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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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利用 6

 負傷したオリヴィアを発見したアルベルトは、驚き慌てるゼノと絶句して立ちすくむキーネスは置いておいて、すぐさま傷の手当を始めた。出血は多いが傷自体は大きくなく、止血は難しくなかったのだ。そして、慌て立ちすくんだといってもそれなりに経験を積んだ退治屋。すぐ我に返ったゼノとキーネスに手伝われ、さらに遅れて駆け付けたリゼの癒しの術によって、オリヴィアの怪我は問題なく治療された。その間にティリーがグリフィスに連絡し、現場の調査と客室内のどこにもいなかったシリルの捜索を頼んだが、館内のどこにもシリルの姿は見当たらない。フロンダリア全体まで捜索範囲を広げようとしていた時、治療を終えたオリヴィアが目を覚まして、何があったのか話を聞けるようになったのだが。

 開口一番、オリヴィアは驚くべきことを言った。

 シリルが誘拐された、と。

 そのことを聞いたゼノは、色を失って呟いた。

「誘拐……? 一体誰に!?」

「人喰いの森の集落で襲ってきたのと同じ、黒い服着た奴らだよ。あいつらがいきなり襲ってきたんだ」

 体調の悪そうな青白い顔で、けれど酷く憤慨し瞳をぎらぎらと燃やしたオリヴィアは怒りの滲む声でそう言った。病み上がりな上、怪我までしてしまったにもかかわらず、オリヴィアは怒りのエネルギーでその辺りのことを感じていないらしい。見かねたキーネスが「気持ちはわかるが落ち着け」となだめたが、オリヴィアは、

「あいつら、二度も襲ってきた上にシリルを攫って行くなんて。ものっすごくムカついて落ち着いてなんていられないよ!」

 啖呵を切ってからやはり傷が痛むのか、包帯を巻いた頭を押さえる。なんでもナイフで斬りつけられ、さらに蹴り飛ばされた時、樫のテーブルで頭を打って気絶したらしい。黒服の侵入者達は命を奪う気はなかったのかそれとも急いでいたのか、そのままとどめを刺すこともせずシリルを連れて立ち去って行ったという。オリヴィアの傷は致命傷ではなかったものの、もし魔物退治が長引き、アルベルト達が戻ってくるのが遅れたら、出血多量で危なかったかもしれないことを考えると、そのうち死ぬだろうからわざわざ殺さなかったのかもしれない。

「黒服の集団……ということはやはり悪魔教徒か?」

 アルベルトの問いかけに、オリヴィアは頷いた。

「間違いないよ。直接雷魔術を撃ちこんでやった奴の服が焦げて、ちらっとだけだけど左胸が見えたんだ。そこにあったんだよ。逆五芒星の印が」

 逆五芒星。それは悪魔を表す象徴(シンボル)だ。

 悪魔教徒はその身を悪魔に捧げる証として、身体のどこかに逆五芒の焼き印を押す。狂信的な信者ほど左胸、心臓の真上に施し、命すらも魔王(サタン)に差し出すことを誓うのだという。

「アルベルト殿が捕まえたあの神殿爆破の犯人ですが」

 その時、オリヴィアの話を静かに聞いていたグリフィスが口をはさんだ。彼は手を組み、机上の一枚の報告書に目を落とす。

「兵士からの報告によると、左胸に逆五芒星の焼き印があったそうです。間違いなく、悪魔教徒の印です」

 グリフィスによると、神殿爆破の犯人は捕縛した直後、他に爆弾を持っていないか身体検査した結果、すぐに悪魔教徒の印が見つかったらしい。爆弾もいくつか所持していたので、奴が神殿を爆破したことはほぼ間違いはない。

 ただ問題なのは、犯人は神殿を爆破した目的について何も語ろうとしないことだという。虚ろな瞳で遠くを見つめたまま、何を問うても話そうとしない。なお今も取り調べは続いているが、爆破犯は薄笑いを浮かべたまま外界からの刺激に一切反応を示さないそうだ。

「神殿爆破とシリルさん誘拐犯には何か関係があると言って間違いないでしょう」

「でも、目的は何ですの? まさかシリルをさらうために神殿を爆破したんじゃないでしょうから、混乱のついで、ということでしょうけど」

「分かりません。ただシリルさんを誘拐した者達が悪魔教徒なら、ティリー殿のおっしゃる通り、彼らの主目的は神殿破壊。シリルさんはついでで間違いないでしょう」

 確かに、シリル一人を誘拐するためにこんな騒動を起こしたりはしないだろう。結界を破壊して、ミガーに悪魔憑きを増やす。世を乱し、負の感情を蔓延させ、魔王(サタン)召喚の助けとする。グリフィスが先日言っていた通り、それが今回の神殿爆破の目的で、シリルは混乱に乗じて一石二鳥を狙ったのだろう。問題はその目的だが――

