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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
ミガー王国編
55/177

人喰いの森の守護者 5

 幻が消え失せた後には、元いた薄暗い通路が広がっていた。炎の跡もなければ、木の葉一枚すら残っていない。リゼ達以外に誰かがいる様子もない。それが分かったと同時に、立ちすくんでいたティリーがその場でがくりと膝をついた。

「……わたくし、何をしてましたの?」

 苦しげに息をつきながら、ティリーは呟く。それに、

「覚えてないのか?」

 エゼールが足りなかったのだろうかとアルベルトは心配したが、ティリーは首を振ってそれを否定した。

「いいえ、覚えていますわ。貴方達のことも、ここに何をしに来たのかも、今まで何をしていたのかも。ただ記憶を失っていた間、感情に任せてとんでもないことを口走ったんじゃないかという気がするんですわ」

 そう言って彼女は立ち上がると、ふう、とため息をついた。顔にいつもの笑みはなく、酷く疲れた様子だ。しかし、それもすぐに引っ込めると、いつもの調子で言った。

「よく分かりませんけど、わたくし記憶を失っていたんですのよね? そのせいで貴女達を攻撃したみたいで、申し訳ないですわ」

「――記憶は全部元に戻っているのね」

 リゼがそう尋ねると、

「ええもちろん。特に空白はありませんから、抜けも漏れもないと思いますわよ? それにしても何が原因でこうなったのかしら。お二人はご存知ですの?」

 首を傾げてそう問うてくる。それに対して、アルベルトがダチュラについて手短に説明した。種子の毒のことを知って、「なるほど、魔物に襲われた時に傷に入ったんですのね」とティリーは腑に落ちたという風に頷いた。

「ダチュラ、ね。植物は専門外ですから気付きませんでしたわ。人間を苗床にするなんて困った植物ですわね」

 迷惑千万ですわ、とティリーは言う。その口調はすっかりいつもと同じで、記憶を失っていた時の怒りも憎しみもどこか寄る辺ない様子も、欠片も見られない。けれど、彼女が悪魔祓い師に対して見せた憎しみは確かで、

「ティリー」

「何ですの? アルベルト」

 アルベルトは言わずにはいられなかった。

「君が過去悪魔祓い師にどんな目にあわされたのかは分からない。でも、俺は――」

「魔術師を殺してもいいとは思っていない、ですの?」

 アルベルトの言をさえぎって、ティリーは言った。彼女はため息をつくと、アルベルトに背を向けてそのまま数歩進む。少し離れたところで立ち止まったティリーは、一呼吸おいてから振り返った。

「――昔々、この地で聖戦がありました。といっても、わたくしより貴方の方が詳しいでしょうけど」

 そう言って、ティリーはアルベルトを見た。聖戦。それは古の刻、地上の支配権を巡って起きた天使と悪魔、マラーク教徒たるアルヴィアと悪魔教徒との戦いだ。七年に渡る戦乱の末、天より遣わされた神の子によって、アルヴィアと天使の勝利に終わったという――

「その戦いで、わたくし達魔術師は悪魔のしもべ、滅ぶべき異教徒とされて徹底的に虐殺されましたわ。聖戦が終わった後も、魔女狩り、魔術師狩りと称して多くの魔術師が殺されました。魔術師だけではなく、悪魔研究家も異教徒も。たとえ幼い子供であっても容赦なく火刑に処された。ミガー王国が創られた後も、それは変わりません」

 淡々とティリーは感情を見せることなく歴史を語る。彼女はしばし言葉を切り、ため息をついて再び話し始める。

「わたくし達はそれを忘れることができないのです。同胞の苦しみを、決して。それこそ前後不覚になったら見境なく悪魔祓い師を襲ってしまうぐらいには」

「それは……」

 どう言えばいいのだろう。ティリーが言っていることは事実だ。アルヴィアは、マラーク教徒は、そして悪魔祓い師は、聖戦で多くの異教徒を迫害し、殺した。魔女狩りでも、ミガー独立戦争の時も、そして今も。神に従わぬ異教徒は全て悪魔の手先だ。悪魔の手先と戦うことが神のしもべの務めなのだと、賛辞と共にその事実を語り継いで。

「貴方がやったことじゃないってことくらい分かっていますわ。そしておそらく、貴方はそういうことをしていないでしょう。――本当はどうか分かりませんけどね。でも、貴方はわたくしを助けてくれましたし、感謝はしていますわ」

