10.はじめての神器
昨晩のアマテラスとの色めいたやりとりで悶々とした夜を過ごした真羅はなかなか寝付けずにいた。
何度も寝返りを打って、無意味な時間を過ごすこと数時間。
目まぐるしい朝がやってきた。
と、言ってもまだ太陽の光が地に行き渡らぬ早朝の時間だ。
唐突に鳴り出したチャイムに寝不足の表情を浮かべて玄関を開けると、オールバックポニーテールの男が立っていた。
「真羅殿。おはようございます」
見た目に反して丁寧な物腰で頭を下げて挨拶する男。
その顔はどこか楽しげである。
「す、スサノウか。おはよう。こんな朝早くからどうしたんです?」
「朝早くて申し訳ないんですが、お嬢は学校があるのでこれから訓練をと思いまして」
「お、おう。アマテラスは?」
真羅の問いにスサノウは後ろを指差す。
そこには真羅同様に目の下にクマを作って寝不足の表情を浮かべたアマテラスが、ふらふらと体を揺らしながら立っていた。
──俺以上にやべーんじゃねーのか。
「こ、こいつ大丈夫なのか?」
「俺にも分かり兼ねますが、まあ無理矢理にでも頑張ってもらうしか……ないでしょう。行くぞアマテラス」
スサノウは呆れながらアマテラスの首根っこを掴むと『くうぇ』と小さい声で彼女は奇声を発した。
3人はエレベーターに乗り込み地下へと移動する。
「地下に訓練場が?」
「イザナギのおやじが開発した訓練場なんですよ。どんだけ暴れても基本的には大丈夫なんで真羅殿も気兼ねなく大暴れしていただいて大丈夫ですよ!」
「お、大暴れって……」
笑顔でサムズアップするスサノウに対して真羅は苦笑いを返す。
このマンションの地下にはイザナギの作った神御柱専用の訓練場がある。
六角形の壁に囲まれ、天井の水銀灯がまばゆく室内を照らし出している。
さらに壁面の上部には特殊ガラスで作られた窓が一周しており、そこで内部を観覧できるようになっているのだ。
到着した真羅は360度見渡すと、
「闘技場みたいだな」
「まあ確かに訓練と言っても自主練とかではなく対人戦がメインとなってきますからね。あっ、お嬢お待たせいたしました」
スサノウは持っていたアマテラスを真羅に預けると、体操座りでちょこんと待っていた桜宮美代の元に駆け寄った。
朧げな表情で真羅を見つめる美代。
美しいイエローアイと目が合うと真羅は自然と目を逸らした。
美代はゆっくりとは立ち上がると小首を傾げる。
「えっと……この人の名前なんだっけ?」
「お、お嬢。さっき言ったじゃないですか? 天木真羅殿ですよ」
「ああ、じゃあ早速訓練を始めましょう。天木真羅殿ですよ」
「おい、なんで『ですよ』ついてんだよ! 真羅でいいよ」
「分かりました。のぺっとしたおじさん訓練を始めましょうか。ではこちらに」
「もうのぺっとしたおじさんでいいですよ……」
真羅は後ろ頭を掻いて諦めのため息を漏らす。
焦点の定まっていないアマテラスを揺すって起こすと美代に指示された通り室内中央に移動した。
「アマテラス大丈夫か?」
「ふぁい。眠たいですがなんとか……にゃります」
「じゃあまずは神を纏う、つまり神器化させるところから始めましょうか。まずは見ていてください」
沈黙が静寂を生む訓練場で、美代が目を瞑るとスサノウの体が閃光を放ち光に包まれる。
そして球体となった光は彼女の左手に収まると徐々に刀の形へと変化してく。
光が晴れると美しい藍色の鞘と柄の太刀が姿を現した。
美代が鞘から引き抜くと拳10個分の薄く黒光る刀身が現れる。
「スサノオの神器、天羽々斬です」
天羽々斬とはスサノオがヤマタノオロチ討伐に用いた十拳剣である。
片刃で反りがあり、形状は日本刀に近いのだが、柄部分には滑石で作られた勾玉などの装飾がしてあり独特の出で立ちをしている。
「ではおじさんもやってみてください。……どうぞ」
「──ど、どうぞと言われてもどうやればいいか全然わからないんですが……」
真羅と美代の間に虚しい沈黙が流れる。その横にいるアマテラスは、頷くように前後に首振りして、今にも寝落ちしそうな雰囲気だ。
「お、お嬢……。とりあえず神器化解いてもらっていいですか」
沈黙を破ったのは神器化されたスサノオだった。
美代は言われた通り神器化を解き、人型に戻ったスサノオが現れる。
「こう、なんというかイチからどうやるか真羅殿に説明しないとわからないと思うんですよ」
スサノオの意見に美代は小首を傾げて、
「そう? 私は大丈夫だけど」
──な、なにが大丈夫なんだ?
