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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
ミガー王国編
40/177

~幕間~ 退治屋ゼノの日常 3

 いつから自分は子供の守役になったんだろうか、とゼノは思わずにはいられなかった。

 つい数日前までは魔物退治に明け暮れて“退治屋らしい”生活を送っていたというのに、どこをどう間違ったのかいつの間にやら護衛と言う名のお守役だ。それもこちらから見た場合であって、教会側からすれば謎の誘拐犯といった所だろう。そのうち手配書が回り始めるかもしれない。

 一方、今回の騒動の原因はといえば、謎の誘拐犯にさらわれたとは思えない明るさで楽しそうにおしゃべりしているのであった。リリックの街を出る道すがらでさえ、店頭に並ぶ商品を指差して、「あれは何ですか?」と目を輝かせて聞いてきて、仕方なしに説明してやると喜ぶものだから、断りづらくてしょうがない。もっともあまりに質問が多いので途中から無視したし、そもそも説明も投げやりでかなり適当なことを言ってはいたのだが。

 悩み事はそれだけではない。格好こそ少年のものにしろ(本人は変装だと言い張っているが)シリルはどこからどう見ても女の子だし物腰も間違いなく女の子のものである。それも、かなりしとやかで上品な。実家の都合でゼノは子守には慣れているが、シリルは今まで扱ったことのない部類の少女であった。普段弟妹たちとやるどつき合いのような接し方が出来ない上に、依頼主であるリスからのお達しで丁重な扱いに努めなければならない。決して気の利く性格とは言えないゼノにとって、相当気を使わなければならない仕事であった。

「いやそれにしてもよ……いつまでこんなことを続けてりゃいいんだ……?」

 中央広場の噴水に腰掛けながらゼノはうめいた。

 リリックの街を出たゼノとシリルは船を使ってミガー王国へとやってきた。ゼノにとっては所用で訪れていた隣国から祖国に戻ったということになるが、何も家に帰りたかったからそうしたのではなく、これもリスのお達しだからである。

 彼女に渡された封書の中身はこうであった。

『一、救出作戦後、すぐにミガー王国へ渡航すること』

『二、救出対象に無体を働ないのはもちろんのこと、出来る限り丁重に扱うこと』

『三、救出対象から目を離さないこと』

『四、途中で放り出したりしないこと』

『五、救出対象に無理をさせないこと』

 と、こんな感じの注意書きが延々と並んだ末、

『八十五、救出対象が何を言っても絶対に家に帰さないこと』

 その記述を最後に八十五にも及ぶ注意事項は締めくくられていた。リスの思惑は皆目分からないか、このシリルという少女は並々ならぬ事情を抱えているようであった。

 家には戻れない。行くあてもない。どんな理由があるのかは知らないが教会に追われている。明らかに得体の知れない少女を見捨てる冷酷さもなく、かといって彼女をかくまってやれるほどの力も財力もない。中途半端な状況のまま、ゼノは半ば流されるように|護衛(お守り)を続けていた。

 そんな日々が続いて早一週間。現在はミガー王国の街ザウンにやってきている。お日様カンカン照り。空気は絶賛乾燥中。火女神イリフレアの恩恵を受けたこの国(の一部地域)が暑いのはいつものことだし、地元だけあってちょっとやそっとの暑さでは動じないゼノだが、今日はなんだか一段と暑い気がする。このうだるような暑さは恩恵ではなくむしろ呪いだろう。何か人類に恨みでもあんのかコラ。

「ゼノ殿はゆっくり休んでいてください。わたしが買ってきます」

 シリルは気遣うように立ち上がり行った。そういえば、ここまで彼女は一度も弱音を吐いたことがない。責任感が強いのか、自分のせいでこんな目にあわせていると気負っている部分もあるのだろう。ゼノは軽い口調でシリルの申し出を断った。