 ありがとう。そう言って、ティリーはすぐに後ろを向いた。それから、それじゃあさっさと行きましょと言って、ティリーは足早に歩いていく。結局自分自身のことは一言も話さなかったが、その後ろ姿はこれ以上の詮索は許さないと無言で訴えているかのようだった。

「――異教徒だからといって、殺していいわけじゃない。そんなことは間違っていると、俺は思っている」

 歩いていくティリーの後姿を見ながら、アルベルトは呟いた。隣にいたリゼが足を止め、無言でこちらを見つめている。

「ただそうであるというだけで命を狙われることがどんなに理不尽なことか、分かっている」

 罪人だからと祓魔の秘跡を受けられず、魔女だからと火刑に処せられる。彼らにも事情があり、違いがあり、決して皆一様に悪事を為しているのではないことを汲み取ろうともしない。それは間違っている、と思う。

 でも、考えてしまう。思ってしまう。

 彼女らは何故、魔術師であることを、悪魔研究家であることを、異教徒であることをやめないのだろう? やめることも変わることも、決して不可能というわけではないはずなのに――

「生まれついてのものは一生変わらない。一度付いた肩書は簡単には消えないし、人は肩書で人を見るわ。肩書を背負って生まれたなら、それに従って生きるしかないのよ」

 不意にリゼがそう呟いた。彼女は無表情のまま、視線をアルベルトに向けることもせず話し続ける。

「だから罪人は罪人だし、異教徒は一生異教徒。悔い改めようと何しようと、ずっと蔑まれるなり嫌われるなり悪魔の手先扱いされるなりするのよ。そうなってしまったら、今更別のものにはなれないわ。例えば、私が今から神を信じます。神に服従しますって言ったとしても、教会が信じてくれるとは思えないわね。肩書を背負うってそういうことだし、肩書でしかものを見ないから教会は神に従わない者を一律に悪だと決めつけるわ」

 リゼは一息にそう言ってから、最も、と続けた。

「最も、どんなにやっかいなことが付随しようとも、ティリーのように好きで、誇りを持って肩書を背負う人もいるのでしょうけどね。でなければ誰に何と言われようとアルヴィアで悪魔研究をしたり、普段は隠していても、名乗る時は堂々と魔術師と名乗ったりなんてしない」

 命の危険にさらされても、悪魔の手先と罵られても、その肩書に誇りがあるから? それが、ティリー達魔術師が魔術師であることをやめない理由なのだろうか。

 そして肩書でものを見る以上、教会は魔術師を悪と決め付けて、魔術師は悪魔祓い師というだけで憎む様になってしまうのだろうか。

「でも、大切なのはその人の本質だろう? その人自身を見なければ。――肩書じゃなく」

「それが出来れば苦労しないでしょうね」

 そこで、リゼは初めてアルベルトに視線を向けた。それは、嘘を許さないというような、あの射抜くような眼だった。

「そう。例えば、あなたは『“救世主”じゃない私』がちゃんと視えているの?」




『そっちへいったぞ!』

『おう! 任せとけ!』

 襲い来る魔物を愛用の剣で倒していく。

『後ろの奴らを頼む!』

『仕方ないな』

 取りこぼした魔物を仲間が次々と葬っていく。子供の頃からの親友キーネス・ターナー。オレ――ゼノ・ラシュディが退治屋を始めた頃からの仲間。オレ達の連携の前に勝てる敵はいなくって。

『さあ! 邪魔な敵は一掃するよ!』

 そう宣言する声が聞こえた。轟音。衝撃。それが過ぎ去った後には、黒こげになった魔物の死体が転がっていた。いつものように仕事をした、いつなのか分からない出来事。

『あーあ。おいしいところ持ってかれちまった。オレがもっと活躍してやろうと思ってたのに。ズルいぜ』

『こういうのは早い者勝ちだよ。残念でした。報酬は均等に分けるんだからいいだろ?』

『この間の依頼の時はお前だけ取り分を多くしていなかったか』

『あれはそっちがほとんど働いてなかったからだろ。正当な報酬だよ』

『ああなったのは作戦上仕方のない事だろう。それで俺達よりも二割増し多く取るとは、さすががめついな』

『何とでも言いな。あんたたちが何と言おうとあの作戦を立てたのはあたしだからね――』

 そんなことを言い合っては笑っていた。退治屋として仕事をしながら、馬鹿みたいな話をして。オレとキーネスと――の三人で。

 三人で退治屋をやっていた。

 そのことを思い出した瞬間、白昼夢から引き戻された。

 ゼノの目の前にいたのは植物の魔物。白い花を下げ、太い蔓を伸ばしている。蔓の先端には棘のついた実。当たったらかなり痛いだろう。ゼノは大剣を構え、後ろにいるシリルを庇いながら、近付いてくる魔物を睨みつけた。

