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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(中)
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 次の日の昼の暮れの頃ーー。


 王都アイゼンシュタット第三層にある舞台へと馬車で向かうエルフレッドとリュシカの姿があった。秋の気配が強まってきた時期である。艶やかな赤髪に合わせた赤のドレスにレースのストールで合わせたリュシカがメイクを施された目元でゆっくり瞬きを打った。


「それにしてもそなたから舞台の誘いがくるなんて思っても見なかったぞ」


 彼女は穏やかに微笑んで低めに編み込んだ髪を左の頸に流しながら軽く繕うように撫でる。


「そうか?まあ、興味があるようには見えんだろうが......」


 横を綺麗な刈り上げで整えて上部をワックスでフワリと整えたエルフレッドが着こなしたシャツの襟を整えながら答える。到着まではまだ十分はあるが既に一般入場者が並ぶ列の最後尾が見えていた。


「そういう意味でもないことはないのだが......まあ良いさ。求めすぎるのは野暮というものだろう」


 彼女は脚を組み直して椅子にしなだれかかるようにして座ると窓の外を見る。


「外は中々に冷えそうだ......ディナーくらいは期待して良いのだろう?」


「勿論、この時間に連れ出しておいて舞台を見て終わりというのは流石に味気ない。お互い十六になったことだ。シャンパンでも嗜みながら舞台の話でもしたいとは考えている」


 アードヤードでの飲酒はライジングサン同様十六歳からとなっている。最近では世界政府指導の元、加盟国全ての飲酒年齢を十六歳にしようという流れがあるのだがお国柄や宗教上の問題で難しい側面があるのも事実であり実際どうなるかはわからない。


「それは良い夜になりそうだ。まあ、そなたの場合は冒険者時代に嗜んでいたのだろうから、シャンパンのことも詳しいだろうな?」


「......一応ギルド規則には乗っ取って飲んでいたのだから勘弁してくれ。それに元々人と一緒でなければ飲まないタイプではある」


 アードヤード王国の法律上はそうだが冒険者となると少し話は変わってくる。グレーなラインだが冒険者が冒険者カードを使ってギルド内で飲む飲酒に関しては世界政府預かりで黙認されている部分があった。無論、一般的な酒場での飲酒は許されないが元は自由の名の下の冒険者だ。全てを規制すれば反発が出るのは致し方ないところである。


 そして、エルフレッド自身、成長の妨げになる飲酒は九割方断っていた。出なければここまで強くなれる訳が無いのである。煙草などは以ての外だ。


「別に悪い意味で言ってはいない。私は十六になってからまだ二〜三回しか飲酒してないから味の良し悪しが解らん。だから手解きしてもらいたいと言っているだけだ」


 少し悪戯げな表情で微笑む彼女に「それなら、まあいいのだが......あまりハードルは上げないでくれ?」とエルフレッドはなんともいえない表情で呟いた。一般列を過ぎて少し裏まった所にある招待客と関係者用が使う入口の前に馬車が止まった。


 扉が開いたところでエルフレッドが先に降りて「お手をどうぞ」と掌を差し出すとリュシカは「ありがとう」と令嬢然とした様子で微笑んだ。ドアマンらしき人物にチケットを渡すと「バーンシュルツ伯爵御子息、ヤルギス公爵御令嬢、お待ちしておりました」と彼はドアを開けながら微笑んだ。


「丁重なおもてなし感謝する。招待者は?」


エルフレッドが確認すると案内役を買って出た役者の一人が少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「申し訳ありません。準主演の役柄で御座いましてお出迎えは出来ないのです。お見送りは必ず行くとお伝えするように申し使っております」


「いや、それなら大丈夫だ。彼女に失礼がないようにだけお願いする」


 リュシカのエスコートしている手を少し上げ下げするとリュシカは少し足を屈めて微笑んだ。役者の彼は少し緊張した様子を見せながら「勿論で御座います。席は一区域を個室とした最上の物を用意させて頂きました。きっとごゆっくり寛いで頂けるかと存じます」と微笑んでエレベーターのボタンを押した。


 案内されたのはガラス張りの完全な個室である。舞台真正面の一番見易い位置であり、マジックミラーでこちらからは快適に観覧出来るよう工夫が凝らされている。椅子はゆったりと座れるソファータイプが二つ。テーブルには軽く摘めるフルーツと飲み物が用意されていた。