「いいよいいよ。御貴族様をパシらせるわけにはいかねーだろ。そこ座ってろよ」

 やや皮肉めいた言い方にシリルはむっとゼノを睨みつけ

「貴族であろうと何であろうと辛い時に互いを思いやり助け合うのは当然のことです」

 とムキになって言い返す。一見冷静なように見えるが、意外と怒りっぽい一面があることを、ゼノはこの一週間の旅で知った。つい反応が面白くてからかってしまう。

「大体お金の使い方も知らないあんたに任せられるわけねーだろ」

「なっ……それくらいわかります!」

 意地の悪い笑みにシリルは暑さに上気していた頬をさらに赤くさせた。

「とにかく今は俺が行く。とりあえず影に……あのベンチにでも座っとけ」

 広場の隅に涼めそうな場所を見つけてシリルにそれを示す。

「今日は慣れてるオレでもしんどい暑さだからな」

 おそらく否定の言葉を発そうとしたシリルを遮るように言ったゼノは、彼女がしぶしぶベンチへ向かうのを確認してから店の方へ歩き始めた。




 飲食店のある大通りの方へ向かうため、路地裏に入ったゼノは嘆息した。あのお姫様……いや御貴族様は少々自分を省みない所があるのだ。先程も無理にでも自分が行こうとしただろう。慣れない暑さのせいで酷い顔色をしていたというのに。

 それにしても、一体何の理由があって逃げ回っているのだろう? 一週間お守りを続けているものの、そのあたりの事情はまったく分からないままだ。聞いても黙って目をそらされるだけだし、推察しようにも情報がなさ過ぎる。普段使わない脳みそを使って思考を巡らせてみたが、何かが分かるはずもなかった。

「……っとここはどこだ?」

 どうやら考え事をしていたせいで曲がる所を間違えたらしい。引き返そうとしてふと路地の奥を見ると、目に留まるものがあった。看板だ。それもどことなく見覚えがある。遠くて文字はよく見えないが、色合いというか雰囲気というか。一言で言えばボロいのだが。

 近づいてよく見てみる。薄暗い上、消えかけていて見えにくかったが、そこに書かれているものを見て、思わず口元がほころんだ。そうか。聞いても分からないことなら調べればいいのだ。簡単なことじゃないか。

 ゼノは看板と同じくらいボロい扉をゆっくりと押した。黒くすすけたカウンターに、同じくすすけた茶髪がのっている。どうやら寝ていたらしい。扉の悲鳴に気付いたのか、その人物はのろのろと顔を上げた。

「今日はもう店じまいだ。依頼なら今度に……」

 そこで言葉を切って、茶髪の男は二、三度まばたきした。顔から不機嫌さが消え、代わりに驚きが浮かぶ。絶句といっていいほどの驚き方と、それに付随する奇妙な間が訪れた。それから―――男は思いっきり顔をしかめた。

「何だお前か、ゼノ」

「『何だ』とはなんだよキーネス。久しぶりなんだからもっと喜んでも罰は当たらないぜ」

「阿呆か、どこにお前と再会して喜ぶ奴がいる?」

「……お前相変わらずだなあ」

 半年ぶりにもかかわらず、いつもと同じ態度の親友に、ゼノはため息をついたのだった。




 キーネス・ターナー。ゼノの幼少の頃からの親友――もとい悪友である。

 同郷かつ家が隣だったというごく単純な理由から仲良くなり、その後何やかやあって二人とも退治屋になり、しばらくコンビで仕事をしていたこともある。キーネス曰く腐れ縁というやつだが、ゼノとしては一番気の合う親友なのだった。――ここ半年、全く会うことはなかったのだが。

「それで、用件は何だ」

 喜ぶかどうかは脇に置いておくとしても、久しぶりに会う親友に対しあまりにそっけない態度にゼノは少しばかりむっとしたが、彼にしては珍しく当初の目的を失念していなかった。半年も音沙汰なしだったことを問い詰めたい気は山々だが、これも大事なことなので忘れないうちに言っておかなかければ。

「早速で悪いんだけど調べてほしいことがあるんだ」

 ゼノは懐から紙を一枚取り出してカウンターに置いた。そこには、二行に渡ってくねくねとした記号が並んでいる。

「こいつのことを調べてほしいんだ。それぐらい楽勝だろ?」

 キーネスは情報収集のプロで、ギルドでも名の知れた情報屋なのだ。普段は退治屋にとって役立つ魔物の動向とか商人たちの動き(街から街への安全な移動には護衛が必須だ)とかを調べて、情報料と引き換えに教えてくれるのだが、それと同時に国家機密を一つ二つつかんでいる、という噂もあるぐらいなのだから、一人の素性を調べるぐらいお手の物だろう。

