3.神御柱と千年戦争
涼子は名刺を渡すと有無も言わさず、強引に真羅の家へと上がり込んだ。
真羅は渋面を浮かべながら、渋々室内へと案内する。
それを追うようにアマテラスも草履を脱ぎ、小さな声で『お邪魔します』と言って中に入ってくる。
ワンルーム8畳の部屋は殺風景そのもので、折り畳みベッドと小さなコタツ机があるだけで他に家具らしい物はない。
変わっているとこと言えば部屋の隅に隠すように太刀掛けが置いてあり一振りの模造刀が置かれているとこだろう。
3人もの人間が入ると室内は窮屈で、真羅は折り畳みベッドを手際よく畳むと、お茶を出すためケトルでお湯を沸かす。
「男のくせに意外に室内は綺麗にしているのですね?」
「そんなにじろじろ見ないでくださいよ!」
「わぁーこれが真羅くんのお部屋ですか~。くんくん」
後を追って入室したアマテラスは部屋の臭いをくんくんと嗅いでいる。そんなアマテラスを見て真羅は後ろ頭を掻いた。
真羅とアマテラスの付き合いはかれこれ10年になる。出会いは15歳の時。
真羅の中学に転校してきたアマテラスは自身を天満照子と名乗り、その後、高校、大学、社会人となった会社でも一緒だった。
腐れ縁というには縁がありすぎて、固い絆でもあるんじゃないかと思うほどだが二人は特別仲がいいと言う訳ではなかった。
照子はその小動物のような愛らしい見た目故男子から好意を寄せれられることが多かったが、彼女は一度として誰かのものになることはなかった。
そしてそんな気高く、清い、高貴な彼女につけられたあだ名は女神。
まさか本当に神様だったとはと真羅は思い出して小さく苦笑する。
「まだ嗅いでんのかよ。いい匂いなんてしねーんだからそんなに嗅ぐんじゃねえ」
「えへへ、でも私はこの匂いすきですよ? 真羅くんの香りです」
「そうですね・・・。確かにこの部屋はイカの臭いがします! イカ臭い!」
涼子は眼鏡のブリッジを人差し指でクイッと持ち上げるて決めつけるように言い放った。
「ちょ、イカ臭くねーだろ! なんてこと言うんだあんたは」
「んー? イカ臭いってなんですか? 涼子さん」
「アマテラス様。それはですね男性が────」
「んなこと教えなくていい!」
真羅は涼子のつかみどころのない性格に困惑した様子を見せながらも、二人を小机の前に座らせて、お茶を出した。『どうも』と言って涼子はお茶を啜ると、思い出したかのようにコンビニ袋から3個のシュークリームを取り出す。
「アマテラス様。このシュークリームを食べながら少々待ちください」
目の前に置かれた、コンビニのシュークリームを見る目アマテラスの目はこの上ないほど輝いていた。口の中は唾液が過剰に分泌され、生唾を飲む。
「こんな朝早くからシュークリーム食べるのかよ」
真羅はそう言った後に照子がいつもシュークリームばっかり食べていたことを思い出した。
昨日の晩もそうだが彼女のデスクにはいつもシュークリームの包装の残骸がいくつも点在しているのだ。
「アマテラス様のお好きなビャートママのシュークリームでなくて申し訳ないのですが……」
「涼子ちゃん気にしないで! シュークリームならなんでも好きだから!」
そう言ってアマテラスはシュークリームの包装を開けると、むしゃむしゃと噛みしめるように租借する。
そんなアマテラスを横目に涼子は真羅に向き直ると事の顛末を語った。
・真羅が様々な適正をクリアしてアマテラスの神御柱に選ばれたということ。
・神御柱とはその身に神を纏うことのできる者のことを言う。《纏うとは神を武器化(神器化)して所有できることを言う》
・そして昨日アマテラスに触れたことにより正式に契約が結ばれたこと。
・この世には、この世界の他にもう一つの世界があること。
・千年に一度、創造主によって開始される転時の儀(通称 千年戦争)と呼ばれる戦いが起きており、勝つことができなければ今いる世界の住人は消されてしまい、まったく違う新しい世界に変わってしまうこと。
・千年戦争の期間は2024年から2032年までの8年間でこの期間でどちらかの世界が勝利できなければ両世界共に新しい世界に変わってしまう。