「王太子殿下! シリルの捜索をお願い出来ませんか? あの子のためにも、奴らに好き勝手させないためにも、力を貸していただければ――」

 悔しそうに拳を握りしめていたオリヴィアは、ほとんど身を乗り出す様にしてグリフィスに嘆願した。隣のゼノも一緒に「お願いします」と頭を下げる。ところが、二人の熱意とは裏腹に、グリフィスは済まなさそうに顔を伏せた。

「して差し上げたいのですが、現状を鑑みて今すぐという訳にはいきません。安定したとはいえ、フロンダリアの結界は弱まっている。街の防衛に力を尽くす必要があります。シリルさん捜索に割く余力があるかどうか……」

 助力が叶わないことを知り、オリヴィアは悔しそうにうつむいた。同じように、ゼノも暗い顔をする。捜索に割く人員が確保できないのはどうしようもないことなのだ。そのことに二人は落ち込んでいたが、不意にゼノが何か閃いたのか、隣の悪友の方を向いて言った。

「キーネス! お前ならシリルの行き先を調べられるだろ!? 頼むよ!」

「そうだね。あんたならできるだろ! こんな目に合わされたんだ。あいつらをシメてやらなきゃ気が済まない」

 仲間二人に懇願され、キーネスは、

「……ああ、そうだな」

 と呟くと、何か悩む様にうつむいた。歯切れの悪い相槌に、オリヴィアが目を細めて訊き返す。

「何か問題があるのかい?」

 キーネスはしばし考え込むように視線を逸らしたが、やがて懐に手を入れるとそこから白い封筒を取り出した。宛名も差出人も書かれていない、真っ白い封筒。それは今朝、彼に届いた手紙だ。

「今日来たウォードからの手紙。これに書いてあったのは直属の部下になれということだけじゃない。なった後、俺がするべきことも書いてあった。それは」

 手紙を懐にしまい、キーネスはすっと視線を移動させた。

「それは、『他に何があってもリゼ・ランフォードからの依頼を最優先にする』ことだ」

 突然名前を出されて、リゼは驚いたようにキーネスを見た。もちろん冗談を言っているわけでもなく、リゼはキーネスをじろじろと見回すと、ひとりごとのように言った。

「私からの依頼?」

「お前が知りたい情報を最優先で提供しろということだ。要するに俺はお前専属の情報屋になるということ。ウォードの目的が何なのか俺にもよく分からんが、“救世主”の便宜をはかるべきだと、ボスは考えているんだろう」

「それは本当ですか? キーネス殿。“影の情報屋”殿は、彼女に手を貸すつもりだと?」

「俺は指示されただけだから分かりません。ボスの考えなど読めたためしがないので」

 グリフィスの質問に、苦虫をかみつぶしたような顔で答えるキーネス。今までも意図の分からない指示に振り回されて来たのだろうか。苦々しげな表情でため息をついてから、改めてリゼの方を見る。

「そういうわけで、俺は勝手にお前以外の人間から依頼を受けて仕事をすることができない。そもそも俺はもう情報屋の資格を失っているからな。ゼノ達に依頼されても情報網を使えない。俺の進退はお前の意向次第だ」

「随分と押しつけがましいのね」

「悪いな。押し付けたいわけじゃないが、ボスの命令には逆らえない」

 リゼは腕を組むと、無言でキーネスをまっすぐに見つめた。突然、人の行動を決める権限を渡されて、彼女も少し戸惑っているらしい。ほんの短い間、何か考え込んでいたが、やがてリゼは迷うことなく答えた。

「なら、依頼を出すわ。――シリルを誘拐した悪魔教徒を探して。奴らの後を追う」

 その言葉に、ゼノが見る間に明るい表情になり、オリヴィアはほっとしたような顔をした。ティリーはやっぱりと言いたげな顔をして腕を組んでいる。アルベルトも、シリルを助けに行くことに賛成だったから、リゼならそうするだろうという確信がありつつも、彼女が依頼を出したことにほっとする気持ちもあった。

 しかし、それに反対する声が上がった。

「待ってください! それでは困ります!」

 グリフィスは慌てた様子で立ち上がり、リゼを引き留めようとする。

「貴女には他にして頂きたいことがあるのです。少女救出の為だけに、貴女を出向かせる訳にはいきません。シリルさん救出はこちらで行いますから、貴女はフロンダリアに……」

