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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(中)
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17

「本当に久し振りだね!妹ちゃん!元気してた?」


「サンダース様は相変わらずのようですね。少し安心しました」


 ホッと安堵の息を吐いて曲刀を抜刀と共に構えるリュシカにサンダースはレイピアを下段に構えてーー。


「まあ、人生色々だから......そんなに不安気な表情しなくても良いんじゃねぇ?」


「そんな顔はしておりません」


 リュシカはその対応を嫌がるような表情を浮かべたが何事もなかったかのように言葉を返すと地面を蹴って走り出した。それは何時もの回転運動をメインとした剣闘術である。


 そして、特段変わったところはないのだがーー。


(なるほどなぁ......ただただ強いのか。それはそれで面倒だなぁ)


 レイピアの軌道を逸らされながら飛んでくる中段蹴りを障壁で受けてサンダースは苦笑する。サンダースの細剣術は最大威力の突きは勿論のこと、払い、足技、果ては投げ技や組み技を扱う実戦的なものだ。特に突きのスピードは驚くべきものなのだが剣先を僅か左右に動かすだけで全て払ってしまうのだからサンダースは思わず口笛を吹かざるを得ない。


 突きの三段目を背面側に巻き込むようにクルリと回転ーー。体位の入れ替えにサンダースが振り向くと同時に近距離転移からの斬撃。後方から放たれたそれに彼は前周り受身で対応する。


 そして、少し切れた頬をなぞって「全く通用しないなぁ」と苦笑した。


「前から疑問だったんだけど、妹ちゃんなんでそんなに()()()()()()()?」


 リュシカの表情は変わらないものだったが彼女の内心に動揺が走ったのが手に取るように解った。


「......女が強くなってはいけませんか?」


 話を逸らすように言いながら斬り込んでくるリュシカを見てサンダースは倒すことを諦める。そして、回避に専念しながらーー。


「いやいや、まさか!何か怯えてるように見えたからねぇーー」


 無言のリュシカが右左と斬撃を放ち、膝蹴り、中段足刀と苛烈に攻め立てる中でサンダースは当初の作戦に予定されていた言葉を告げた。


「もしかして、()()()()逃げてる?」


 その瞬間リュシカの軽快な動きがピクリと止まった。何かバレたのではないかと恐れる気持ちや不安を感じるような様々な思考が流れ込んでくる。それを一つ一つ吟味しながらサンダースは結論を出した。


(こりゃあビンゴだな)


 ハッとして、切り払い、蹴り、転移、炎魔法と連続で攻め立てるリュシカにサンダースは後の役目はアフターフォローだな、と突きを繰り出しながらーー。


「あれ?なんか当たり引いちゃった?ごめんね!でも、俺が勝つなら心理戦だからもっと動揺してもらわないとーー」


 その瞬間リュシカの内心が安堵の色に染まった。しかし、それも一瞬でどちらにせよ今後の流れで勘付かれてはならないという思い。そして、こんな責め方をするサンダースに対する苛立ちと焦りが心を支配し始めていた。


「ーー何も当たりなんて引いてませんよ‼︎それにこれで終わりです‼︎」


 それはサンダースが心的優位を取ったと思われた二段目の突きの最後である。先程とは逆の外側に弾く引き込み回転でレイピアを弾いたリュシカは回転運動もそのままにサンダースの懐に入り込んで首元に曲刀を突きつけた。サンダースが苦笑しながら「ありゃあ普通に負けちゃった......」と呟くとリュシカはブスッと頬を膨らませて眉間にシワを寄せた。


「女の子の秘密を探ろうとするなんて最低です!サンダース様の馬鹿!」


 そして、年若い少女の様にプンスカと怒りながらベンチへと戻っていった。


 それを肩をすくめながら見送り「嫌われ役は大変だわぁ」と誰に言うでもなく呟くサンダースだった。




「ということでリュシカ選手の勝利です!久々の普通の勝利になんというか安心する試合でしたね!ジン先生!」


「本当だね。もうここまで来たら巨大化したり羽が生えたりしても可笑しくないくらいには思ってたけど存外普通で安心した。ーーとはいえ、戦闘技術については本トーナメントでの中でも随一だね。あの回転戦術も力学に沿った無駄の無さを見事体現しているし......」


