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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第一章 灼熱の巨龍 編
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9

 次の日、エルフレッドはグレン所長を伴ってサラマンド族の集落へと向かっていた。


 彼女の言っていた論理的ではなく法的拘束力のない話と言うのはサラマンド族の仕来りのようなものであった。




 かつて、ガルブレイオスは巨龍でありながら炎を纏う大型の狼の様な風貌であることから冥界の番犬から名前をとって[ガルム]と呼ばれていた。そのガルムはこの島に多くあったとされるサラマンド族の集落を突如襲い蹂躙した。


 その結果、少なくとも十はあったとされる集落は最後の一つを残して滅び去った。最後の集落の人々はいつ襲いくるかも解らないガルムの影に怯えて日に日に精神をすり減らしていった。遂には気が触れる者も現れて集落が混沌と崩壊に支配され始めた頃、一人の青年が立ち上がった。


 それがサラマンド族の英雄とされるグレイオス=ラスタバンである。


 当時、族長の娘と恋仲にあったグレイオスは彼女との間に出来た子供を守る為に集落に代々伝わる宝剣”浄魔の剣”を手に取り火の巨龍ガルムに立ち向かったーーという英雄伝説が残るのだが研究者の間では別の説が有力視されている。


 それは彼の生い立ち、そして、その生涯について書かれた古文書と現族長家に代々伝わる巻物を解読した結果から立てられた仮説だが、その仮説が真実ならばグレイオス=ラスタバンの人生は余りにも悲しい。


 英雄の華々しき生涯が書かれていると考えられていた古文書に最も多く書かれていた言葉はーー。


 ”尾の生えた人”


 ”混ざり物”


 自分達とは違う"外見が特異な者"に向けた侮蔑の言葉であった。


 その当時だがサラマンド族の男性は溶岩色の鱗を持つ二足歩行の蜥蜴の姿をしていたとされている。しかし、伝説に伝わるグレイオスの姿はサラマンド族の女性と同様で尾が生えていること以外は人族に近い見た目をしていたとされる。


 実はその外見的特徴は人族とのハーフと考えられていた。当時のサラマンド族は他種族との交流に排他的であったことからグレイオスは日常的に差別を受けていたと考えられる。


 そんな彼が自らサラマンド族の宝剣を手に取って命の危険を顧みずガルムを倒しに行ったとは考え難かった。研究者達の間では様々な憶測が飛び交ったのだが、その答えは巻物を見ることで直ぐに解決される。




 嗚呼、愛しき貴方。我が父の怒りに触れ地獄へと向かう。




 愛憐で始まったその文章は我が身に突如降りかかった悲劇ーー、愛する者との別れが受け入れられず苦しみ悲嘆する様が有り有りと描かれていた。




 産まれ来る我が子を見ることさえ許されぬのか?浄魔の剣を献上し、怒りを沈めることが罪滅ぼしと罪無き貴方は狂獣と会す。



 

 その答えは余りにも残酷な答えだ。無実の罪を着せられ交渉の名の下に生贄にされた悲しき男の最後であった。


 巻物は続いた。何時迄も帰ってこないグレイオスを探す為に夜分遅くに集落を抜け出した族長の娘は火山の洞窟の最奥にある溶岩に囲まれたガルムの住処にてガルムに宝剣を突き立てながら息絶えている彼の姿を見つけた。


 失意に飲まれ命さえ捨てようと考えた彼女だったが非業の死を遂げた彼の功績を伝えるために集落へと帰り、彼の子を産んだ。その頃には彼の功績は別の者にも確認されていたことから外見での差別は無くなりガルムの脅威から解放された集落の人々は平和に暮らしたとされる。


 集落の人々は彼の功績を讃え聳え立つ火山にグレイオス火山と名付けた。そして、退治した英雄の名を持ってガルムを封印する意味を込めてガルムグレイオスーー、ガルブレイオスとした。


 余談だが、現在彼の子孫とされる者が族長を務めており村の人々の大半は昔で言う”混ざり物”の姿をしているが彼らは誰一人としてハーフではない。


 奇しくも研究結果で分かったことだが一番近い言葉で言うならば”進化”。


 風習、そして、思い込みが成した悲劇の例として最も使われる学説となったのだった。




「まあ、あれだね。ガルブレイオスを倒す者が現れたら最大限の祝福をしないといけないらしいよ!グレイオスに対する謝罪なのか配慮なのかは知らないけども迷惑な話だよね!」


