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13.窮地からの逆転

 ──火……火をイメージするんだ。火を纏った剣を。

 真羅は歯を食いしばりながら磯女の髪の毛が刀身に巻き付いた剣を握りしめる。

 引っ張られる力はとても強力で、少しでも力を抜くと剣を持っていかれそうになのを必死で堪える。

 

「真羅くん! イメージを声に出してみて」


「そうだ。今朝スサノウが言っていたようにしてみれば……」


 真羅は脳内で刀身が火を纏うイメージを具体的に想像しながら、


「邪気を穿つ紅炎よ。剣に纏て力となれ!」


 剣の鍔から先の刀身は紅色の炎を纏い大仰に燃え盛る。

 炎はたちまち磯女の太く、硬い髪へと燃え移り、一瞬にして灰へと変化させた。

 真羅は一層と燃え上がる剣を手に捕まっている退魔師の髪をバサバサと切っていく。


「これすげーな。アマテラスやるじゃん」


「えへへ、それほどでも。もっと褒めてくれてもいいんですよ」


 強力な力を手にした真羅は自信満々に磯女に向かって駆け出す。

 目前に迫った磯女に斬りかかろうとした時だった。

 背後から殺気を感じ、剣で体を防御しながら振り返る。


「ぐっ……っ」


 鋭い刃物のような爪が真羅の左腕に突き刺さる。

 ──ガードは完璧なはずだったのに……。読んでいたのか?

 右手で左腕を抑えながら後ろに大きく跳躍すると爪の主を一瞥する。

 毛むくじゃらの大男。その姿は野生のゴリラに近いが手から伸びた爪は30センチほどあり、怪物という言葉がしっくりくる。


「お前は神御柱だな。仲間が世話になったようだな」


「仲間? お前ら妖魔の中でもそんな仲間意識があったとは驚きだな」


 真羅の前には大男。背後には磯女が攻撃の機会を伺っている。

 そんな絶望的状況に現れたのは深傷を負った与那国だった。

 彼女は背中を引き裂かれた後、大男に始末を任された絡新婦の毒牙に噛まれる寸前で、結界を守っていた隊員によりピンチを脱したのだった。


「まだ終わってないぞ。バケモノめ」


「陰陽師ごとき倒せないとは、絡新婦の奴め」


「我々与那国隊を甘く見ないことだな。行くぞ、いでよ炎帝朱雀!」


 与那国が天に向かって手をかざすと眩い閃光と共に巨大な鳥。朱雀が現れた。

 燃え盛る(たてがみ)に鷹揚に広げた朱色の双翼をはためかせ、雄叫びを上げる。

 

「四獣の朱雀か。厄介だな」


「どうしますか?」


「ここは我々で凌ぐしかない。もうすぐ()()()()も到着する」


「分かりました」


 磯女は与那国に向き直ると再び髪を伸ばして攻撃を仕掛ける。

 しかし朱雀の力は圧倒的で翼から火の玉を放って燃やし尽くす。

 優勢に攻撃を仕掛ける与那国だが覚につけられた傷は深く、体力的にも時間がない。

 歯を食いしばりながら朱雀をコントロールする彼女を見て、真羅は助けに行こうと踏み出すも大男が行く手を阻む。

 