「なるほど!ジン先生から見ても素晴らしい動きだったということですね‼︎」


「そうだね。魔法戦闘学を学ぶ女生徒は是非とも参考にして欲しいかな?リュシカ選手が非力という訳ではないが非力な者でもあの動きが出来れば大柄な男性さえも圧倒出来るはずだよ」


「ジン先生!ありがとうございます!それではまさかの最終決戦までもつれ込みました闘技大会決勝!!一旦、会場の整備を挟んでの最終試合となります!本日最後の休憩となります‼︎十分程度の時間を予定しておりますのでお気をつけ下さい!それでは会場整備後にまたお会いしましょう‼︎」




「一時はどうなるかと思ったけど......大将戦かあ......激熱、兄妹対決♪だよね!さてさてエルちん♪エルちんの勝利予想は?」


「非難の嵐が吹き荒れることは解っているが、まあ、カーレス先輩優勢だろうなーー」


 その瞬間ノノワールの瞳は光を失って真顔になった。絶対零度の冷気でも帯びたかのような声色で彼女はエルフレッドに告げる。


「......なんで?なんで解ってて空気読まないのエルちん?そんなんだから爆弾破裂させるんだよ!」


 うぐっ、と呻いて胸の辺りを押えたエルフレッドに「嘘でもリュシカ様って言うところでしょ!ここで大事なのは真実じゃなくて空気でしょ!空気!」と冷笑を浮かべながらノノワールが追い打ちを掛ける。突然の猛攻にコミュニケーション能力を失ったエルフレッドがアワアワとしながらーー。


「ま、まあ、その通りだろうが俺も自身の好きなことには嘘を吐けないというか、なんというかーー」


 転じて、訳知り顔で謎の微笑を浮かべながら目を細めた彼女は芝居がかった動作で腕を組むとズビッとエルフレッドを指差した。


「はは〜ん?エルちん、君はあれだね〜?夢の為に家庭を蔑ろにしちゃうタイプだね〜!はぁ。それでもモテちゃうなんて......ああ罪な男♪」


「......とりあえず、この揚げパンでどうか一つ......というかいつまでこの茶番続けるんだ?」


 冷ややかな木枯らしが彼の心情を表すかのように流れていった。呆れた様子のエルフレッドに「仕方ないじゃ〜ん!居心地の良さMAXなんだしぃ?」とノノワールは笑ってーー。


「......ここだけの話、LGBTへの理解って難しいっていうか?やっぱり皆気ぃ使っちゃうんだよねぇ......エルちんはそれがないから普通に友達出来ちゃうって感じが楽しくてね♪」


 耳元に口を寄せて告げる彼女にエルフレッドは「......とはいえ自身が対象にされても受け入れることは出来ないぞ?」と苦笑する。別に性別などは一切気にしないが自身の対象が女性から変わることはないぞ?と複雑な感情を吐露すると「それ私には関係無いし♪体は女の子、好きなのも女の子!」と笑ってーー。


「まっ、それはそれ!これはこれじゃない?私は自分が特別じゃないって思ってるから♪”普通の友達”が出来ただけで嬉しいっていうか♪ほら、ミックスとか肌の色とか性別とか気にする人は気にするじゃん?」


「まあ、そういうも人も居るには居るな。ーーうん?」


 性別や人種などは知らないが人は人だろう?と不思議に思ったエルフレッドが会場に視線をやるとーー何故だろうか?リュシカが不機嫌そうに頬を膨らませてるのが目に入った。


(......最近、どうもリュシカの幼い子供のような表情をよく見るなぁ)