 案内役として先行するグレン所長は額に浮かぶ汗をぬぐいながら言った。


 鬱蒼と茂る熱帯林の塗装の行き届かない獣道を歩かされているせいか些か険のある表情を浮かべて棘のある言葉をぶつぶつと並べている。もしくは非合理的な行動をよく思わないタイプなのかもしれない。


「確かに行かなくて良いのならば行かなかったとは思います。ですが迷惑と言うほどのものではありません」


 エルフレッドが体力や時間的に余裕があることも関係しているだろうが元々読書を好むくらいには知識欲がある。ごく一般的な人族とは少々違う生活をしているであろうサラマンド族やその集落に対して彼は興味を覚えていた。


「ふ〜ん。なるほどね。まあ、それなら良いけど君はちょいと老成しすぎやしないかね?」


 グレン所長はどこか揶揄するような悪戯好きの猫の様な表情を受かべる。老成とは言ったが”しすぎ”とついてるところから褒める意味では使っていないのだろう。


 少し眉を顰めたエルフレッドだったが自身を省みて老成していると感じたことはない。確かに人より長い時間活動できるために経験値は多いだろうが、それが偏っていることも重々承知していた。


「単純に知識欲があるだけですよ。それにこんな言い方も何ですが老成してる人間が巨龍に挑戦しようと思いますかね?」


 彼女はキョトンとした表情を浮かべたが言葉を頭で反芻し理解するや否や腹を抱えるほどに爆笑した。


「ハハハッ‼︎確かに‼︎こりゃあ一本取られたよ‼︎そうだね、確かにリスクを考える大人の行動ではないね‼︎」


 目尻に浮かんだ笑い涙を拭ってグレン所長は「あー、笑った」と呟いた。


「さて、そろそろ集落に到着だね!君の知識欲を大いに発散させると良いよ!」


 彼女が身体ごと振り返って劇がかった口調・身振り手振りでそう言ってエルフレッドの視界から外れるとそこには割とモダンな一軒家の立ち並ぶ小規模の街が現れた。


「......なるほど」


 顎に手をやり街に対して興味深い視線を送るエルフレッドを見ながらグレン所長が笑った。


「未だに竪穴式住居かと思ったかい?まっ、観光用にそういう場所も残してはいるけど残念ながら普通の街だよ!民族衣装だって普段は着ないしパフォーマンス以外じゃ踊りもしない。中流家庭以上なら携帯端末やパソコンもある。それが現実ってもんさ!」


 彼女は悪戯が成功したかの様なイイ笑顔で告げる。近くを通っていたサラマンド族の夫婦が微笑を浮かべながら彼女に視線をくれているのを見るに彼女のそういったところもこの街では受け入れられているようだ。


「こんなことを言うのもなんですが本当に民族的生活をしている種族が少ない事は既に存じております。いくら文化レベルに差があったとしても同じ国に住む者たちが前文明的生活をしているはずがありません。私が驚いたのはもっと一般的な事で、これだけの規模があるのに集落と名乗るのは何故だろうか?と考えたからです」


 エルフレッドは再度街を見回す。土を固めた道、整備の行き届かない熱帯林の樹々ーー、そう言ったところ以外はさして普通の街とかわらない。なんだったらバーンシュルツ領にある一部の街と比べても栄えているまである。そんな規模の街が集落を名乗る理由が少々気になったのだ。


「ありゃ?そうなの?ちょっとつまんない。残念だよ」


 グレン所長は見てくれでつまらないと解るくらいにつまらなそうな表情を浮かべながら言った。


「まあ、大した理由じゃないよ。単に集落と名乗ったほうが物珍しくて人が来る。観光目的が理由さ。ーーっと言うことで目的地に到着!さっさと用事を済ませようか!」


 確かに大した理由じゃないなぁと考えていたエルフレッドは目的地と聞いて思考をクリアにする。見上げればこの辺りでは圧倒的に大きな二階建ての建物が目の前にあった。


「かしこまりました。インターホン鳴らしますね」


 隣で見上げてくる彼女にそう言ってエルフレッドはインターホンを鳴らすのだった。

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