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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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利用 2

 フロンダリアはルゼリ砂漠西に位置する谷の中に存在する街である。

 魔術工学――魔術を物体に定着させ、様々な機能を持たせる技術――が発達しているこの街では、実に多彩な魔動具が創られている。

 例えば、谷上層部の井戸に水を供給する水道管。これには谷底の川から水を汲み上げるための魔法陣が刻まれている。汲み上げる量は一定に維持され、急激に使用量が変化しなければ溢れることも枯れることもない。時折専門の魔術師が整備してやる必要はあるが、詠唱も魔力もいらず、魔術を使えない者もその恩恵を得ることが出来る。

 これを可能にしているのが霊晶石と呼ばれる鉱石の存在である。

 霊晶石とは特定の鉱石を指す名称ではなく、魔力と精霊を多量に含む鉱石の総称である。「内包される精霊の力が他の鉱石より強く、人間の意志エネルギーである魔力を封入することが出来る」がその定義だ。岩石、金属、宝石等、形状は多岐に渡り、内包する精霊の属性も地の精霊をベースにしつつ鉱石の種類によって異なる。

 魔術は万物に宿る精霊の力を魔力を用いて操る技術であり、人なくして魔術が発動することは有り得ない。しかし、霊晶石に魔力を込め、魔動具に取り付けることで、魔術師を介在せずとも魔術を発動させたまま維持することが可能なのである。定期的に魔力を補充・整備してやる必要はあるが、仕組みさえ理解していれば難しいことではない。

 フロンダリアで魔術工学が発達したのは、この霊晶石が豊富に採れることにあった。谷底の川では砂鉄や砂金、少し離れた上流の山の方では鉄が採れるそうだが、主に産出するのは水晶である。霊晶石ではない水晶は宝石として装飾品に使われるが、多くは研磨され、魔法陣を刻まれ、あらゆる魔動具に取り付けられていく。

 例えば、水道管のような都市機能を支える大型機器。屋内・屋外の照明。船の推進装置。

 加工に手間がかかり、魔術師が定期的に整備しなければならないこともあって誰もが扱える訳ではないが、魔動具はミガー王国の民の生活を支える重要な道具である。

 そして、魔物と戦う際の強力な武器にもなる。




 緩んだ結界を突き抜けてやってきた魔物の襲来を確認した瞬間、その場にいた野次馬達はすぐさま二種類の行動を取った。

 まず半数の人間が、魔物に背を向けて屋内へと退避し始めた。警告の鐘の音に従い、いつかのメリエ・セラスの時と同じく、一般市民達は冷静に避難していく。多少の動揺や悲鳴は見られたが、彼らは落ち着いて戦場から離れて行った。

 そして、非戦闘員があらかたいなくなり、魔物の襲来を告げる鐘の音が余韻を残しながら消えていった時、残った半数の野次馬達――魔物退治屋が、各々武器を手に魔物と対峙していった。指揮官がいるわけでもなく、きちんと統率がとれている訳でもないのに、自分の持ち分を理解しているのか持ち場が決まっていて、まるで統率がとれた軍隊のようだ。剣士、射手、槍使い。武術のみを使う者もいたが、退治屋達のほとんどが武器を手にした魔術師であった。

 杖、剣、その他諸々。専属魔術師もいれば武術と組み合わせる者もいる。共通しているのは武具に霊晶石を用いていること。これを触媒とし、魔術を操るのである。

 物質ではない精霊の力を操るためには、魔力と呪文の詠唱が必要だ。目的とする魔術が強力であればあるほど、高い魔力と長い詠唱が必要になる。しかし魔力と時間を消費しすぎるのは、特に戦いの場において得策ではない。そこで術師の負担を軽減し、詠唱にかかる時間を短縮するために、魔力と精霊力を込められる触媒が必要なのである。非物質のエネルギーは物質を介する方がコントロールしやすく負担も少なくて済むのだ。そしてそれに適しているのが霊晶石というわけなのである。

