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「私が頑張ってる時に観客席で女生徒とイチャイチャしおって......」
会場に着いたリュシカは不機嫌さを隠そうともせずに呟いた。少し前の情景を思い浮かべるだけでイライラが募る。そんな彼女のムカムカとした様子にカーレスは苦笑いを浮かべながらーー。
「何をイライラしているが知らんが、この決勝は手早く終わらさせてもらうぞ?」
「ふんっ‼︎やれるものならやってみるが良い‼︎前までの私だとは思うなよ!兄上‼︎」
挑発されたと憤慨するリュシカだったが「前までのお前とは思っていないのだが......リュシカ。俺の左後ろの四列目の席を見てみろ?」と親指で示すカーレスに言われた通りに視線を動かした。
「......はは〜ん。兄上も婚約者の前で妹に負けるなんて無様な真似は出来ないと?可愛いところもあるではないか?」
お忍びスタイルのアーテルディアの姿が目に入るや否やニマーと微笑んだ彼女に対して「......その隣だ隣......」と真顔で告げる。
「隣?......隣ってえっ⁉︎叔母様⁉︎え、クレイランド帝国の正妃殿下がお忍びとか大問題なのではーー「声がでかい!解っただろう?負ける気はないがさっさと決着つけて、さっさと帰ってもらうぞ‼︎」
「......わかった。それにしても兄上。何だか何も考えずに頷いてたら行くことになったんだろうなぁと思うと叔母様らしいなぁ......と」
「......言うな。きっと本人は義妹に言われて着いてきたくらいにしか思っていないのだろうさ......」
グランラシア聖女三姉妹の中でも最も”不思議系”に属するコルニトワは歩く爆弾のようなものである。可愛がってもらっているせいか今一危機感の足りないリュシカに比べてカーレスの中での危険度は最上位だ。大体が中立国とはいえ国交正常化前のアードヤードに変装しながらお忍びで来るなど笑えない話である。
因みに婚約者であるアーテルディアに関しては徐々に姿を見せることで関心を高めて婚約発表を期に国交正常化を図るという意図があるため来てることに何ら問題はない。作戦通りなのだが......全く皇帝陛下は何をしているのだーーと、イケイケ感の漂っているワイルド系皇帝陛下の姿を頭に思い浮かべながら頭を抱えるカーレスだった。
「まあいい。今日こそ勝たせてもらうぞ?兄上!」
曲刀を抜き放って距離を詰め始めたリュシカを眺めながらカーレスは槍を構えた。
「まだまだ負ける気はないぞ!リュシカ!」
カーレスは中級火魔法ファイアウェポンで槍に炎を纏わせるとグルグルと槍を回してリュシカのことを迎え撃つ。
上段、下段、中段と突きを繰り出して牽制ーー、下段の払いで足を狙い、上段への打ち込みで側頭部を狙う。それを曲刀で受けながらリュシカは回転を使って有利な位置に引き込もうとするがーー。
「引き込み、裏に転移!」
エルニシアの声の通りに動いた彼女は攻勢を取りながらも舌を打った。左袈裟、右袈裟と刀身を閃かせ、左膝、右上段蹴り、回転斬りとテンポ良くコンビネーションを繰り出すが穂先と石突を上手く使った防御に受け流される。最後の回転切りを槍の中心で受けたカーレスがリュシカの懐が開くように捻って石突を突き出した。リュシカはそれを障壁で受けて石突を掴むと上段に向けて回し蹴りを放った。
カーレスは冷静に狙われた側頭部を左手と障壁で守りながらリュシカの軸足を払う。体が中に浮いたリュシカは石突側を抱えたまま背中の衝撃を障壁で防いでファイアーボールを展開ーー印を書いて放った。
「我が妹ながら、この距離でよくやるな......」
目隠し半分のそれを障壁で受けたカーレスは起き上がりと連動した中段蹴りを腹に受けて唸った。軽やかにバク転を決めて距離を取ったリュシカは「ファーストコンタクトは私だな?兄上」と挑発するように笑って曲刀を構え直した。
「言ってろ。最後に悔しそうに泣いてるのはお前だ」
腹に入ったダメージを吐き捨てるようにカーレスが頬を釣り上げた。
その昔、酒に酔っ父親ゼルヴィウスが言った。
「リュシカは何で女の子に生まれてきてしまったのか......」
その言葉は実際のところ将来嫁に行くのが耐えられないという少々きもーー親馬鹿なものだっただがカーレスはこう考えてしまった。
確かに自分と比べてリュシカの方がヤルギス公爵家の当主に”相応しいからな”とーー。