・2024年から起きている原因不明の災害や事件がこの千年戦争に関係しているということ。
どれもこれも真羅の理解からは遠く離れた空想のような出来事の話であった。
「その千年戦争というやつで戦う相手も神なのか?」
「その答えはイエスでありノーです。一般的な呼び方をすると彼らはあやかしや妖怪と呼ばれる類です。私たちはそれらを妖魔と呼んでいるのですが、もう一つの世界で彼らはこちらの神に等しい存在として信仰されているようです」
「ということはこちらの世界の神がもう一つの世界では妖魔というわけか。それで千年戦争を終わらせるにはどうすればいいんだ?」
「創造神の宝玉と呼ばれる七色の玉を手に入れる必要があります。宝玉は2つの世界それぞれに25個あるとされ、その宝玉を手に入れた世界は崩壊を免れるのです。ただし宝玉は妖魔の体内にあるとされ、現時点でどの妖魔が宝玉を持っているのかは明らかではないのです」
「それぞれの世界に25個ってことはこちらにも宝玉を持っている者がいるのか?」
「そうです。25個の内5個はこの日本にあるとされ、神々が宝玉を宿しております。予想ではありますがこちら側の宝玉をもつ神の中にアマテラス様も入っております」
宝玉を持つ神すなわち妖魔から一番狙われやすい神ということになる。そんな一大事にも関わらずアマテラスはシュークリームを無邪気な笑みを浮かべて食べている。
そしてもう一つ叩きつけられた現実はアマテラスの神御柱となった真羅も同様に妖魔から命を狙われるという状況になったことだ。
神を纏うことのできる神御柱は神と一心同体である。だが神には死という概念はないのだが、神御柱が命を失った時、彼らは現世に姿を留めて置くことができず天界へと帰ることになるのだ。すなわち神御柱とは神を地上に留める依り代となっている。
そんな自らの命が危機に晒されているという話を聞いたのに真羅の顔は絶望とは程遠い、希望に溢れた眼差しをしていた。
きっと彼は思ったのだ。
世界を救うヒーローになれるチャンスを得たと。幼き頃から憧れていた者になれるという喜びはこれから訪れるであろう幾多の困難をも凌駕していた。
「照子──。いやアマテラスはこんな俺がパートナーでいいのか?」
残り1個となったシュークリームに手を伸ばしていたアマテラスに真羅は尋ねる。
アマテラスは手を止めると、大きな瞳で真羅を見据えた。そして彼女は屈託のない笑顔で言う。
「はい。──真羅くんだからいいんです」
真羅はしばしの間、アマテラスに見惚れてしまっていた。それは彼女が魅力的だったことに加えて、10年以上の付き合いで初めて見せた最高の笑顔だったからだ。
ハッと気付いた時には涼子が口角を上げ、ニヤついた笑みを見てせいた。
「な、なんだよ」
「うふっ···。真羅さんはアマテラス様とエッチいあんなことやこんな事がしたいのですか?」
「そ、そうなんですか? 真羅くんは私とどんなことがしたいのです……か? ──まあその真羅さんとは主従の関係ですのでどんなことでもお答えいたしますが……」
頬を朱に染め、身をよじりながら訥々に甘い声音で言うアマテラスを見て真羅は生唾を飲んだ。
自然と視線は白衣を大きく持ち上げる豊かな胸に吸い寄せられる。
「まったくドスケベでいやらしい豚野郎だったのですね真羅さんは」
「あ、あんたが変なこと言うからだろう!」
「私は別に……。大丈夫ですよ?」
「てる……。アマテラスも変なこと言ってんじゃねーよ」
手を振り乱しながら狼狽える真羅を見て涼子は満足したのか『さてっ』と手を叩くと、これから妖魔対策室の本部のある桜田門に一緒に来るように告げ、真羅に着替えをするように促した。
「おいっ! 着替えるから外で待っててくれよ」
「そんな貧相な体を見たところで私が欲情するとでも?」
「そんなこと言ってねーだろ」
「わ、私は殿方の裸、いや真羅くんの裸見てみたいです!」
「いいからお前ら外に出てろよー!!」
真羅は2人を外につまみ出して着替えを済ませた。
その後の道中に危険が迫っていることを3人は知る由もなかった。