 実際には、触媒はなんでもいい。霊晶石のような無機物だけでなく、木などの有機物を使う者もいる。精霊力が強く魔力を込めやすく、魔法陣を刻むことができるものなら何でも触媒とすることが可能だ。例えばティリーの触媒は魔導書であり、オリヴィアの武器は金属で補強してあったものの、本体は木製の棍だった。魔術師にとって触媒は武器。扱いやすいか、手になじむかが重要なのだ。

 リゼ・ランフォードの場合、それは剣であった。これをくれた叔父曰く霊晶石の銀で創られ、祖父の手による魔法陣が刻まれている。

 柄には実用に困らない程度の細やかな装飾。無論ただの飾りではなく、模様に悪魔除けと詠唱補助を目的とした印が織り込まれている。

 刀身は細く、切っ先は鋭い。両刃で斬撃も可能だが、本来は刺突を得意とするレイピアだ。力任せに斬ろうとすると、折れたり曲がったりしかねない。

 だがそんなことはお構いなしに、リゼは斬撃を繰り出した。

 風をまとった剣が魔物の首を易々と斬り落とす。濁った体液を吹き出しのたうちまわる鳥の魔物。飛び散る羽根を振り払って、その胴に切っ先を突き立てる。剣を仲介に魔物の身体へ送り込むのは浄化の術。使い物にならなくなった宿主を捨てて逃れようとする悪魔を、浄化の光で拘束して叩き潰す。悪魔の奇怪な断末魔が耳朶を打った。うっとおしい。

 ぎゃあぎゃあという、別の啼き声が迫ってくる。リゼは剣を引き抜くと、新手の魔物の方を向いた。振り向きざま、魔物の頭部を横一文字に斬り裂く。確かな手ごたえと共に、斬り裂かれた魔物の眼球から黒い液体が噴き出した。

 霊晶石は一般の鉱物より硬い。故に、魔力をもたない武術専門の退治屋も、霊晶石で創られた武器を使う者がいるらしい。魔力を流せばさらに硬度が上がるから、そう簡単に折れることはない。

 倒れる魔物の身体を蹴り飛ばして、切っ先を別の魔物へと向ける。三体の怪鳥が、リゼに向かって飛びかかってくる。その異様なまでに膨れ上がった胴めがけて、今度は魔力を解放した。

『貫け』

 魔法陣が輝く。霊晶石の刀身が魔力を増幅する。魔力と詠唱に導かれて精霊が集まり、いくつもの氷の槍を描き出した。滑るように空を奔った槍が、魔物の胴を串刺しにして谷の壁面に縫いとめる。中の悪魔は浄化の術を合わせた氷槍に貫かれてあっけなく霧散した。

 ふと上を見上げると、魔物の身体から抜け出した悪魔が天へ逃げ帰ろうとしているのを見つけた。アルベルトと違ってはっきりと見えるわけではなく、黒く薄い靄のような、昼日中では見逃しかねない影としてしか捉えられない。それでも、気配ははっきり感じられるので、よほど弱いか、気配を隠せる悪魔でない限り知覚することは難しくない。

 魔物は生物の死体に悪魔が取り憑いたもの。普通の生物を比べれば生命力が――厳密には死体なのでこの表現は適当ではないが――はるかに強く凶暴だが、剣や魔術を用いれば、器たる肉体を破壊しその動きを止めることは出来る。しかし、中に潜む悪魔までは殺せない。器をなくし、力を削がれ、それでも悪魔は滅びない。また新たな器を求めてさまよい、そして見つけるだろう。生きているものが存在しない場所などなく、奴らは時に無機物ですら器としてしまうのだから。

 生物の魂を求めて彷徨う、おぞましき存在。悪魔。逃がしはしない。全て消し去ってやる。滅ぼしてやる。悪魔を滅ぼすことが出来るのは、悪魔祓い師か、

 リゼだけなのだ。

『悪しきものよ。消え失せろ!』

 穢らわしい悪魔など、一匹残らず滅びてしまえ。




 退治屋達がいるだけあって、魔物の掃討は苦戦することもなく早くも終わりそうだった。濁った体液をまき散らし、動きを止めた魔物の死体がどんどん積み上げられていく。その身体から悪魔が逃げ出していく様子を、アルベルト・スターレンはその特殊な眼で捉えていたが、だからといって悪魔を浄化することが出来ず、歯がゆい思いをする羽目に陥っていた。

