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5.少女とスサノオ

 少女は太刀を振り払い刀身についた黒い液体をアスファルトへと飛ばす。

 その佇まいは美しく可憐ながらも闘将のような荒々しさも兼ね備えている。

 涼子の礼の言葉に少女は振り返ると白いリボンで結ばれた栗色のポニーテールが大きくたゆたう。

 褐色の日焼けした肌に月のように金色の大きな瞳が爛々と輝いており、朧げな相好(そうごう)が不思議な魅力を感じさせる。 

 胸元には花のように添えられた紫色のリボン。

 そのリボンが映える白のカッターシャツとチェックの紺色スカート。そして明るい水色のブレザーが若々しさを感じさせる彼女にマッチしていた。


「――涼子さん、残念ながらこいつ玉無しね」


「た、玉無し!?」


 真羅は唐突に彼女の口から発せられた言葉に驚きながら涼子に視線を移した。


「ドスケベロリコン真羅さん。玉無しとは宝玉がなかったということですので変な勘違いはしないでくださいね。ドスケベロリコン真羅さん」


「に、二回も言わなくていいだろ。それと俺はロリコンじゃねえ」


「ドスケベは否定しないのですね。ふっ……」


 フレームの細い眼鏡のブリッジを上げて鼻で笑う涼子に、後ろ頭をくしゃくしゃと掻きむしり真羅は渋面を浮かべた。

 そんな二人のやり取りを見ていたアマテラスは豊かな胸の前で祈るように手を組んで身をよじりながら、


「し、真羅くんがどんなにドスケベでも私は……構いませんよ」


 鳥が(さえず)る様な可愛らしい声音でアマテラスは言った。

 彼女の顔は朱に染まり、上目使いで真羅に秋波(しゅうは)を送ってる。

 

「いや何が構いませんよだよ。じゃ、じゃあ俺がその……エロいこととかし、しても大丈夫なのかよ」


「――お望みとあらば」


 昨日までただの会社の同僚であったアマテラスの従順な態度に真羅は不覚にも胸をドキドキさせられた。

 自分でも顔が徐々に真っ赤になっていくのが分かる。

 真羅が返す言葉に困って口をつぐんでいると、大型の白塗りのバンが無残な姿となった餓鬼の前に止まり、防護服に身を包んだ人たちがブルーシートで周りを覆った。

 先ほど餓鬼を倒した少女の姿もその中へと消えていった。

 その様子を眉根を寄せて真羅は黙って瞠目(どうもく)する。

 ――そういえばお腹の膨れた妖魔が倒されたとき、普通の人の体に戻っていたような……。まあ気のせいか。

 考えることをやめて真羅は空を見上げた。

 先程まで薄暗かった空にはすでにまばゆい太陽が顔を出しており、春独特の優しい風が彼の頬を撫でた。

 1分程度経った頃だろうか、ブルーシートをめくって出てきた少女がポニーテールを揺らながら真羅達の元へと近づいて来た。


「涼子さん。こののぺっとしたおじさんが新しい神御柱の人?」


 少女は真羅を指さすと凛とした透き通った声で言う。

 ――の、のぺっとって。しかもまだ25歳の俺をおじさん呼ばわりとは……。

 少女の言葉に真羅は眉をぴくつかせながら会社で鍛えられた愛想笑いを彼女に送った。


「そうです。こののぺっとしたおじさんがアマテラス様の神御柱である天木真羅さんです」


「ど、どうも。のぺっとしたおじさんの天木真羅です。君も神御柱なのか?」


「はい。私はスサノウの神御柱、桜宮美代(さくらみやみよ)と申します」


 美代はまっすぐに真羅を見つめると丁寧にお辞儀して自己紹介をした。

 先程の発言をした者とは思えない慇懃(いんぎん)な態度で接してきた彼女に真羅は驚きつつも頭を下げて返礼する。


「スサノウってあのヤマタノオロチを退治したスサノウか?」


 真羅の問いに美代は『ええ』と短く返事をすると、瞳を閉じて持っていた太刀を胸の前で構える。

 すると太刀はまばゆい閃光を放ち、全体が光に包まれると美代の手を離れて宙に浮いた。

 やがて光は人型になり、ゆっくりと光が晴れると神器化を解かれた彼は姿を現した。

 