 神殿内に入ってどれくらい経っただろう。外に出られなくなってしまったゼノ達は、魔物を倒しながら神殿の奥へ進み、やたらだだ広っい空間へ出たところで、進行方向に大きな穴が開いているのを見つけた。穴は大きい上、その先も瓦礫で埋まっていて先へ進めない。仕方なく別の道がないか探すと、下へ降りる階段のようなものがあったので降りてみた。長い長い階段を下り、ようやくたどり着いたその策には、少し前に通ったばかりの人喰いの森と全く同じ森が広がっていた。

 驚いたなんてものではなかった。

 森なんてみんな同じように見えるので人喰いの森ではないかもしれないが、それはともかくとして、ここは仮にも神殿の中である。所々草木が生えたりしていたし、森ぐらい出来るかもしれないなとも思ったが、上を見上げてみると、そこにあったのは天井ではなくお日様の輝く雲一つない青空。ここ室内じゃなかったっけ・・・・・・と、一瞬自分の認識力を疑ったくらいだ。シリルと二人して確認し合い、神殿内にいることはやっぱり間違いないということになったが、それにしても何故神殿の中に森があるのだろう。疑問に思いながらもとにかく進み、時折魔物を撃退しながら奥を目指した。

 そうして今も、魔物と戦っている。

 植物の魔物は、やっかいだが対処できないこともなかった。森の中で適当な枝を見つけて即席の松明を作り火責めを実行したのと、ヤバくなったら即逃げに徹したのがよかったらしい。

 襲いかかってきた魔物を倒して、シリルの元に戻る。お守りの効果もあってシリルは今の所怪我もしてない。みんなと合流できたらアルベルトに臥してお礼を言わないとな。いやそもそもあいつどこでこんなお守り手に入れたんだろう、などと思っていると、不安げに周囲を見回していたシリルが口を開いた。

「さっきから誰かいます」

「……へ?」

 突然の発現にゼノは首を傾げた。誰かいるだって? 神殿に入ってから人なんて見かけてないし、今も自分達以外に人がいる気配はしない。先に来たキーネス達のうちの誰かか? それにしても、こちらに声をかけてくるだろう。

「誰かって誰なんだ? オレは人の気配なんて感じねえけど」

「分かりません。でも、いた気がするんです。ちらっとですけど、戦っているゼノ殿を見ていました」

「いた気がするって――」

「一瞬でよく見えなくて。そこの木立の陰にいたんですけど、今はいません。いたと思った時にはいなくなってて。それから姿は見ていないんですけど、でも気配を感じるんです」

 シリルは必死に訴えてくるが、さすがのゼノも信じられない。というより、本心を言うと信じたくない。気配はないのに人がいて、見えた次の瞬間にはいなくなってて、さらには物陰からじっとこっちを見ていたなんて、まるで幽霊みたいではないか。ここは人喰いの森だ。森に喰われて死んだ人の幽霊がいてもおかしくない、かもしれない。そんなことを考えて、ゼノは身を震わせた。

「あれだ。見間違いかもしれねえぜ? 樹がたまたま人影に見えたのかもしれねえし。人だったらオレ達に声ぐらいかけるだろ」

「でも……」

「ま、まあでも人だったのかもしれねえな。オレも気を付けてみるよ。さあ! 行こうぜ!」

 ゼノは無理に明るい声を作ると、シリルの手を引いて歩き出した。彼女は少し不満そうな顔をしていたが、それ以上何も言わない。

(こんな明るいんだし、幽霊なんて出るわけねえよな。そうだよな)

 降り注ぐ木漏れ日を浴びながら、ゼノはそう考える。ひょっとしたら幽霊じゃなくて悪魔だったのかもしれない。特殊体質のシリルのことだから、何かの拍子に悪魔が見えることもあるだろう。悪魔が人型を取るのかどうかは知らないが、もしシリルが見たのが悪魔だとしたら、油断している場合ではない。

 突如として強い風が吹き抜ける。突風は松明の火を大きく揺らし、たくさんの木の葉を運んでくる。乾燥した木の葉が身体に当たって、かさかさと音を立てた。流れていく風は、樹々にぶつかり繁みを揺らし、さらに木の葉を舞い上げて乾いた音を立てている。背後でその音が徐々に大きくなっていく。

 ん? 大きくなって――?