「真羅くん。手大丈夫ですか?」


「ああ、これくらいなら大丈夫だ。あいつはなんて妖魔なんだ?」


(さとり)です。相手の心を読むと言われている妖魔です。さらにその腕力はかなりのものでカテゴリーBではありますが、Aに近いとも言われてます」


「心を読むだと……。反則じゃねーか」


「お話中のとこ悪いが時間がないので、急ぎ死んでもらうぞ神御柱!」


 覚は屈強な足で地面を蹴り上げて跳躍すると爪を突き立てて真羅に向かう。

 左に避けた真羅だったが、その心理を読み取った覚は着地後すぐに体制を立て直すと真羅の右肩に爪を突き刺した。


「ぐあぁぁぁー!」


「真羅くん!!」


 真羅は絶叫を上げその場に倒れこむ。

 その声に与那国は気づくも磯女と戦闘中で助けることができない。

 ──ま、まずいな。出動初日で死ぬとかマジで勘弁しろよ。

 絶望を感じながらもがき苦しむ真羅だったが突如三方を鉄の壁を覆った。

 見覚えのある鉄壁に安堵の笑みを浮かべる真羅。


「遅くなって悪かったすね。ちょっと向こうの妖魔も手強くて」


「獅童か。ホント助かった……」


「うわっ、めちゃくちゃ痛そうじゃないっすか。真羅大丈夫っすか?」


「まあ何とか、大丈夫」


 苦笑いを浮かべながら返事を返す真羅に獅童も苦笑いで返す。

 獅童は与那国の方を一瞥するとため息をつき頭を掻いた。


「かなり状況悪そうっすね。与那国ちゃんももうすぐ限界って感じっすか」


「俺の方は何とかする。与那国さんの方の妖魔を倒してからこっちに来てくれないか」


「いやいや、真羅もかなり深傷っすよね。無理じゃないっすか?」


「でもこのままではジリ貧だ。すぐに倒して戻って来てくれたらその方がいい。それに少し考えがある」


「マジで大丈夫なんっすか?」


 真羅の真剣な表情に獅童は黙って首肯すると与那国の方へと向かった。

 ゆっくりと立ち上がった真羅はふらつく足を叩き叱咤すると刀を構えて鉄壁から出る。


「お友達の助けはもういいのか? こちらとしては好都合だが」


「お前は俺一人で倒すから十分だ」


 心を研ぎ澄まして覚を瞠る真羅。

 相手は心を読む化け物。

 ──考えるな。心を無にするんだ。


「そんなことをしても無駄だ。俺に読めない心はない」


「やはり無駄か。そりゃ心を読めちまうんだもんな。ならこれならどうなんだ?」


 真羅はそういうと思考を巡らす。

 ──どうせ読まれてしまうんだ。なら心を、考えをごちゃごちゃにしてしまえばいい。どこから攻撃を仕掛けるか。上下左右、左右下上……。

 自分でも判断がつかないくらいに心をかき乱す真羅。


「くっ、舐めおって。しかしいずれにせよ最後にはお前の心は読めるのだから関係ないわ」


「それはどうかな?」


 柄を握りしめると覚に当たるその直前まで逡巡する。

 心を読めるといっても覚は反射速度が速いわけではない。

 剣術のスピードに自信のある真羅は覚の心を読む時間と反射の速さのタイムラグを狙って攻撃を仕掛けることにしたのだ。

 紅炎を纏った刀身を振り乱し、覚が反応するよりも早く横一線に剣を振り抜く。

 肉を切る感触とタンパク質の燃える臭いが鼻につくと覚の腹部から黒い血液が噴き出す。


「ゔぁぁぁぁ……」


 腹を抑えて倒れこむ覚に真羅は再び剣を突き立る。

 再び斬りつけようとした時、仰向けになって息を無くした覚を見て真羅は硬直する。

 ──人間だと……。



 獅童と与那国は磯女を倒して真羅の元に駆けつけた時、戦いを終えた真羅は呆然と覚の屍の前に佇んでいた。

 神器化を解かれたアマテラスも彼の側で掛ける言葉も見つからず呆然と立ち尽くしている。


「真羅まだ知らなかったんすね。妖魔はもう一つの世界の人間が憑依されてるってこと」


「ふっ。あの妖魔を一人で倒したのだからもっと喜べばいいものを。とりあえず私もあいつも急ぎ治療が必要だな」


 与那国は真羅に近づいて肩を叩くと立つように促す。

 だが真羅は動こうとはしない。


「お前はこの世界を守ったのだぞ。何を気に病む必要がある」


「だってこれ人ですよね?」


 弱々しい声音で答える真羅に与那国は再び肩を叩く。


「ああ、人だ。違う世界の人間だがまぎれもなく我々と同じ人だ」


「じゃあ俺は人を殺したんですか……」


「そうだ。この世界を守るために人を殺した。妖魔対策室とはそういうものだ」


 唇を噛み締める真羅にアマテラスの表情は見るのも悲しいほどに歪んでいく。


「私が、私が巻き込んじゃったから……」


 泣き崩れるアマテラスを与那国は肩で支えると真羅を指差す。


「天木真羅。貴様に問おう。この世界を、この世界に住む人々は好きか? そして守りたいと思うか?」


「それは……もちろん。でも人を殺してまで……」


「ヒーローが悪と戦う時に悪のことを気にするのか? そんな奴はヒーローになれないし誰も、何も守ることができない。誰しもがかけがえのないモノを守る時こそヒーローになれる。それは向こうの世界の人間も同じだ。守るものがあるなら戦え」


 真羅は俯いて黙考すると小さく頷いた。


「相手が人ということを意識するなとは言わない。むしろ人だということを常に心におけ。そして葛藤しろ。そうすれば貴様はただの修羅ではなく、ちゃんとした人としてあり続けることができる」


「与那国さんは常にそう考えているんですか?」


「そうだ。そしてこの世界を救って、人々の笑顔を守りたいと考えている。私は()()()みたいにはならない」


「あの人って?」


「いやすまん話すぎたな。聞き流してくれ。では早く治療に行くぞ」


 真羅は立ち上がると目に涙を浮かべるアマテラスを見つめる。


「アマテラス。大丈夫だからもう泣くな」


「真羅……ぐん……グスッン」


 アマテラスの肩を取り歩き出した真羅。

 こうして初めての出動は幕を閉じたのだった。



 真羅が覚を倒した時、200メートルほど離れたビルの屋上からトレンチコートに身を包んだ白髪の大柄な男が戦いの行方を見守っていた。

 彼の背後には緑色の体をした筋骨隆々な一本角の鬼が控えている。


「あいつ、面白そうなやつだな。覚をあんな方法で倒すとはな」


「ああ、あいつとは楽しい戦いができそうだ」


「それよりも我新(がっしん)よ。奴らを助けに行かなくていいのか?」


「あいつとは完全な状態で戦った方が楽しそうだ。それにまだ弱すぎるから強くなってもらわねば困る」


「相変わらず自由なやつよ」


「貴様もだろ酒呑童子。俺たちに組織のことなど知ったことないからな」


 男は不敵な笑みを浮かべると颯爽とその場から立ち去った。

 


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