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4.餓鬼

 玄関を出るとまだ薄暗い空が真羅を出迎えた。

 気温差のある4月の早朝は少し肌寒く、上着のマウンテンパーカーのファスナーを思わず首元まで締める。

 アパートの表に止めてあった涼子のセダンに乗り込み、3人は政府妖魔特別対策室のある桜田門へと向かう。


 妖魔特別対策室は警察庁の管轄に所属しており、千年戦争が始まってからイザナギと彼の神御柱である八咫烏の会、会長の榊菊之助(さかききくのすけ)により設立された組織である。

 基本的には陰陽術や悪魔払いなどを経験している退魔師と神を纏う神御柱により構成され、共に妖魔を退治しているが、もちろんそれをサポートする一般人も数多く勤務している。


 車を発進させ、数分の間に真羅は気付いたことがある。

 それは涼子の運転がとんでもなく荒いことだ。

 乱暴なハンドルテクニックでカーブを猛スピードで曲がるたび真羅は慣性力により、メトロノームのように体が右往左往と揺さぶられる。


「ちょ、涼子さんどんな運転してんだよ」


 耐えかねた真羅は眉間にシワを寄せ涼子に注意するように言うが、そんな真羅をバックミラー越しに涼子は見つめて失笑の笑みを浮かべた。


「真羅さんは車などの乗り物がなんのためにあると思っているのです? 目的地に早く、楽に着くためです。

 多少の荒い運転は目をつぶっていただければと思います。アマテラス様をご覧ください」


 真羅は助手席に座っていたアマテラスを覗き込むように見ると彼女は口に手を合わせ祈るように瞼を閉じていた。

 心なしか顔色が悪く、頬に空気をためて膨らましている。


「お、おい大丈夫か?」


「んー、んんー!」


 アマテラスはかぶりをふり否定した。

 完全に酔っており、頬を膨らまして吐き気を誤魔化そうとしている。

 ちょっと突けば今にも先程のシュークリームが出てきそうな状況である。


「涼子さん、アマテラス全然大丈夫そうじゃないぞ」


「そうなのですか? いつもこんな感じなのですが、私はてっきり瞑想でもしているのかと思っておりました」


「どんな瞑想だよ!」


「仕方ないですね。アマテラス様のためですしスピードを落としましょう」


 涼子がブレーキペダルを踏み込んだ、丁度その時、外部にあるトランクカバー付近から大きな音と衝撃がして車を揺らした。

 何事かと思い、真羅はリアガラスから外を見ると、そこには薄皮で骨の形がくっきり見える手がトランクカバーを包丁のような鋭利なもので突き刺しているのが見えた。


「お、おい! なんだよこれ。なんか後ろに掴まってるぞ」


 真羅の戸惑った反応を見て、涼子はなにか察したのかハンドルを左右に回して、車体を蛇行させる。

 揺れ動く車内で真羅は恐怖をアマテラスは吐気を感じながらも涼子はその手を止めることはない。


「真羅さん。後ろの状況は?」


 座席から転がり落ちた真羅が上体をお越して再びリアガラスを覗こうとした時、


 ────バリィーン


 大きな破砕音と共にリアガラスが砕け散った。

 涼子はバックミラー越しに背後を確認すると、トランクをよじ登ろうとするこの世のものとは思えない化物の顔が一瞬見切れる。

 

「な、なんなんだよ!」


「まずいですね……。真羅さん数秒後に車を止めますので、すぐドアを開けて車外に出てください。アマテラス様もいいですか?」


「涼子ちゃんもしかして妖魔?」


「はい……。私が囮になりますので、二人は逃げていただければと思います」


「ふざけるな! 囮になられるくらいなら俺がこいつをどうにかする」


 力強い真羅の声が車内に響き渡る。

 涼子は振り返りながら否定しようと真羅を見るが、彼の真剣な双眸に気おされて再び前を向く。

 そしてナビに表示された緊急と書かれた文字をタップする。


「で、ではお願いします。アマテラス様。ダッシュボードを開けると拳銃が入っていると思いますので、そちらを取っていただけますか?」


 アマテラスは取っ手引いて、ダッシュボードを開けるとそこにはアスファルトのような灰色の武骨な拳銃が姿を現した。 

 SIG SAUER P220だ。日本では自衛隊などで9mm拳銃とも呼ばれている9mm普通弾を使用する自動式拳銃だ。

 恐る恐るアマテラスは拳銃を手に取り、持ち上げる。

 