 そんな事を考えながら首を傾げていたエルフレッドの横でノノワールはハッとした様子を見せた。


「......あれ?もしかして、リュシカ様も私の自己紹介忘れちゃってる系?」


 私の自己紹介と言われて昨日まで自身も彼女の性別の話を忘れていたことを思い出したエルフレッドは頭を抑えた。確かに勘違いしても仕方がない状況だが冷静になって考えれば気づくようなーー。彼は一瞬そう思ったが、ノノワールの件を忘れていると仮定するとどんなに冷静になって熟考したところで駄目なことに気づいて思わず溜息を漏らした。


「......かもしれんな。このチケットは有効に使わせてもらうぞ?」


 胸元からチケットを引っ張り出して膝の上でポンポンと叩いたエルフレッドに「や〜ん♪エルちん!私を巻き込まないでぇ♪」とノノワールは両頬を押さえながら悶えたフリをした。その様子を眺めていたリュシカが「ふんっ‼︎」と顔をそらして闘技場へと向かっていくのにエルフレッドは苦笑を漏らさざるを得なかった。




 溜息を混じらせて帰って来たサンダースにカーレスが「お疲れだったな。どうだった?」と声を掛けた。


「十中八、九。てか最後の反応見てるとビンゴって感じ?まあ、やり過ぎてちゃって最低、馬鹿って嫌われたけど......」


 それを聞いて先ほどまで体調が悪そうにしていたエルニシアが「丁度良いじゃん!どうせ接触禁止なんでしょ‼︎」と大爆笑している。


「......なんかすまんな。俺はお前に感謝しかないが......」


 心から申し訳なさそうな表情のカーレスに彼は肩を竦める。


「いんや、まあ言い方はあれだけどエルニシアの言う通りだし?それにまあ、フィアンセ殿とか言うわりには俺も彼女に言われてエスコートの練習頑張っちゃうくらいには思ってるわけでーー」


「ははは、まあ、そこはみんな疑ってないというか。それに、それ由来のサンダースの”猫好き”は学年でも有名な話だからね......」


 サンダースは猫が好きである。動物の猫は勿論だが女性の好みも猫顔である。その理由を何度となく聞かされているチームメイト達は若干呆れているほどだ。


「はっず!いや、でも仕方ないじゃん?猫好きになった理由がフィアンセ殿と同じ瞳だからって感じでーー」


 と惚気始めた彼にエルニシアは両手で腕を抱きながらーー。


「あーはいはい‼︎そのきっもい話はもう聞き飽きたから‼︎とりあえずカーレス‼︎三年Sクラスを頼んだよ‼︎私もフォローするからね〜‼︎」


 サンダースは「キモくねえだろ‼︎つうか回復してんなら俺の戦闘も助けてくれよ‼︎」と突っ込んでーー。


「正直、妹ちゃんは特殊なことはしなさそうだけど......まあ、隙が無さすぎる上に滅茶苦茶強いから足元掬われないようにな!」


 珍しく心配気な表情のサンダースにカーレスは「大丈夫だろ。まだ負けんさ」と返して笑った。


「とりあえずは答えは出た訳だし......これからのことはあるけどさ。カーレスもフィアンセの前では無様な姿は晒したくないよね?」


 カーレスが指で示しされた方に目を細めると深々と帽子を被ってサングラスとマスクをつけたあからさまなお忍びスタイルで小さく手を振る婚約者の姿が見えーー。


「ーーって、おい。横に座ってるのコルニトワ叔母様じゃないか?」


「えっ!嘘!うわぁ......叔母様、手を振ってる場合じゃないって‼︎完全に事案発生じゃん‼︎」


 あちゃーと目を覆ったエルニシアの横でレーベンは「うーん、中立国だけども......僕は何も見てない!締まらないねぇ。僕達」と額に汗を浮かべた。


「俺達らしいっちゃ俺達らしいけど。まっ、カーレス!手早く終わらせれるように頑張れよ♪」


「そうだな。手早く終わらせて手早く帰ってもらわないとなーー」


 空気を変えるようなサンダースの言葉に大真面目な表情で頷いたカーレス。ベンチに背を向けると少し駆け足気味の状態で闘技場へと向かうのだった。

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