「アマテラス久しいな。やっと神御柱に付き従う決心がついたみたいだな」


 青みがかった長髪を後ろで束ねたオールバックポニーテール、左耳には三連それぞれ小さな剣を模ったピアスをしている。

 切れ長の眼光鋭い目に鼻筋の通った鷲鼻でモデルのような顔立ち。

 180程度の身長に白のワイシャツと光沢のあるブルーのスーツを着こなしており、一見すると歌舞伎町などにいる夜の仕事をしてそうな少しガラの悪いあんちゃんみたいだ。

 予想の斜め上を行ったスサノウの見た目に真羅は二度見した。


「はい。やっと決心しました。それよりスサノウったら。そんな恰好だと美代ちゃんにも迷惑かけちゃうでしょ?」


「学校に同行する時は見えないように隠形してるし、別にお嬢は気にしてないって言ってるからな。逆にあんたの格好のほうがこの時代では目立つんじゃないか?」


 アマテラスは視線を落として自分の服装を確認すると、口をすぼめ、柳眉を()そめた顔で真羅に双眸を向けた。


「真羅くんは、どう? 思いますか?」


「まあ、俺はいいと思うぞ。初めて見る格好だしな。それに似合ってるぞ」


 頬を人差し指で頬を掻きながら視線を逸らして真羅が言うと、

 

「えへ、真羅くんありがとう」


 艶然とした顔でアマテラスは真羅に礼を言った。

 そんな二人のやり取りを見てスサノウは嬉しそうに微笑む。

 アマテラスはとある事情で千年戦争が始まってからも神御柱である真羅と契約を結べずにいた。

 スサノウはそんな彼女のことを密かに気にしていたのだった。


「真羅殿、お初にお目にかかります。スサノウといいます。いろいろと迷惑かけるやつかもしれませんが、一応俺の()()()()()()()()んでよろしくお願いします」


 美代同様丁寧な自己紹介をしてお辞儀するスサノウ。

 見た目とのギャップが美代より大きいので、その態度が不自然に感じる程だ。

 アマテラスとスサノウは兄弟である。

 それは神話にも書かれている事実なのだが、スサノウが『姉ってことらしい』と断定を避けたのには理由がある。

 それは千年戦争のルールが深く関わっており、神々が率先して人間に協力する理由でもあるのだ。


「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。正直俺自身まだ右も左も分からないのでこれからいろいろ教えてくれるとありがたいです」


「そうそう。着いてから伝えようと思ってたんだけど真羅さんの訓練指導は美代ちゃんとスサノウ様にもお願いしようと思っております」


「わかりました。ですが涼子さん。私高校もありますので、深い指導はできないかもしれませんよ?」


 唐突に涼子に告げられた指導の話。

 ――ってことは上官? 上司? はこの女子高生ってことかよ。

 プライドを捨てて指導を受けるしかないと思い、脳内で訓練指導を受けている自分を想像したがどうにも絵面的にきつそうだと苦笑いを浮かべる。

 

「承知しております。日中等は他の神御柱の方に指導をお願いしたり、妖魔用の銃器の訓練をしてもらいますので、あくまで神器や神力(じんりょく)の使い方を部分的にお願いします」


「ん? 日中って俺も会社あるんから夜しかできないと思うんだけど……」


 涼子はハッとした表情を浮かべるとスーツのポケットから1枚の紙を取り出して、真羅へと渡した。


「よ、妖魔対策室への強制転職のご案内って。――なんだこりゃ!!」


 A4サイズの紙の見出しには『妖魔対策室への強制転職のご案内』と書かれおり、箇条書きで書かれた詳細内容と最後の一文には大きな太文字で『今日からあなたもレッツ妖対ライフ!!』とふざけた文章が書かれていた。


「じゃあ今勤めてた会社はどうなるんですか?」


 涼子は薄ら笑みを浮かべて眼鏡のブリッジを持ち上げる。


「もちろんあなたの会社には転職の許可をすでに頂いております。給料も支払われますし福利厚生も充実していますよ。この千年戦争が無事終了したら国から一生補助が出ますので将来も安心です。絶好の就職先です! よかったですね真羅さん!」


 確かに悪い話ではない。

 あのまま生きていたら真羅は間違いなく永遠の社畜人生だっただろう。

 だがまあ国家の強制力により良かろうが悪かろうが真羅の転職は決定事項なのである。


「わ、わかりました」


「ではそろそろ向かいましょうか。美代ちゃんも車に乗っていきますか?」


 美代は止めてあるリアガラスの破砕したセダンを無表情で見つめる。


「いえ、ありがたいのですが、私はこのまま歩いて学校に行こうと思います。スサノウ行きますよ」


「お嬢了解しました。では真羅殿、アマテラスまた後で」


 美代とスサノウは踵を返して去っていく。

 スサノウは後ろ手を振って別れの挨拶をしている。

 並んで歩く二人の後姿はいびつで、すぐにでも警察に職質を受けてしまいそうである。

 涼子と真羅、アマテラスはその姿を見届けると乗ってきたセダンに向けて歩みを進めた。

 真羅達が話している間に、先ほど餓鬼を回収した白塗りのバンは現場を去っており、いつもの様相を得た道路には車がちらほらと行き交い始めている。

 3人はトランクに穴が開き、リアガラスが破砕した車に乗り込む。

 真羅は後ろを振り返り現場を考え深そうに見据えた。

 これから先自分は命をかけ、戦いに身を投じることになる。

 そして救わなければならないのだ。

 ――人を

 ――世界を

 ――神々を

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