真羅とスサノオは二人して心からそう思った。
「何が、いや、お嬢は大丈夫かもしれないっすけど真羅殿は初めてですからね。獅童殿の時とかのようにちゃんと教えないと」
「獅童……。ああ、もう一人のおじさんの時みたいにってこと?」
──獅童もおじさん呼ばわりかよ。
真羅はこの時、獅童と深い縁が結ばれた気がした。
美代は少しの間、俯いて黙考すると顔を上げる。
「神のことを思い浮かべて、武器になれってイメージするの」
「イメージ? ってことはアマテラスのことを思い浮かべて、そこから武器になれってイメージするのか?」
「そう。しっかりイメージしてやればすぐにできるわ」
「よしっ、じゃあやってみる。てかアマテラスこんな状態だけど大丈夫なのか?」
「真羅殿、神器化するまでは特に神の状態は問われないので大丈夫ですよ」
「そうか、じゃあやってみる」
真羅はアマテラスを思い浮かべ、武器に変換するイメージを脳内で作り出す。
作り出す……。
作り出す…………。
……………………。
「な、なにも起きない……ぞ」
「イメージが足りてないのよ。具体的イメージが必要」
「具体的イメージと言われてもな」
「なかなかイメージできない時は声に出してイメージしてみるのもいいと思いますよ?」
悩む真羅を見兼ねてスサノオがアドバイスを送った。
具体的イメージを脳内で生み出すには慣れない間はかなり難しい。
だが声と共にイメージを再生することで通常より倍イメージしやすくなるのだ。
「どんな風に言えばいいだ?」
「例えば『こいアマテラス! 神器開放!』みたいな。なんでも大丈夫なんですが自分がイメージしやすい様に言えば大丈夫です。慣れればお嬢のようにすっとできますから」
──ちょっと恥ずかしいな。
真羅はこそばゆい恥ずかしさを感じながらもスサノオの言ったように声に出してイメージを固めることにした。
「こいアマテラス! 神器開放!」
脳内でアマテラスの体が光を帯び、神器へと変わるイメージを再生する真羅。
その後、手に柄の感触を覚える。
ぎゅと握りしめ、ゆっくり目を開けると左手には燃えるように赤い深紅の鞘に収まった剣が握られていた。
「これが神器……」
「おおー真羅殿できたではありませんか! それはアマテラスの神器『天叢雲剣』です。ちなみに神器を持っている間は神の加護により、肉体は2倍ほど活性化され、さらに加護に守られます。なのでちょっと銃弾を受けたり、斬られたりしたくらいでは死にませんよ」
天叢雲剣は三種の神器の一つに数えられる神剣である。
真羅は鞘から剣を抜くと、刀身は薄赤い光を神々しく放った。
刀の形状に近い天羽々斬とは違い刀身は直線を描き、両刃を備えている。
柄頭の部分にはアマテラスの髪留めと同じ形状をした太陽の彫り物が刻まれていた。
「な、なんか不思議な感じだな。これアマテラスなんだよな。おーい聞こえるか」
「……全然寝てないれすよ〜……」
剣となったアマテラスは眠そうな声で返事をした。
大丈夫かと怪訝な表情を浮かべる真羅を見てスサノオは苦笑いを浮かべる。
「まあ神力を使う技をしなければ寝てても問題ありませんから一度手合わせしてみますか?」
「スサノオ、おじさんと戦いたいの?」
「いや、お嬢。戦うっていうか、訓練なんですから軽く手合わせするくらいですよ」
「わかったわ」
美代は素早くスサノオを神器化させると太刀を握りしめて中段に構える。
「じゃ、じゃあ俺も」
真羅は剣先を天に向けて上段の構えを取った。
「おじさんいくわよ」
美代は言葉短くそう告げると、地を蹴り真羅に飛びかかる。
真正面からの俊足の突き。
上段に構えた真羅の腹部を狙った攻撃。
だが真羅は手慣れた手付きで体を左に躱しながら刀を剣で打ち落とす。
その対応に美代は少し驚きながらも、瞬時に手首をひねり、刃を翻す。
真羅の避けた方向に刀を切り上げようとしたその初動、振り下げていた真羅の剣が刀身を横に薙ぎ払った。
「おじさんやるのね」
「真羅殿、その太刀筋はどこで?」
「いや、ちょっと小さい頃から練習させられてて……」
二人の反応に真羅は照れながら後ろ頭を掻く。
驚いていたのは二人だけではなかった。
☆
スサノオと真羅、アマテラスが訓練場に入った少し後。
別入り口から涼子が様子を見に観覧場に来ていた。
ガラス越しに不安顔で見つめる涼子。
アマテラスの神器化が成功した時には素直に喜んでいた。
「第一段階はなんとかなりましたね」
「なーに独り言ってるんすか?」
声を掛けられた涼子は驚きながらそちらを見ると、男があくびをしながら手を振っていた。
金髪の棘の様なツンツンヘアーに胸元のシルバーネックレスがキラリと光るチャラそうな男。
「獅童さん。なぜここにいるんですか?」
「いや、今日から真羅の訓練でしょ? ちょっと気になって見に来たんすよ。夜勤明けで眠いんすけどね。涼子ちゃんも気になって見に来たんすか?」
「はい。私も気になって来た次第であります」
「いやーいいなー。涼子ちゃん俺が訓練してる時も来てほしいんすけど」
「それは面倒くさいのでいきません」
「な、なんでっすかー。来てくれたら元気モリモリ百パーセントなのに」
「私が疲れてしまいそなので。それより今から手合わせが始まるみたいですね」
涼子の素っ気ない態度に獅童は涙目を浮かべる。
そうしている間に真羅と美代の手合わせが始まった。
戦闘に関して美代は妖魔対策室きってのエースである。
すぐに真羅が負けて終わると予想していた二人は、美代の攻撃を楽々と躱した真羅の姿に驚きを隠せない。
「真羅って普通の会社員じゃなかったのか?」
「ええ、でもあの動き只者ではないですね……」
その後も真羅の動きに二人は驚かされるばかりだった。




