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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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暗躍する影 6

「アルネス博士は現代最高峰の知識を持つ悪魔研究の第一人者ですわ! 現代魔物行動学、悪魔が存在することによる自然環境への影響。これらに関する定説は全て、アルネス博士が研究・提唱したんですわ。同じく研究家であるダニエル・オルセイン博士と並び、悪魔研究の双璧と謳われている方ですの!」

 やたら楽しそうに、かつ生き生きとティリーは説明した。そのテンションは、興味深い研究対象を見つけた時のそれと同じである。いつもこんなので疲れないのだろうかと、アルベルトはティリーの様子を見ながら感心してしまったくらいだった。

「まさかこんなところでお会いできるなんて! 一度で良いからお会いしたいと思っていましたけど、チャンスは思いがけない所に転がっているものですわね。本当に、夢のようですわ……」

 そう言いながらティリーは子供のように目を輝かせる。リゼが術を見せると言った相手が自分でないと分かった時にはあれ程悲しそうだったにもかかわらず、グリフィスがアルネス博士を呼ぶと言った瞬間速攻で立ち直ったのだから、なんというか、切り替えが速い。

「アルネス博士か。あたしも一度会ってみたかったんだよね」

 そう言ったのはオリヴィアである。ティリー程ではなかったが、彼女も期待に満ちた目をしていた。それを見たゼノが首を傾げて訊ねる。

「そんなにすごい人なのか? アルネス博士って」

「すごい人って……あのねえゼノ。あたしら退治屋が学ぶ現代の魔物の行動理論や対策法を見つけたのってアルネス博士なんだよ。あたしらが仕事しやすいのも退治屋の死亡率が下がったのもアルネス博士のおかげ。退治屋になる時に教わっただろ」

「そ、そうなのか? いや仕事に必要なことはちゃんと覚えたけど、博士の名前なんて覚えてもしょうがねえし――」

 オリヴィアに非難がましく睨まれて、ゼノはしどろもどろになりながら言い訳する。そんな仲間の様子にオリヴィアは呆れてため息をついたが、それ以上に辛辣な反応を示したのはティリーだった。

「博士を知らないなんて信じられませんわ」

 冷たく言い捨てられてゼノはさらにたじたじとなる。彼は必要なことだけ覚えようと思ったんだよ……と言いつつ、助けを求めるようにキーネスを見たが、「知らないお前が悪い」と冷たく返されて、がっくりと肩を落とした。

 そうこうしているうちに、扉が開いてグリフィスが帰ってきた。

「お待たせしました」

 グリフィスはそう言って、扉の脇に立つ。開いた扉の向こうから、兵士に連れられて一人の人物が入ってきた。

 現れたのは禿頭に白い髭をたくわえた小柄な老人だった。杖をつきながら、けれどしっかりした足取りで歩いて来る。ゆったりしたローブには魔法陣と思われるものが多数刺繍され、ローブ全体を飾っていた。

