれば心配はなかろう。より極めていくさ」




「エルちん‼︎」




 その特徴的な呼び名にエルフレッドが振り返るとそこには今にも零れ落ちそうな程に涙を溜めたノノワールの姿があった。


「何があったかは知らんが先にリュシカに挨拶と説明をだなーー」


 立ち上がったエルフレッドの言葉を他所にノノワールは駆け出した。横で「エルちん?」と不思議そうな顔で言葉を反芻していたリュシカは突如エルフレッドに抱きついた準主役を務めていた女優に目を見開く。


「お、おい‼︎さっきから言っているが何があったかは知らんが誤解されるーー「好きだった‼︎本当に好きだった‼︎」


 涙を流しながら告げる彼女に隣のソファーの辺りから冷気が漂い始めたような気がする。しかし、本当に悲しそうに涙を流している彼女を見ていると慰めることは戸惑えども引き剥がすことは難しい。


「......エルフレッド?」


 どうなっているのかを説明しろと言わんばかりのリュシカの声にエルフレッドが「いや、絶対に勘違いだ。なんせこのノノワールはーー」と呟いた瞬間、彼女は泣き叫ぶように言った。













「本当に好きだったのに‼︎メイカちゃん‼︎女の子はちょっとって断られたぁあ‼︎うわぁ〜ん‼︎」













 取り乱してわんわん泣いている彼女にリュシカは目を点にして「......メイカちゃん?」と呟いた。


 エルフレッドは「まあ、そう言うことだ」と呟いて泣いてるノノワールをリュシカへと押しつけた。すると、しばらくは人が変わったことに気付かずに抱き締められていた彼女だったが「ええーん‼︎......ん?やば、なんか滅茶苦茶良い匂いがする。や、柔らかい、グヘグヘヘ」と妙な笑い声を挙げ始めた。


「......同性を慰める為に抱き締めて後悔したのはこれが初めてかも知れんな」


 エルフレッドは自身に清めの風をかけながら「無論リュシカにもかける予定だがもう少し後にしないと意味がなさそうだからなぁ」と苦笑した。原因のノノワールといえば「あ、ちょっとリュシカ様って解ってるんだけど最高過ぎて離れられない。どうしよう......じゅるり」と背筋が少しゾワリとするようなことを口走っている。


「もう良い加減離れろ。見境なく思われたから振られたんじゃないのか?......すまんな。リュシカ」


 リュシカからノノワールを引き剥がしたエルフレッドは二人に向けて清めの風を唱えた。


「いや、なにかを失ったかのような感覚と共に凄く安心した私がいる。寧ろ昨日は済まなかったな」


 そう言いながら苦笑するリュシカの横で「見境なくない‼︎エルちんが悪いんじゃん‼︎いつも極上の女の子ばっかり私に見せつけて‼︎エルちんの鬼畜〜‼︎羨ましい〜‼︎」と本音全開で地団駄を踏んでいるノノワールだった。




「改めて、ノノワール=クーナシア=アルキッドです♪本日はご来場有難うございます♪」


 舞台衣装もそのままにカーテシーをしているノノワールにリュシカが微笑んだ。


「リュシカ=ヘレーナ=ヤルギスだ。学園生には基本この話し方で話している。よろしく頼む。今日の舞台は本当に楽しませてもらった。個人的にはそなたのミュゼカ役が一番良かったぞ?なぁ、エルフレッド?」


「そうだな。普段のノノワールと違い過ぎて本当にノノワールが演じているのか疑ったくらいの素晴らしさだった」


「えへへ♪リュシカ様に褒められちゃった♪後エルちん‼︎疑うは余計だよ‼︎」


 態とらしくプンスカしているノノワールに「こんな姿を見せられてはなぁ」とエルフレッドは苦笑を漏らした。


「すいません。遅くなりました。リュシカ様、エルフレッド様、本日はご来場頂き誠に有難うございます。本日主演を務めましたメイカと申します」


 とても礼儀正しく何度も頭を下げて入ってきたのはイヴァンヌ役を務めていた女優であった。


「とても良い演技でしたわ!剣術も本格的で驚きました」


 リュシカの言葉に彼女は大層申し訳なさそうな表情を浮かべながら「実はその件を謝罪に来たのです」と言ってちらりとノノワールへと視線をくれた。ノノワールは顎下に指をやって少し思考していたが「ああ、そうだった‼︎」と思い出したかのような声を挙げてーー。


「リュシカ様!ごめんなさい!余りにも美しい剣術だったのでついつい舞台の演技に使ってしまいました!」


 へこへこと何度も頭を下げる彼女達にリュシカは微笑んでーー。


「いいえ。あのような素晴らしい舞台に使われるならば光栄ですよ?気になさらないで下さい。エルフレッド、そろそろ......」


 エルフレッドが腕時計で時間を確認するとディナーの予約二十分前の時間である。馬車で向かうならば、そろそろ出た方が良いだろう。


「ノノワール、今日は素晴らしい舞台を有難う。メイカさん忙しい中で御挨拶頂いてありがとございます。また舞台がある時は見に来させて頂きます。リュシカ、お手をどうぞ」


 エスコートの掌を差し出すと彼女はその上に手を置いて立ち上がった。


「こちらこそ有難う御座いました。またのご来場お待ちしております」


「バイバイ、エルちん!リュシカ様!また呼ぶねぇ〜!今日は有難う御座いました♪良い夜を♪」


 いつも通りバイビー♪と両手を振る彼女に手を振り返して二人は会場を後にした。

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