 それは能力的な理由からではなく、状況的な理由からだった。アルベルトは儀式の煩雑さを別にしても、悪魔憑きを癒す祓魔の術は得意ではない。その代わり、魔物と戦うことは持ち前の剣の腕もあって得意と言える分野だ。ただ魔物を倒すだけでなく、取り憑いた悪魔をも浄化することが出来るのだが、如何せんミガーでおおっぴらに悪魔祓い師の術を使う訳にはいかなかった。たくさんの退治屋に囲まれているこの状況で、祈りの言葉を唱えようものならすぐに気付かれてしまう。祈りの言葉は術を発動させるための重要な手順だから、省略するわけにはいかない。故に他の退治屋達と同じように、ただ魔物を倒すことにとどめなければならなかった。

 魔物退治は取り憑いた悪魔をも滅ぼさない限り根本的な解決にならない。今、目の前にいる脅威。それを一時的に取り除くことしかできない。だが、そうやってはからずも問題を先送りにするより他に道がない。それが悪魔を殺す手段を持たないミガー人の実情であり、

 アルベルトの現在の状況でもある。

「あの女すげーな。どこの退治屋だ?」

 近くにした退治屋の一人が驚嘆の声を上げたのを聞き、アルベルトはつられて退治屋が目にしている人物を見た。氷雪が散り、風が踊る。レイピアを手に空中を舞うリゼは、浄化の術を駆使しながら悪魔ごと魔物を滅ぼして回っていた。少々腕や脚を斬られても平気で動き回る魔物をほんの数撃で倒してしまうのだから、いやおうなしに退治屋達の注目の的になっているようだ。

 それにしても、悪魔と相対した時のリゼの戦い方は鬼気迫るものと言ってよい。すごい、というのは確かだ。魔物の群れに突っ込んで、それら全て倒してしまうのだから。けれどそれは、リゼがかなり無茶な戦い方をしている故だった。

 リゼは魔術を得意とするが、決して剣術が使えないということはない。魔術と異なり飛び抜けて優れている訳ではないが、魔術師としてはおそらく十分だろう。普段ならそれを生かし、魔術と組み合わせて魔物と渡り合うのだが、今のリゼは力任せに剣を振るい、魔術を放っているだけだった。

 時折、こういうことがある。冷静に魔物と対峙することもあれば、思い詰めたように無茶な戦い方をする。その境界線はおそらく本人も分かっていないのではないだろうか。

 リゼが生み出した氷雪が、日の光を浴びてきらきらと煌めく。魔物から抜け出た悪魔が、閃光に貫かれて消滅する。魔物の数は減りつつある。退治屋も大勢いるし、もうまもなく討伐されるだろう。しかし、問題は魔物だけではないのだ。

 見上げると、空を覆い尽くす黒い影から、いくつもの塊がゆっくりと降下してくる様子が見てとれた。ここからでは黒い点にしか見えないが、それがどんな姿をして、何をするつもりなのか、容易に分かる。

 悪魔だ。それも、人に憑く類の。フロンダリアの結界が消失しかけているのに気付き、宿主を求めて降りてこようとしている。

 このままではフロンダリア住民から悪魔に取り憑かれる者が出てしまう。リゼならあの悪魔達も浄化しようとするだろう。しかし、それではきりがない。いくらリゼでも、際限なく降って来る悪魔を浄化しきるのは不可能だ。せめて結界が復活すればいいのだが――

 あいにく、兵士達のほとんどが魔物退治に駆り出されているのか、爆発の後処理をしている者はいない。鎮火はとうに終わっているが、中を調べている場合ではないのだ。結界を修復は見込めそうにない。

 悪魔祓い師だと露見するのを覚悟の上で、奴らを浄化するしかないか。それでも手が足りるか分からないが――アルベルトかそう覚悟を決めた、その時だった。


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