その後、真意を知ったが、その時浮かんだ気持ちが変わることはなかった。重要なのは親の真意ではなく自身がどう考えたのか、であるとーー。そして、妹の才能に対して納得してしまった自分が許せなかった。それからカーレスは自身が抱いた劣等感を払拭するために人一倍鍛錬をこなしてリュシカの上に立ち続けた。
しかし、それさえも自分の本意ではなかったと気付いたのはつい最近のことである。苦悩を抱えた妹が遮音魔法を使ってまで自身の胸の内を話したのはエルフレッドだった。自分ではなく、家族でもなく、長い親友でもない。無論、馬が合ったのかもしれない。人との付き合いは時間ではない。解っている、解っているのだがーー。
そこで頼られたのが自分でも家族でもなかったことに無性に敗北感を感じたのだ。
簡単な話だった。自分は何時までも頼れる兄でいたかっただけなのだ。本当に家族が困っている時に助けられるような人間でいたかった。それだけのことだった。そして、それが出来ないと烙印を押された事実がただ単に悔しかっただけなのだと気付かされた時ーー。
”妹に負けるような奴が妹に頼られる訳が無い”。
根底は才能ですらなかった。そして、それさえも気づけなかった自分が酷く駄目な奴に思えてしまった。周りがいくら褒めても”家族を守る資格さえない”のだと卑屈になってしまうのだ。
その思いは真実に思い当たってから余計に強まった。詳細を話す必要はない。兄妹といえど性別もある。特に妹の場合はデリケートな問題だから余計に言えないだろう。だが一言、怖いと守って欲しいと助けて欲しいと言うことくらい出来たはずなのだ。
しかし、そう言わないのは自身とさして変わらない強さしか持ってない者に言っても仕方がないと思われているからだろう。
(だから、今日は負けるわけにはいかない)
それが第一歩だと考えた。お前が本当に困った時には助けられるが力がある。
それを知ってもらうにはーー”そして、自分がそう思うには”今日勝たなくてはならないとーー。
カーレスの剛槍が炎線で軌道を描く。上下左右に繰り出される斬撃ーー、四方八方から放たれる突きーー。リュシカの表情が苦難の色に染まっていく。堪らず距離を取ろうと後方に下がる彼女を逃すまいとカーレスが追う。剛槍と魔法を織り混ぜた苛烈で怒涛な攻めが彼女を会場の端まで追い詰めていった。
「ハハハ、やはり、兄上は強いなぁ......」
無数の擦り傷を作りながらリュシカが笑う。余裕があるというわけではない。だが、悲嘆にくれているわけでもない。妙な表情だとは思ったがカーレスが攻めを止める理由にはならない。
「時に兄上。風魔法とは優雅だと思わないか?あれだけ自由に動き回れる、人ながら空も飛べる。羨ましいなぁと......」
槍を曲刀で受けながしながら彼女は語る。眉を顰めたカーレスは攻めを継続しながらーー。
「......何が言いたい?まさか、羽を生やすなんて言わないだろうな?」
「まさか。それは風魔法に許された特権みたいなものであろう。我々火属性の真髄はーー「カーレス‼︎出来るだけ後方に逃げて‼︎」
エルニシアの声が響いた時には既にリュシカの印は完成していた。
「圧倒的な破壊と再生だ。兄上」
その炎の魔力は白ーー。先程別の形で見たそれはカーレスを後退させるには十分なものだった。地面が捲れ上がり赤を巻き上げる様は闘技場規模の小さな太陽がプロミネンスを引き起こしながら地面に衝突したように見えたことだろう。
「上級火魔法[レーヴァンテイン]。私ならちゃんと制御も可能だ」
地面に手をついた状態から立ち上がったリュシカは無傷の状態まで回復した体を起こすと曲刀を構え直してカーレスの方へと駆ける。あれだけの大爆発を引き起こした白炎が曲刀に纏わり付いて第二波を引き起こさんと滾る。そして、そんな想像を絶する大爆発を受け切ったカーレスは槍を立てながら苛立たしげに立ち上がると「そうだなぁ」と呟いた。
「上級火魔法を使えるのが”お前だけだと思うなよ”」
立ち上がったカーレスが両手で印を書くと彼の体を紅の大鳥が包み込んだ。そして、その身を焼くように立ち上がった紅炎が全ての状態を”再生し全ての能力を引き上げる”。
「[オールリヴァイヴァル]。究極の再生と破壊ならばどちらが勝つのだろうなぁ!」
巻き上がる紅に包まれたカーレスが槍を構えて地面を踏み壊しながら突き進む。互いに気合の声を張り上げた一撃が衝突するや否や結界を揺るがすような大爆発が二人を中心に巻き起こった。