 疑問に思って振り向いた瞬間、ゼノは強い衝撃と共に後ろに吹っ飛ばされるのを感じた。

 空中で一回転して、小さな茂みの中に着地する。尻から落ちたおかげで頭は無事だったが、衝撃と腹部に走る鈍痛に咳き込んだ。

 痛みに耐えて何とか顔を上げると、乾いた音を立てながら枝を伸ばす妖樹が目に入った。枝は太く、なるほどあれで殴られたなら痛いはずだ。先ほどまでとは違う樹の魔物に、ゼノはふらつきながらも大剣を構えて対峙した。

「シリル! どこだ!?」

 立ち上がったところで護衛対象の少女の姿が見えないことに気づき、ゼノは焦った。吹き飛ばされる直前にはすぐそこにいたし、位置からして枝に当たってはいないだろうとは思う。だが、少なくともここから見える位置にシリルはいない。どこかに隠れているならいいが、もしそうでなかったら……

 薙ぐように襲ってきた樹の魔物の一撃を避けて、ゼノは大剣を振るう。枝は思いのほかすっぱりと斬れ、どさりと音をたてて地面に転がった。だが、枝一本では大した損害にならないらしい。樹の魔物はまた枝を伸ばしてくる。剣よりも斧の方が効率よさそうだな……そう思いつつ、ゼノは周囲を見回して、目的のものがどこへいったのか探し回った。

 それは幸いなことにすぐ近くに転がっていた。それのある場所めがけて走りながら、ゼノは懐を探って必要なものを取り出す。小瓶に入った剣の手入れに使う磨き油。たぶん使えるだろう。油っていうぐらいだし。

 振り下ろされた枝の一撃を避けて、ゼノは小瓶の栓を抜いた。間髪入れず襲ってきた追撃を避けるついでに、手の中の小瓶を投げつける。攻撃を避けた勢いのまま地面に滑り込むように移動して落ちていた松明を拾い上げると、ゼノが樹の魔物めがけてまだ火の消えぬそれを放り投げた。

 松明の火は、狙い通り磨き油が掛かった茂る葉の中へと入りこんだ。油に引火し、葉の一部が勢い良く燃え上がる。そこから周りの葉に、枝に、次々と炎が燃え移って、樹の魔物は苦しそうに身もだえした。

「やったぜ!」

 あの程度では完全に倒すことは出来ないだろうが、少なくとも時間稼ぎにはなる。ゼノは身を翻すと、魔物を無視してシリルの姿を探した。一体どこへいったんだ? 悪い予想が頭をかすめて焦り始めていた時、ゼノの眼がこちらに走ってくるシリルの姿を捉えた。

 ほっとして、ゼノはシリルの方を向いた。おそらく魔物に襲われた時にどこかへ隠れていたのだろう。それも結構遠くに。

 それにしても、シリルはどこか焦っているように見える。なんというか、シリルらしくない豪快な走り方だ。ゼノは腹が痛いぐらいで無事なのにどうしたのだろう。何かあったのだろうか。

 シリルはゼノの前で急停止すると、いきなり手を掴んで掌に何かを押し付けてきた。ゼノが目を白黒させながら掌の物を確認すると、渡されたのは褐色の小さな豆のような物だということが判明する。どこから取って来たのやら、これがなんだというのだろうと思っていると、シリルは非常に険しい表情をして、ゼノにこう言った。

「食べて」

「え?何だよこれ?」

「いいから!」

 詰め寄るシリルには彼女らしからぬ気迫があった。思わずたじろいでしまったくらいだ。ゼノはしばし掌の豆とシリルを交互に見ていたが、食べろという無言の圧力に抗いきれなくてとうとう食べることにした。――何故か、信用してもいいと、そう思ったのだ。

 豆を口に放り込んでもぐもぐと咀嚼する。

「にがっ!?」

 苦い。それも渋味のある苦さだ。思わず吐き出しそうになるが、ぐっとこらえて飲み込む。毒じゃねーよなと思いながら、最後の一欠けらまで飲み下すと、意外にも苦みはすぅっと消えてしまった。

 変化は数秒後に訪れた。

 記憶を思い出した時と同じ、雷に撃たれたような衝撃が走った。頭の中にしつこく残っていた霧が晴れて、渦巻くばかりだった記憶が形を成していく。

 それは、こんな形をしていた。

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