「案内ありがとう。良い場所を提供して頂いて感謝していた旨を伝えておいてくれ」


「勿体無いお言葉です。間違いなくお伝え致します」


 一礼と共に部屋を出て行った俳優を見送って二人はソファーに座った。


「こんな良い席とはな。これなら気兼ねなく喋れて有難い限りだ。しかしながら、これほどの物を準備させるとはそなたはやはり顔が広いようだ」


 早速フィンガーボールで指を洗いフルーツに手を付けた彼女は「このフルーツも我が領地で取れる物だしな」と微笑んだ。


「いや、俺もここまでの席を用意してもらっているとは思わなかった。友人曰く、一番の有名人らしいから気を使ったのかも知れん」


「そなたがか?なるほどな。確かに一番の有名人は言い得て妙だな。あれだけ巨龍を倒しているしな。この大陸に並ぶ人間は居ない。......それに引き換え、私は神童のように扱われながら未だ何も成し遂げてない」


 エルフレッドは顎に手をやると少し首を傾げて「そんなことはないだろう?」と困惑した表情を浮かべた。


「それはそなたの優しさか?なら止めてくれ。別に表彰された訳でもない。何か凄いことをした訳でもない。今回の闘技大会だって優勝出来なかった。才能などあるものか」


 フルーツを齧りながら彼女は悲しげに微笑んだ。舞台が始まるまで三十分は時間がある。腕時計を見て時間を確認したエルフレッドは彼女の方へと振り向いた。


「才能がないなんてことはありえない。俺はリュシカほど才能豊かな人間を見たことがないからな。俺が言うのもなんだが功績に固執する必要はないのでないか?」


 会場の灯りが一段階暗くなり目慣らしが行われ始めている。リュシカはソファーの肘掛に持たれ掛かりながらエルフレッドへと視線をくれる。


「功績に固執している訳ではないが......前も言ったであろう?置いて行かれている気がすると。その時と状況が変わった訳ではない」


「そうか。ならば少し話の方向を変えてみるか」


「方向?」


  炭酸と林檎の甘みの効いたジュースに口を付けていた彼女がゆったりとグラスを置きながら呟く。頷いたエルフレッドも同じ飲み物を飲んで喉を潤してーー。


「皆は俺にとんでもない才能があると思っているな。きっと何でも出来る超人のように考えている。そして、その超人的才能からとんでもない功績を叩き出していると思っている。そうだろう?」


「......実際そうであろう?普通の人間が巨龍など倒せん。それにアードヤード学園を首席で合格している。その年で既に自領周辺の外交もこなしている。そして、人格面や考え方も非常にしっかりしている。苦手な物があれば聞きたいくらいだ」


 切り分けられたマンゴーを口にしながら「認識はそうで間違っていない」とエルフレッドは笑う。


「だが実際はそうではない。全く才能が無かったとは言わないが俺が考える才能はショートスリーパーであったことの一点だ。人より長い時間活動出来る。だから人より多く経験値を積める。それだけだ」


「それは羨ましいな」


「それはどうだろうなぁ。俺はあの何でも一万時間すればプロ並みの技術になれるというのを実践しているだけだからな。戦闘に間することに一日十時間使って残り十四時間の内、睡眠を三時間。残り十一時間で勉強と貴族として必要な技能の習得。それを毎日繰り返しているだけだ。特に学園に通い始める前はそれだけで生きてきた。さらに平民まで遡ると間違った練習でプラスマイナスを稼ぎながら、十八時間は戦闘に関することばかりだったぞ?」


 リュシカは少し呆れたような様子で「だから社交の場で見なかったのか」と頬杖を付いた。


「親が言うことが本当なら三歳で皆が遊んでいる時には一人でずっと木の枝を振り回していたそうだ。当然周りは気味悪がって友達などもいない。それでも気にせずに振り続けて、それが木の棒になって木刀になって六歳にはどこかで拾ってきたボロボロの銅の剣だ。そして、七歳の時にゴブリンと戦って死にかけた」


「信じられんな。その頃には一端の強さがあったように思っていた」


 エルフレッドは「だから才能がないと言っているだろう?」と苦笑してーー。


「当然、母親から大目玉の上に謹慎されてな。それで知識の重要性にやっと気づいて読書と体作りの日々だ。子供の頃は色々しすぎると身長が伸びなくなるから、むしろ戦闘技術の勉強と料理が主な活動になった」

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