「私にして欲しいことって、悪魔教徒を倒すことでしょう。違う?」

 相手の言をさえぎって、リゼは問いかける。問答無用と言わんばかりの強い口調だ。押し黙ったグリフィスに、リゼはさらに続ける。

「だからシリルを追うのよ。追って、あの子を助ける。悪魔教徒が子供を誘拐して何をするかなんて決まってるでしょう?」

「――悪魔召喚」

 リゼの言わんとしていることに気づき、アルベルトはその単語を口にした。

 悪魔召喚。己が願いを叶えるため、この世に悪魔を呼び出す儀式。そのためには生贄が必要だ。場合によっては、村一つ、街一つが生贄となり、悪魔に喰われて消滅する。そこまで大がかりな召喚の儀式は稀だとしても、人攫いや行方不明者が続発する時、必ず近くで悪魔召喚が行われている。そして、攫われるのは往々にして子供や若い女性――誘拐しやすく、生贄にふさわしい生命力のある人達だ。少女であるシリルはこれに当てはまる。それに、

「シリルは“憑依体質(ヴァス)”だ。悪魔召喚の生贄として……最適、なのかもしれない」

 そういう表現をすることははばかられたが、他に言葉が見つからなかった。悪魔に取り憑かれやすい。言い換えれば、他の人間と違って余計な抵抗がないシリルは、悪魔にとって非常に喰らいやすい存在だろう。

 以前、マリークレージュで行われた悪魔召喚のことを思い出す。あの時はたった三人の生贄で、広い地下室を埋め尽くし、複数の魔物を融合させて一体の強力な魔物になろうとするほど大量で強力な悪魔が喚び出された。またあんな蟲の悪魔が現れたら手が付けられなくなる。もし奴らが悪魔召喚を行うとしたら、周りに街も村もない場所を選んだりしないだろう。必ず人が多い場所、悪魔の餌場となり得るような場所を選ぶはず。そうなれば被害は大きなものとなる。それだけは阻止しなければならない。

「シリルを追っていけば、悪魔教徒がしようとしている悪事を潰せるかもしれない。それに、“憑依体質(ヴァス)”であるあの子を奪い返さなかったら、奴らに余計な手札を与えることになる。際限なく悪魔や魔物を呼び寄せてしまうんだから。そんなことになったら面倒だわ」

 淡々とそう言うリゼに、グリフィスは呆れと懸念が混ざった視線を向ける。彼は再び反対意見を出そうとしたが、その前に、キーネスが口を開いた。

「『シリル・クロウの行方を追え』。それが依頼でいいんだな」

 キーネスの確認に、リゼはためらうことなく頷く。それに、

「了解した。全力を尽くそう」

 どこか安堵したように、口元に心なしか笑みさえ浮かべて、キーネスはそう言った。依頼を受け、彼はすぐさま仕事へかかろうと扉の方へ向かう。しかしその時、突然扉が大きな音を立てて開いた。

「なるほど、お話は聞きました!」

 突如元気のよい台詞と共に現れたのは、メリエ・リドス市長付き秘書官レーナであった。グリフィスへの書簡を届けに来たという彼女は、早くもフロンダリアを発つ予定だったのか旅装束に身を包み、腰に手を当てて胸を反らしている。突然の登場に目を点にした一同を尻目に、レーナは話し始めた。

「お話は聞きました。女の子が攫われたんですね。で、それを助けに行かないといけないと」

 レーナはそこで言葉を切り、相槌を求めるように周りを見回した。全員があっけにとられて沈黙している中、たまたまレーナの近くにいたアルベルトは彼女と目が合ってしまった。なにやら期待を込めた目で見つめられている。

「まあ……その通りなんだが……」

「で、今からその人が行方を調べにいって、居場所が分かったらみんなで助けに向かうんですよね?」

「そうなると思うが、でもそれが――」

「なら、女の子をさらった奴らを追う足が必要なんじゃないですか? 砂漠に慣れている方ばっかりじゃないんですから、歩くよりも速い移動手段があった方がいいですよね」

 あいかわらず口調は軽かったが、レーナの指摘は決して見当違いのものではなかった。確かに、悪魔教徒達を追いかけるなら、彼らより速く移動する手段が無ければならない。もしそんな手段があるなら、活用しない手はない。レーナがいきなり割り込んできてそんなことを提案するこの状況は色々と驚きだったが、リゼは気になったらしく、レーナにその“手段”のことを尋ねた。

