利用 5
途中でゼノと合流し、アルベルト達がそろって館の前に戻ると、そこでは兵士達が集まって魔物の死骸の後始末をしていた。それは何もこの館の前に限ったことではなく、どうやら前線で退治屋達の討伐を逃れた魔物の何体かが街の中に侵入していたらしい。しかし、この分だと待ち構えていた退治屋と兵士に無事倒されたようだ。
館に近付くと、アルベルト達の帰還に気付いた兵士の一人が、顔をしかめながら近付いてきた。死骸から飛んだのだろう魔物の血で軍服を汚した兵士は、リゼの姿を捉えると、明らかに迷惑そうな口調で話しかける。
「どこへ行ったのかと思ったら魔物退治に行っていたのですか。勝手に出歩かれると、警護をするこちらとしても困るのですが。他の方々も」
「神殿が爆破された上、魔物が騒いでるのに部屋の中でゆっくりなんてしていられないんだけど。部屋の中まで入ってことないとはいえ、牢番でもするみたいに見張られたら余計に」
この兵士の仕事は、リゼとアルネス博士が話をしている間、その部屋を警護することだったのだろう。その点において、この兵士の言い分は最もだったが、リゼがほとんど売り言葉に買い言葉のように言い返すので、兵士の表情は険しいものになっていった。言いたいことは分かるが、もっと言い方はなかったのだろうか。険悪な雰囲気になってきたので、アルベルトは慌てて二人の間に割り込むと、兵士に向かって頭を下げた。
「すみません。緊急事態だと思ったので、反射的に外に出てしまって。リゼも俺達も迷惑をかけるつもりはなかったのですが――」
そう言うと、兵士の表情は何故かますます険しいものになった。謝罪が足りなかったのか。言い方が悪かったのか。兵士は不愉快そうな顔をしたまま、低い声で言った。
「とにかく、部屋にお戻りください」
館を指さし、兵士は視線だけで速く行けと促してくる。アルベルトはため息をつくと、後ろのリゼ達に「戻ろうか」と声をかけた。
キーネスは肩をすくめ、ゼノも苦笑いしながら館の入り口へと向かって行く。アルベルト達も続いて館の中へ入ったが、リゼはアルベルト達と別方向へ足を向けると、
「博士のところに行ってくる。重要な話は終わったけど、話の途中で出てきたから」
と言った。そういえば、彼女はアルネス博士に術を見せている途中だったのだ。重要な話は終わったらしいが、確かに一応顔を見せておいた方がいいだろう。
「なら、わたくしも行っていいかしら?」
「……好きにすれば」
案の定、ティリーは喰いついてきたが、リゼはめんどくさがったのか軽く受け流してすたすたと歩いて行った。ティリーもそれに続いていく。その様子を見送ってから、アルベルトは部屋へと戻ることにした。
ゼノとキーネスの後を追って部屋の方へ向かうと、二人は階段を登っている途中だった、二人と合流し、階段を上っていると、ゼノが思い出したようにぽつりと呟いた。
「あの兵士、なんかおっかない雰囲気だったな。あんな怖い顔をしなくてもいいのに」
「リゼはまあともかく、勝手に外へ出るなと言われても、あんな大きな音がしたら気になるし魔物が出たら退治に行かない訳にはいかねえんだけど」
「勝手に外に出るなというのは、俺達にではなく、スターレンに対して言ったんだろう」
ゼノの愚痴めいた台詞に答えたのはキーネスだった。彼の指摘に、ゼノだけでなくアルベルトも目を見はった。それに対し、キーネスは補足するように続ける。
「俺達は人喰いの森の件の当事者とはいえ、報告も処分も済んだ今となってはただの退治屋と情報屋の下僕だ。大事に部屋に囲っておく理由がどこにある? 特にゼノなぞ、ここの所属ではないとはいえ、魔物が出たのに退治しに行かなかったら職務怠慢もいいところだろう。――だがスターレン、お前は違う。お前はランフォードとは別の意味で特別だ。このミガーではな」
「特別……」
特別。このミガーでは。それは、
(それは、俺が悪魔祓い師だということか?)
特別だといえば確かにそうだ。ミガー王国に悪魔祓い師が足を踏み入れることなんてまずありえない。正確には『元』だが、悪魔祓い師がいるとなると、グリフィスも気にしない訳にはいかないだろう。勝手に出歩かれれば、余計に。あの兵士も、そのことを分かっているのだ。
「特別? んーまあなー。でも別に悪いことをしたわけじゃなくて、魔物退治に出ただけだろ? 街の防衛に貢献したんだから、あそこまで迷惑そうな良い方しなくてもと思うんだけどな。特にこいつの働きぶりを見るに」
階段を上りきり、廊下に入ったところでゼノはそう言った。能天気な発言にキーネスは、「そういう問題じゃないだろう」とため息をついたが、ゼノは「……そうなのか?」と余り分かっていない様子だった。
「まあ、勝手に部屋を出たのは確かだからな。俺は退治屋じゃないし、彼らの仕事場に勝手に入るのは良くなかったのかもしれない」
アルベルトがそう言うと、ゼノは二、三度目を瞬かせてから、ひらひらと手をふる。
「そんなの良いんだよ。退治屋じゃないやつは魔物退治をしちゃいけないなんて法律はないからな。むしろ、戦う技術を持ってる市民が協力したら、同業者組合が報奨金を出してくれるくらいだぜ。あとで請求した方がいいぞ――っと、ついた」
そうこう話しているうちに、三人は与えられた部屋の前についた。先頭にいたゼノが、一応ノックしてからドアノブに手を掛ける。特に返事はなかったが、ゼノは構わず扉を押し開いた。
「ただい――」
扉を開けたゼノは、帰還の挨拶を最後まで言い切ることなく、そのままの体制で固まった。何かに驚愕し、ショックで硬直している。不審に思ったアルベルトとキーネスが、ゼノにならって部屋の中をのぞくと、そこに広がっていた光景に思わず息をのんだ。
ちょうどよい広さの、品の良い調度品が置かれた立派な客室だ。多人数が何の問題もなく掛けられるソファに、どっしりとした樫のテーブル。壁にはミガーの紋章が織られたタペストリー。しかし、それらと壁との床のあちこちに、黒く焦げた跡が多数つけられ、無残な姿になっていた。寝室へ続く扉は半開きのまま。敷き詰められた青い絨毯の上に割れた花瓶の破片が散乱している。それ以外に目立つものは見られない。部屋の中は無人だった。
「二人がいないぞ」
焦りを滲ませた声でキーネスが呟く。この部屋はアルベルト達が使っているものだが、ゼノ達が話し合いに使いたいというので、オリヴィアとシリルがいたはずだ。キーネスはすぐさま隣の女性陣の部屋も覗いてみたが、誰かがいる様子はないようだった。
「なにがあったんだ……? シリル! オリヴィア! いるのか!? いたら返事してくれ!」
部屋の中に入って、ゼノは二人の名前を呼ぶ。しかし返事はない。どこかに隠れている様子もない。アルベルトも続いて中に入り、部屋全体を見回していたが、奥の方まで入っていったところで、ソファとテーブルの向こう、入り口から死角になった部分に誰か倒れているのを発見した。
ソファ近くの床には他の場所よりもさらに多くの焦げ跡があり、少し離れた所に、一本の棍が転がっている。テーブルクロスは床に落ちてぐちゃぐちゃになり、ソファには赤黒い液体が付着していた。そして、
ソファの向こう側に、血塗れになったオリヴィアが倒れていた。




