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とても巫山戯たクラスメイトだが演技にかける想いは本当のようだ。彼女がリュシカの戦いを見たのはあの闘技大会の時だけだったハズだが、その美しくも勇ましく見える部分をトレースしたかのような回転する剣術を披露している。もしくは魔法戦闘学の授業などで少しでも見せた事があったのだろうかーー。
ノノワールは「祖国の存続は我らが勝利にあるのだ‼︎進め‼︎我が友よ‼︎」と剣を掲げて叫んだ。演技としての剣撃であるから遠近法なので距離を誤魔化してはいるがプロジェクションマッピングを使った血飛沫などは本当に戦っているかのような錯覚を起こさせる。
最新技術を交えた舞台でイヴァンヌ=テオドアの戦いの中でも有名な[アイゼンシュタット防衛戦]をテーマにした劇であった。建国初期後半頃、まだ小国であったアードヤードは当時最盛力を誇った[コルティア帝国]の侵攻を受けて王都陥落の危機を迎えていた。その当時、騎士養成学校を卒業してまだ一年目のーーしかし既に剣の天才として有名だったーーイヴァンヌ=テオドアが自ら最前線で戦うことを志願。コルティア帝国の四天王の一人であり敵将のファルネリアスを討ち取ってアードヤードに勝利を齎すというものだった。
ノノワールの役柄はイヴァンヌ=テオドアの親友で同じ騎士養成学校でのライバルでもあったミュゼカという少女だ。今回は準主演ということだがアイゼンシュタット防衛戦をテーマにした作品では剣聖イヴァンヌを押しのけて主人公になることがある程の人気な人物である。
理由は騎士養成学校卒業後、騎士爵に嫁入りした平民の少女だったミュゼカは既に騎士の道から退いていたのだがイヴァンヌの危機を知って愛を捨てて友を助けに行くところにある。そして、彼女はイヴァンヌを助けて命を落とすという最期を迎える。イヴァンヌが残したとされる自筆の日記にあった詳細では”背に十の矢を受けて両腕に其々五より多い矢を受けてミュゼカは逝った”と震えてふやけた文字で書かれていたのは有名な話だ。
今回の舞台でも当然その様子が描かれている。時系列は防衛戦中期から始まる前、初期、後期と流れて行く。その間にイヴァンヌとミュゼカの学生時代の様子やミュゼカの結婚式を祝うイヴァンヌの姿などが映し出されてイヴァンヌは幸せな親友を思って何も言わずに最前線へ向かうのだ。
イヴァンヌの役を務めるメイカと呼ばれる女優が聖イヴァンヌ騎士養成女学園出身ということもあり、その剣術の腕は本場の騎士仕込みのものである。特に憧れの剣聖イヴァンヌ役であるせいか熱の入りようが凄まじく観ているものを圧倒した。防衛戦が始まって十日後、イヴァンヌは味方の裏切りと敵の策略により一軍を率いて孤立する。簡易的に築かれた要塞を囲まれる中で彼女は諸手を着いて嘆いた。
「我が軍もこれまでか......アントニウスの裏切りがなければ立て直しようがあったものの......」
小貴族であったアントニウスは防衛戦五日目の時点で敵の間者に唆されており勝利後の伯爵位を条件にこの計画を実行。本軍や補給隊と分断されて兵糧攻めが始まる。兵士の指揮も下がり、しかし、逃げ出す場所もない。ついには部下の男達が暴走し始めてイヴァンヌへと襲い掛かり始める。そして、敗戦の責は自分にあるとイヴァンヌがそれを受け入れようとした時にミュゼカの軍が到着する。
ミュゼカは旦那より餞として私兵五百を譲渡されており王国軍千人が加わった千五百の兵でアントニウス軍五千を撃破。アントニウス討伐後に三千を捕虜としてイヴァンヌを救出ーー敗戦の責と自身から慰み者になろうとしたイヴァンヌを叩いて激昂した。
「馬鹿な真似をするな‼︎自分をもっと大切にしろ‼︎」