「そんなにいい方法があるの?」

「ありますよ。砂漠移動の専門家、カメル車を使う行商人の商隊にお邪魔するんです。その中でも一番速いところを知ってますから、なんならお願いしてきますよー。わたしもここまで乗せてきてもらいましたから。速さは保証しますよー。ここに来てすぐ隣町に行っちゃったんですけど、今なら追いかければ間に合いますから。ということで」

 レーナはくるりと振り向くと、ひきつった顔で硬直していたキーネスを目に止めて、ずんずんと歩み寄った。すぐ近くまで詰め寄られて、キーネスは反射的にか一歩引く。

「キーネスさんでしたっけ? 情報集めに行くんですよね? ついでにその商隊を紹介します。途中まで一緒に行きましょう!」

 引かれていると気付いていないのか気にしていないのか、レーナは一方的に話を進める。キーネスはやたらひきつった表情を浮かべながらも、彼にしては珍しく、文句ひとつ言わず素直にうなずいた。

「ま、まあ、そういう手段があるなら手配しておいてもいいな。案内を頼もう」

「決まりですね! では殿下。わたしは急ぎの用があるのでこれで失礼いたしまーす!」

 およそ王太子に対するものではない軽さでレーナは言い、執務室の扉へ向かう。キーネスは深々とため息をつきながらも、「数日中に連絡する」と言い残し、彼女の後を追って部屋から出て行った。

 怒涛のように現れては出て行ったレーナ(とキーネス)を見送り、執務室に再び静寂が舞い降りた。いきなりの登場と、いきなりの退場に、皆あっけにとられていたのだ。揃いに揃って馬鹿みたいに扉の方を見ていたが、やがてその静寂を打ち破るように、グリフィスが再び否定の言葉を発した。

「キーネス殿が調査に向かいましたが、私はリゼ殿がシリルさん救出に向かうのは反対です。シリルさん救出は重要なことだとは思いますが、なにも貴女が出向く必要はありません」

 どうやらグリフィスはよほどリゼを行かせたくないらしい。彼の立場と目的を鑑みれば当然か。

「なら、私達だけで救出に向かいます。それなら構いませんね?」

 アルベルトがそう提案すると、グリフィスは視線をこちらへ移した。何か思案するように目を細め――けれど承服するつもりがないことが表情から見てとれた。

「いいえ、貴方がたに任せるわけにはいきません。キーネス殿が集めてきた情報は私が買い取りましょう。シリルさん救出は我々が行います。ご安心ください」

 グリフィスは有無を言わさぬ口調でそう告げる。それにゼノが、

「でもすぐには無理だって――」

 と反駁しようとしたが、グリフィスはそれにやんわりと返した。

「すぐには無理ですが、出来るだけ速く救出部隊を出します。お気持ちは分かりますが、焦ったところで良い結果は出ませんよ。リゼ殿も。貴女が向かったからといって必ずしも良い結果になるわけではありません。協力すると言った以上、単独行動は困ります」

 諭すように言われたが、リゼは異論を述べる様子もなく無言で視線をそらす。納得したのか、これ以上話をする気がないのか。――後者の可能性が高そうだが。

「ともかく、今回の件については調査も含めすべてこちらにお任せください。貴方がたには魔物討伐を手伝っていただいたお礼もしたいですし、フロンダリアにゆっくり逗留なさってください。この騒動で十分なおもてなしは出来ませんが、出来る限りのことはさせますので」

「一つ聞いていいですか」

 グリフィスの言をさえぎって、険しい目つきをしたオリヴィアがそう訊ねた。剣呑な視線に、グリフィスは怪訝そうな表情をする。

「あの黒服がやって来た時、この館の兵士はどこにいたんですか。あれだけ大きな音を立てたのに誰も来ないし、この館の警備はどうなっているんです?」

「申し訳ありません。結界の不安定化と魔物の襲来で兵士達は出払っていたのです。結果、貴女を危険な目に会わせてしまったこと、深くお詫びいたします」

 グリフィスの謝罪に、オリヴィアは目を閉じる。数瞬だけそうしてから目を開けると、彼女は明るい声で言った。

「いいです。気にしてません。混乱に乗じてやって来た卑怯者のせいですから。ただ」

 そこでオリヴィアはにっこりと、気迫すら感じられる笑みを浮かべた。

「ただ、腹が立ってしょうがないんです。あの子の誘拐に関わった輩は全員つるし上げないと気が済まないくらいには」

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