人喰いの森の守護者 6
あの日、オレ達は小さな町にいた。
ちょうど一仕事終え、新しい仕事を探していたときだった。女が一人、オレ達に声をかけてきた。
『人喰いの森に棲む魔物を退治してくれないか』
それがその女の依頼だった。
オレ達はすぐさま快諾した。女が提示した高価な報酬、そして何より、『腕のいい退治屋にしか任せられない』という言葉に矜持を刺激されたからだった。
依頼主の女に教えられた通り、オレ達は禁忌の森を越えて人喰いの森へと向かった。人喰いの森の奥には、どこかちぐはぐなことを言う人達が住む集落があった。その集落の奥には、集落の守り神が棲むという神殿があった。依頼主によると、魔物が棲むのはその神殿の中だという。
『ここってたぶん、アスクレピア神殿じゃないかな』
神殿の中に入った時、仲間の一人がそう言った。
『ミガー建国よりもっと前に作られた物凄く古いものらしいけど、財宝なし魔術的な代物もなし。歴史的に価値あるものも調べ尽くされちゃって、もうほとんど忘れられてるってさ。ミガー西部にあるって聞いてたけど、ここだったとはね』
『元は何だったんだ?』
そう聞いたのはキーネスだったか。
『確か祭儀場。長らく忘れられた今となっちゃあただの魔物の巣だけどね』
そう、神殿の中には白い花をつけた植物の魔物がたくさんいた。なかなか手ごわかったけど、オレ達三人の連携の前では敵じゃない。蔓だとか木の根だとか、トゲトゲの実だとか黒い弾丸みたいなのを飛ばすだとか、そんな奴らを倒して、オレ達は神殿の奥まで辿り着いた。
そこにあったのは、樹々の生い茂る暗い森だった。
薄紅色の花が咲く半円状の広場。
思わず見上げてしまうほど大きな樹。
その根元には赤黒い花弁を持つ巨大な妖花。
空は不気味な赤紫色に染まり、時折吹き抜ける風が樹々を揺らして、不穏な音色を奏でていく。ここは神殿の中のはずだ。そう疑いたくなるほど室内とは思えない光景だったけど、同時にとても不自然で、かつ禍々しかった。
これは魔物の力だろうか。そうだとして、肝心の魔物はどこだろう。辺りを見回しても、異様に静かな広場には花と大樹以外何もない。
『あれがそうなのかもな』
そう言ってキーネスが指差したのはあの巨大な妖花だ。確かに、今のところ動きはないが不気味である。自然と身構えたオレ達の後ろに、突然、植物の魔物が襲い掛かってきた。
そいつは、白い花をつけたオレより少し低いくらいの背丈の植物だった。
『ダチュラだ! 気を付けな! あれは種に毒があるよ!』
『毒!?』
『記憶喪失とか幻覚とか見ちゃうやつさ! うっかり飲み込んだり傷口に入らないようにね!』
仲間の警告通り、オレ達は細心の注意を払って魔物を倒した。種がどこにあって、どう防げばいいかが分かったのが勝因だった。けれど、それでは終わらなかった。魔物を倒した瞬間、石でできた槍がオレ達に襲いかかってきたのだ。
『あんた達、しぶといのね』
そう言って現れたのは、なんとオレ達に魔物退治を依頼した女だった。女はオレ達をここにおびき寄せるために、魔物退治をしてくれなんて嘘の依頼をしたか。そのことに、オレ達は気付いた。
『ここで暴れないで。森を傷つけないで。お願い』
女は懇願するようにそう言った。
言って、冷徹な目で、オレ達を見下ろした。
『このアスクレピアの住人になって』
訳の分からないことを言って、女は襲いかかってきた。降り注いで来たのは石の槍。それを何とか避けながら、オレ達は女を倒そうとした。魔術師がこんなところで何をしているのかは分からない。けれど嘘の依頼で人を嵌めるなんて、叩きのめした上で退治屋同業者組合の犯罪取締局にでも突き出すべき所業だ。そう思って、オレ達は女との攻防を続けた。
けれど、それは叶わなかった。戦いの途中、キーネスの放ったナイフが、女の心臓を貫いたのだ。
それは事故と言っても良かった。キーネスは牽制のつもりで投げたのに、女がオレ達から飛びのいたために、たまたまナイフが当たってしまったのだ。
女は糸の切れた人形のようにばったりと倒れた。じわじわと広がる血だまり。動かない女。心臓に当たったのだ。即死だろう。
オレ達はとりあえず安堵した。女が何のためにこんなことをしたのかは分からなくなってしまったが、とにかくこれで攻撃されることはなくなったからだった。
だがその時、風もないのに樹々がさわざわと揺れた。
一際激しく揺れているのは、広場の奥にあるあの大樹。枝はしなり、幹は揺れ、今にも地面を抜け出して動き出しそうだ。その根元に咲く赤黒い花も始めのうちは動きこそなかったものの、樹々の鳴動がやんだ瞬間、花芯から触手のようなものが伸びてオレ達に襲いかかってきた。
オレ達は触手をかわし、撃退するも、襲いかかってきたのはそれだけじゃなかった。地面から現れたのは、樹の根と蔓。それらが全て、オレ達を狙ってやってくる。
『よくもあたしの身体を殺してくれたなぁぁぁぁ!』
あの女の声がした。血だまりの中に倒れる死体からではない。あの妖花から聞こえたのだ。あの女は人間じゃなかったのか。魔術師ではなかったのか。妖花に宿り、魔物をけしかけてくる、
『あいつは悪魔だったのか!?』
悪魔だとしたら、退治屋のオレ達では太刀打ちできない。それとも、花に取り憑いている今なら倒せるのだろうか? どちらにしても、根と蔓と触手の猛攻で、オレ達は花に近付くことも出来なかった。
奴らが一番狙っていたのはキーネスだった。あの女の身体を殺したのがキーネスだからだろう。あいつは持ち前の機敏さで避けていたけど、それも限界が見え始めていた。
そんな時にオレはしくじった。キーネスに迫る樹の根を斬り落とそうとしたら、思った以上に素早いそいつはオレの剣をかわして、脇腹を鋭い根の先端で抉っていったのだ。オレは軽く吹っ飛んで、地面に転がった後もすぐに起き上ろうとしたけど力が入らなくなった。
身動きが取れなくなったオレを、キーネスが助け起こそうとしてくれた。奴らはキーネスから動けなくなったオレに標的を切り替えていた。その状態でオレを助けようとしても、危険が増すだけだ。それは分かっていたが、そう言っている暇はなかった。そして、駆け寄るキーネスの背後には、樹の根が迫っていた。
オレは警告できなかった。キーネスは気付いていなかった。
気付いていたとしても、かわすには遅すぎただろう。その時にはキーネスも怪我していたのだから。
でも、オレ達は無事だった。仲間が木の根を身を挺して防いでくれたからだった。
木の根は魔術の雷を潜り抜けて、術者の胸をかすめた。ぱっと鮮血が散った。アイツはゆっくりと仰向けに倒れた。
「オリヴィア!!」
叫べないオレの代わりに、キーネスが今までに聞いたことのない、酷く焦った声を上げた。
そして、