 部屋に入ってきたアルネス博士に真っ先に駆け寄ったのは、当然ながらティリーだった。グリフィスが「こちらがアルネス博士です」と言い終わるな否や、

「博士! お初にお目にかかります。悪魔研究家のティリー・ローゼンです。今日はお会いできて光栄ですわ!」

 目を輝かせてそう言った。アルネスは視線を上げてティリーをじっと見ると、何か思い出したように言った。

「ローゼン? エレミア・ローゼンの縁者かの?」

「はい。エレミア・ローゼンはわたくしの母ですわ」

「ほう、あの子の娘か。母に似てなかなかの別嬪さんじゃな」

 ゆっくり髭をしごきながら、アルネスは続ける。

「エレミアは優秀な弟子じゃった。その娘ならばさぞや優れた研究家なのじゃろう。して、おぬしは何の研究をしておるんじゃ?」

「両親の研究を引き継ぎました。よろしければ、是非研究についてお話を――」

「すみませんが、お話は後にしていただいてもよろしいですか?」

 ティリーをアルネスの話が違う方向へ盛り上がりそうになったところで、グリフィスが苦笑しながらそう言った。

「おお、すまんすまん。目的を忘れるところじゃった」

 アルネスはからからと笑いながらそう言って、部屋の中をぐるりと見回した。アルベルト達全員の顔を順番に見て留め、最後に一人の人物へ視線を固定する。

「さてさて、わしを呼んだ“魔女”とやらはおぬしかな。リゼ・ランフォードよ」

「……」

 やや冗談めかした口調で問うアルネスを、リゼは無言で見た。何か考え込むように、何か確認するようにしばし沈黙したリゼは、何かを決意したような表情で口を開いた。

「アルネス博士。私は“虹霓と地に堕ちた星を抱く緋色の子”です」

 その瞬間、その場にいた全員がリゼの発言に首を傾げた。何かの文言のような言葉。何故リゼがそんなことを言ったのか、ティリーにも、グリフィスにも分からないようだった。しかしアルネスだけはその意味を理解したらしく、何か納得したように、

「ふむ、なるほど。わしは“風と光を奏する西の賢者”じゃ」

 リゼと同じように答える。そして博士はグリフィスの方へ向くと、悪戯っぽく笑った。

「さてさて王太子殿下や。どこか部屋を貸してくれんかの。付き添いはいらんぞ。可愛いおなごと二人っきりになりたいからの」

「はあ……しかし」

「頼んだぞ」

 アルネスの有無を言わさぬ口調にグリフィスは苦笑する。

「ではこちらへ。――向こうの客間へ案内して差し上げなさい」

 彼が部屋の入り口に控えていた兵士に命じると、兵士は一礼し、アルネスとリゼを連れて部屋から出て行った。

 二人がいなくなったところでグリフィスは再び椅子に座り、今度はゼノ達を見て話し始めた。

「さて、次の要件に移りましょう。ゼノ殿、キーネス殿、オリヴィア殿。貴方がた――というより、キーネス・ターナー殿についての処遇が決まりました。仮決定ですが、これ以上変わることはないと思うので、お伝えしておきます」

 それを聞いた途端、ゼノ達の表情が変わった。 ゼノははっとして不安げな顔になり、キーネスは神妙な表情で話の続きを待っている。オリヴィアは無表情になってグリフィスの方を見つめていた。

 フロンダリアについた後、グリフィス達が行っていた事後処理は、退治屋達の処遇の他に、アスクレピアで起こったことの詳細を調べるということも含まれていた。それにはキーネスの処分の決定も含まれていて、ここ三日間ゼノとキーネスが入れ替わり立ち替わりどこかへ呼ばれていたのは、このためだったろう。グリフィスは引き出しから退治屋同業者組合(ギルド)のものと思われる紋章が入った封筒を取り出し、それをキーネスに手渡した。キーネスが受け取った封筒を開き、中身を確認したところで、不安げなゼノとオリヴィアに向けて言った。

「退治屋同業者組合(ギルド)の犯罪取締局は今回の件に関して、キーネス・ターナーの行動は重大な裏切り行為であると判断しました。よって、同業者組合(ギルド)は貴方のメダルを永久的に剥奪し、以後如何なる理由があっても二度と退治屋の資格を授与することはない――とのことです」

 それを聞いて、二人は驚いたような表情をした。キーネスも同様に、怪訝そうな顔で書状を見つめている。

「――それだけ?」

「あとは被害にあった退治屋達への賠償金の支払い命令がありますが、それだけです。退治屋同業者組合(ギルド)の決定は以上です」

 結果に不満――というより、思ったより軽い処分で戸惑ったのだろう。キーネスは「しかし――」と呟いたが、それをさえぎるようにグリフィスがこう言った。

「もう一つ、この件に関してある方から手紙が届いているそうです。――どうぞ、入ってください」

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