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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(中)
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「だから料理が得意なのか。ホームパーティーの料理は未だに携帯端末に入れてるぞ」


 携帯端末を開いてトマトのゼリーをプルプルしている動画を見せてくる彼女に「......やめてくれ」と呻いてーー。


「正しい訓練が出来始めていたのだろう。九歳には漸くゴブリンを倒せた。十歳でEランク十一歳でD。そして十二歳でCランクになり騎士爵を授与。賊を切ってBランク。ここで意識不明の重体ーー助からないと言われながら奇跡的に生還。死にかけたのは何度目か解らないが本当に死んだかもしれないと思ったのはここが初めてだな」


「本当に無茶苦茶だな......そなたは。レイナ様も怒ったであろう?」


「もう怒ったなんてものではない。せっかく生還したのに母親の怒りで死ぬかと思ったほどだ。そして、今度は集めた本や武具を全部捨てられて燃やされて母親の起きている間はダンス、マナー、社交のレッスン、勉学のみ。無論、母親が寝ている間や社交界に行っている間に戦闘訓練や転移を覚えてギルドに行ったりしてコソコソ練習していたがな」


「呆れてものが言えないというのはこのことを言うんだな......」


 もう一段階暗くなった照明の中で彼女は再度グラスに口を付ける。


「そして、あの未曾有のキマイラ出現だ。被害を重く見た王国よりBランク以上の冒険者は全て強制徴兵だったから俺にとってはある意味でラッキーだった。そこで功績を挙げて王の目に止まれば母親とて文句も言えん。そして、キマイラの首を取って勲章授与。準男爵に陞爵。A冒険者ランクだ。そこからは一度母親の目も落ち着いたな。父親の頑張りで男爵になった後にジュライを倒して子爵位と特Sランク授与。まあ、そこで半身不随になりかけて母親から監禁されたわけだが......」


「もうそこまでくると笑い話だな。それは監禁でもされるだろう」


「起きたら魔封じの腕輪なんて罪人が付けるような腕輪をつけられていたから何事かと思ったぞ?それも結局王城での勲章授与式で魔封じの腕輪が外れたのを見計らって転移で逃亡。アードヤード内の宿を逃げ回って一ヶ月後に電話にて和解。まあ、後はリュシカの知る通りの学園生活というわけだ。俺はそこまでやって漸くこの立場に至るわけだがリュシカを含め闘技大会の決勝に残ったメンバーならばここまでしなくても同じ強さになれるだろう。リュシカなどはこの僅かな期間で俺に大剣を抜かせている。冒険者になればBランク以上は確定的だな」


 彼は肩を竦めて笑ってみせた。ソファーに深めに座り直して「望めばSランクにだってなれるぞ」と呟いた。


「だから結局は何を望むかではないか?そして、その為にどれだけ行動をするかだ。そもそもリュシカの夢にはそんな功績なんて必要無いだろう?ただ必要に迫られていると考えているだけなのではないのか?」


 今そこに対して答えを出すことは出来ないが、もし相手が自分だとするならば自分は相手の女性に対してそんな功績などを求めたりはしていない。ただ共にあって共に過ごして安らかであって欲しいだけだ。わざわざ隣に立つことに相応しいなどありはしないのである。


 そもそも客観的に見ればリュシカの場合は隣になるのに必死にならねばならないのは男性の方だ。彼女は彼女の存在だけで既に大抵の男性からして高嶺の花である。エルフレッドとてこんなオーガのような男に必死になる必要はあるまいと思うくらいだ。


「そうなの......だろうか?」


「俺は少なくともそう思っている」


 リュシカは少し安心した。結局のところ自身の意中の存在は隣に座るエルフレッドなのだから彼が必要に迫られているだけだと思っているならば自身が焦るようなことを彼は考えてもいないのだろう。


 ならば、()()()()おいては安心しても良いのかもしれない。となると心配する点は自身のーー。


 女性には稀に運命の相手が現れるそうだ。それはストーカーの熱情や恋い焦がれるような熱いものではなく何となく”私この人と結婚するんだ”といった何だがそれが当たり前のような感覚で好みとか外見とかを度外視した妙にしっくりくる安定感のような感覚であるらしい。それが、ある日突然何気無い場面で降ってくるのである。


 自分に正直な人程その感覚を感じ取れて納得出来るという変なそれは意外にも正解を掴めるそうだが、あまりにも自身が根底とする理想から掛け離れている場合が多く受け入れられるかどうかなどは解らない。


 そういった点ではリュシカの場合は穿ったものがない。生理的な嫌悪はあっても基本的に外見や能力などには一切興味がない。小さな頃から最悪相手に稼ぎが無くても自分が稼げばいいくらいに思っている。ちょっと変わった女の子だ。例えば常識にも捉われない。男尊女卑と言いながら男性が専業で主夫をしていることをヒモだとも思いはしない。大事にしているのは自身の感覚的な部分だけである。


 そして、そういう意味ではリュシカはもう長いことエルフレッドに思いを寄せていた。二人でいるのが当たり前の感覚が彼女の中には存在していたからだ。いつから?と問われれば最初に出会った時からである。


 しかし、好きになったのはまた別の話だ。恋焦がれるようになったのは限界近くまで消耗して自宅庭園で座り込んでいた時に名前を名乗ることで安心させようとした気遣いと何も聞かずに世間話に付き合ってくれたあの時からだった。


 ーー悲しい話だが逆に恋をしてからの方が辛くなったのだ。焦燥感はそれからだ。


 それまではただ彼の功績が増えることを喜ぶことが出来た。無論、気になり始めたのはもう少し前だったのだろう。表彰式の時は少し辛い感情が芽生え始めていた。最近は功績が高まれば高まる程遠くに行ってしまうような気がしてならなかった。そして眠れない日々が増えた。


 エルフ領の話を聞いた日などは酷かった。聖魔法を掛けても掛けてもお腹が痛くて肌もガサガサに荒れた。目の隈も酷くて周期も乱れた。あまりに隠しようが無かったので母親に嘘を吐いて聖魔法を掛けてもらった。当代一の名は伊達じゃなくお陰で一日経てば治った。


 公式な発表はないがエルフ領の統合を持って将来的には公爵と名乗ることだろう。そうなれば当然後継ぎが必要になる。それも少なくても二〜三人は居なくてはならない。しかし、私はその部分に不安を持っている。そして、結果次第では完全にその道は途絶える。


 それが怖くて余計に検査など行けなくなった。想えば想うほど彼の功績が恐ろしくて、ストレスになって、体調が悪くなって、そして、そんな自分が嫌いになっていく。好きな人の頑張りを素直に喜べない自分が嫌になっていくのだ。遂には仄かな明かりも消えて非常灯の緑の明かりだけが灯るくらいになった。大きなブザーと共に幕が上がる中でリュシカはブザーに掻き消される程の声で呟いた。


「私にはそなたしか居ないのだがな」


 役者が飛び出して殺陣を繰り広げる。その真ん中で祈りを捧げてる少女が剣を振り上げ勇ましく叫んだ。クルクルと回り周囲を圧倒していく美しき少女。見知らぬ誰かのハズだが彼女の姿をどこかで見たような気がするリュシカであった。

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