「け、結構思いんですね……」


「まあ銃より弾が重いんですけどね」


 涼子はハンドルから一瞬手を放しアマテラスから拳銃を受け取ると、慣れた手つきで素早く安全装置を外してスライドを引いた。


「真羅さん。これでトリガーを引けば発射できます。ちなみに弾は対妖魔用の特殊なもので1発10万以上しますので無駄撃ちしないでくださいね」


「じゅ、10万って……。うおっ重っ!」


 涼子から拳銃を受け取った真羅も予想以上の重さに落としそうになるのを両手で支え、銃口をリアガラスの外に向けた。

 再び妖魔がトランク上に顔を出す。

 火災後の森林のようなまばらに生えた頭髪、輪郭がはっきりわかるほど痩せこけて血の気のない顔面。

 正気の感じられない狂気に満ちた不気味な瞳と真羅は目が合うと恐怖により、全身に悪寒が走った。

 小刻みに震える手、そして今にも力の抜けそうになる腰を真羅は必至で制御する。


「真羅くん! あなたなら大丈夫! 私たちを救って」


 アマテラスの励ましが真羅の鼓膜を突くように届いた。

 ────今ここで二人を救うには俺がやるしかない。

 真羅はそう心に唱えて、妖魔の顔面に照準を合わせる。

 リアサイトとフロントサイトを通して覗く不気味な顔は不敵な笑みを浮かべていた。

 脈を打つ心音が秒針のようにその数秒間を耳に伝える。

 ────そして重く固い引き金を引いた。


 バキューン!!

 

 撃鉄が雷管を叩き、大きな発砲音が車内に響きわたると銃を支えていた真羅の両手が反動で意図せぬ方向に持ち上げられる。

 排莢口からは銀色に輝く空薬莢が排出され、花火をした後のような硝煙臭いが漂う。

 至近距離で放たれた銃弾は妖魔の額に直撃して、鈍い音と共にその体は道路上に転がり落ちた。


「や、やりましたね……」


「さすが真羅くんです!」


 発砲の後遺症か耳鳴りがして早鐘を打つ心臓の音だけが体内から聞こえてくる。

 2人の声が真羅の耳に微かに届いたのはその数秒後だった。


「や、やったのか……」


「ええ、ただ妖魔は強靭なのであれで倒したかはわかりませんが……」


 訝しがる涼子を見て真羅は息を飲む。

 対妖魔用にチューニングされた弾丸には霊力を込め、銀を多用して作られている。

 妖魔対策室がイザナギの指導の下特別に作り上げた銃弾だが、妖魔を倒すには通常数発撃ちこむ必要があるため1発では仕留め切れていないと涼子は思ったのだ。


「もしあの妖魔が生きていたら民間人に被害が及ぶかもしれません。一度車を止めて見てきます」


「だ、大丈夫なのか?」


「すでに応援要請もしているのでもうじき応援もくるでしょう」


 車を華麗にUターンさせて先ほど撃ち落としたと思われる場所まで戻る。

 そこには額に弾痕の痕が大きく残る1体のおどろおどろしい者が片膝をついてこちらを見据えていた。

 その姿を見てアマテラスは身構えながら言う。


「が、餓鬼ですね」


「カテゴリーCですか」


 涼子は真羅から受け取った銃を餓鬼に向けて冷静な口調で言った。


「か、カテゴリー?」


「妖魔は5段階にカテゴリー分けされています。SからDまであり、カテゴリーはその個体の強さを表しているのです。これは過去に戦った神々の証言によって分けられています」


 妖魔対策室のカテゴリーではSは過去の戦いで何人もの神御柱や人間を葬ったものであり、最強の類とされている。

 そこから下がっていきDはほとんど影響を及ぼす力のない者と認定をして分類されているのだ。もっともDであろうとも宝玉を手にするためには倒すべき相手であるということは変わりない。


 餓鬼は異様に下っ腹のみ膨れ上がったお腹を擦りながら再び立ち上がろうといている。

 上半身は裸で胸板は薄く、あばら骨がくっきりと浮き出ているおり、下半身には破けてちれじれになった黄ばんだ襤褸(ぼろ)を巻いている。


「か、神御柱。────オ、オレタベル」


 目を引ん剝いて立ち上がると、餓鬼はおぼつかない足取りを意ともせず3人のほうに向かって走ってきた。

 ────だがその刹那。

 側面から飛びかかる矮躯が揺れ動き近づいて来た餓鬼の首を横一線の太刀で一瞬にして切り飛ばした。

 胴体から頭部が転げ落ちると、墨汁のような黒い液体が残された首元から噴水のように噴き出し、糸の切れたマリオネットのように力なく路上へと倒れこんだ。


「応援恐れ入ります」


 涼子は銃口を下げると、敬礼してその人物に礼を告げた。

 一方真羅は驚きを隠せない様子で口を開けたまま言葉が出ない。

 小さな体に薄黒く光る一振りの大きな太刀を握りしめた少女の姿がそこにはあった。

  

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