泣き噦る彼女を抱きしめて涙するミュゼカの姿は舞台と解っていても涙を流すものがいる程に感情を揺さ振るシーンであった。そして冒頭のシーンの場面に繋がるのである。親友でありライバルでもあるイヴァンヌとミュゼカの息のあったコンビネーションと采配で徐々に後退を迫られるファルネリアス軍は苛立ちを隠せなくなっていった。その結果、捕虜を生きたまま火達磨にしてイヴァンヌの軍へと放つという残虐な奇策に出る。
その惨たらしい仕打ちに罠だと止めるミュゼカを押し切ってイヴァンヌは千の兵を率いて出兵。ファルネリアス軍一万の内の長槍歩兵二千と激突。指揮の高い騎兵の突撃にてそれを撃破ーーしたかに思われたが、やはり、それはミュゼカの言う通り罠であった。
長槍歩兵の後方より重装歩兵二千が満を持して進軍開始。更にイヴァンヌ軍の後方、森林地帯より騎兵五百が奇襲。その中を弓の雨が降り注いだ。それは本物の役者とプロジェクションマッピンングの映像を合わせたものだったが矢の雨が振る中の殺陣のシーンは非常に見ものであった。
奇襲部隊を倒しながらどうにか後退しようともがくイヴァンヌの元へ重装歩兵二千の側面より騎兵七百が出現。ミュゼカ軍の副将で後のイヴァンヌの旦那であるフレデリックがそれを率いて弓兵と重装歩兵を分断。弓兵を制圧。奇襲舞台後方よりミュゼカが残りを率いて襲撃。イヴァンヌ軍を救出後、重装歩兵をフレデリックの軍とイヴァンヌの軍を合わせての挟撃にて殲滅。
しかし、敵軍参謀の狙いは当時血気盛んだった剣聖イヴァンヌではなく、冷静な采配で智謀の光るミュゼカの方であった。重装歩兵右翼側よりイヴァンヌ軍へ向けて弓兵千による掃射開始。当然援護の為にミュゼカの軍がイヴァンヌ救出へと右翼へ進軍を開始。フレデリックを側方より弓兵千へと向かわせたところで左方森林地帯より弓兵五百が出現。イヴァンヌ軍半壊、イヴァンヌは窮地に立たされる。
「走れ‼︎敵を掻き分けて進め‼︎イヴァンヌ亡き後、我らに未来はない‼︎」
錯綜する舞台ーー降り注ぐ弓。馬から落馬したイヴァンヌに駆け寄ったミュゼカ。遠方から双眼鏡にてこちらを窺っていた参謀が頬を釣り上げて太鼓を打った。その瞬間に弓兵の狙いは突如ミュゼカとなった。イヴァンヌを庇うようにして十の矢を背に受けたミュゼカは「我が国の未来は......我が友の手に.....」と血糊で濡れた手でイヴァンヌにの頬に触れた。
「ミュゼカ......?」
呆然とするイヴァンヌに微笑んで剣を抜いたミュゼカは彼女の前に仁王立ちすると叫んだ。
「フレデリック‼︎聞こえるか‼︎この国の未来はここにある‼︎ここにあるのだ‼︎」
その叫びを呼び水にしたかのように彼女へと弓が殺到したイヴァンヌに当たらないようにと広げた腕には多くの矢が刺さって崩れ落ちる。
「ミュゼカ......何故だ、何故だ‼︎お前が、お前が教えてくれたではないか‼︎馬鹿な真似をするなと‼︎自分をもっと大切にしろと‼︎」
目を開くことのない彼女を抱いて泣き噦るイヴァンヌ。その様子に舞台はまだ途中であるにも関わらずに思わずといった短い拍手がなった。横で見ていたリュシカが「観ていられないな......」と目元を抑えながら呟いた。遅れて鬼のような形相で現れたフレデリックは胸に広がる激情を抑えながらミュゼカから離れようとしないイヴァンヌの手を掴んだ。
「ミュゼカ様の死を無駄には出来ません。行きましょう」
いやだいやだ、と首を振るイヴァンヌを見ていたフレデリックは我慢の限界だと叫んだ。
「ふざけるな‼︎元はと言えばお前がミュゼカ様の制止を振り切って飛び出したからこうなったのだ‼︎俺はお前が嫌いだった‼︎ミュゼカ様が助けろと言わなければ俺が斬り捨ててやりたいくらいだ‼︎」
「あ......あ、わた、わたしが」
「後悔ならミュゼカ様の言った通り国を救ってからにしろ‼︎望むならば俺がお前の首を落としてやる‼︎」