 しかしそのキーネスはしばらくの間紙とにらめっこしたあと、目を放すとあっさり言った。

「断る」

「はあ!? 何で?」

「何を調べたら良いのか分からんからだ。お前の字は汚すぎて読めん」

「……」

「半年前からまったく進歩してないな。いや、半年どころか十年前から大して変わってないか。いっそ見事だな」

「あーあー悪かったよ! 読み上げるからちゃんと書き取っとけ!」

 ゼノはキーネスの手からメモをひったくると、内容を読み上げた。癪なことに、キーネスは書くのが速い割に綺麗な字を書く。

「んで、何日ぐらいかかりそうだ?」

「五千」

「は?」

「情報料だ。後でまとめて払え」

「お前は親友からも金取るのかよ」

「当たり前だ。今日はもう店じまいだといっただろう。そこを融通してやったんだから情報料ぐらい払え。五千くらいなんて事ないだろう」

 キーネスは立ち上がった。

「三日後の夕方にまた来い。おそらくその頃に分かる」

 それだけ言うと、キーネスは紙を手にして、入り口とは反対側の扉からさっさと出て行こうとした。

「待てよ!」

 前方を歩いていたキーネスの足がピタリと止まる。その動作は、まるでゼノに呼び止められることを予想していたかのように静かなものだった。

「何だ。俺は忙しいんだが」

「あのなぁ、半年ぶりに会った親友の話ぐらい聞いてくれてもいいだろ」

 腐れ縁の間違いだろう、といういつもの軽口は聞き流し、ゼノは珍しく真面目な表情を作る。シリアスは苦手なのだが重要なことだから致し方ない。

「もう一度……退治屋に戻る気はねーのか」

 静かにそう言うと、キーネスはわずかに表情を変えた。しかし返事はない。それどころか、何か後ろ暗い事でもあるかのように、すっと視線をそらした。

 おいおい。親友の質問に対してその態度はないだろう。なにせこれは大事なことなのだ。少なくともゼノにとっては。

「昔みてぇによ、オレと組んで毎日バカやって……そんな暮らしには戻れねぇのかよ」

「戻れない」

 かぶせるようにキーネスが言い放つ。思いのほか強い口調にゼノは目を見開いた。だが、

(戻れない……?)

 眉根を寄せたゼノの表情を読み取り、キーネスは苦虫を噛み潰したような顔で言葉を続けた。

「……戻るつもりはない。何度も言っているだろう。俺の本業は情報屋だと。退治屋はその方が都合がよかったからやっていただけだ。都合が悪くなったらやめた。それだけだ」

「情報屋の方が本業だってのは分かってるよ。けど、だったら何で半年前何も言わずに出てっちまったんだよ!!」

 ゼノは爆発したように怒鳴った。それでもキーネスは動じることなく感情のない瞳でじっとゼノを見つめている。その態度がさらにゼノを苛立たせた。

「……理由ぐらい、言ってくれたって良かっただろ! ずっと一緒に組んできたじゃねえか! それともそんなにオレの事が信用できなかったのかよ!!」

「違う!」

 けれど装っていた冷静さもあっけなく剥がれ落ちる。しぼり出すように吐き出したキーネスの一言があまりにも苦しそうだったので、ゼノは思わず言葉を詰まらせた。

「……悪ィ」

 気まずそうに視線をそらす。しばらく二人とも押し黙ったまま、その場に立ち尽くした。やがてその沈黙を破ったのはキーネスだった。

「……お前のことは信頼している。それは今も昔も変わらない」

 ゼノははっとしたようにキーネスの顔を見た。

「けれど今は多くを語れない。……勝手な事ばかりですまん」

 不器用な男の不器用な謝罪にどうして良いか分からなくなった。そして今までの空気の重さを吹っ切るように、強くキーネスの肩を叩く。

「そっかそっか! 悪かった! なんか勝手にキレちまってよ。困るよな。お前にも何かワケがあるんだよな!」

 ぽんぽんと何度もリズミカルに叩く。心の内の疑念を一つ一つ追い出すように。

「いつかちゃんと教えてくれよな! てか気が向いたらマジで戻って来い! ・・・気長に待ってっからさ」

 キーネスの瞳が戸惑うように揺れる。そして何かを話そうと口を開きかけた瞬間。

 ドオォォォン

 突如激しい轟音が二人の耳をつんざいた。

「な……なんだ一体!!」

 急いで外に出ると、大勢の人間がこちらへ押し寄せてきた。そのうち一人をキーネスが捕まえて話を聞こうとする。

「何があった!?」

「ま……魔物が……広場に何体も魔物が現れて……」

 衝撃的な言葉に、二人はぎょっと目をむいた。――魔物!?

「急に空から降ってきやがったんだ! 今、女の子が一人で何とかくい止めてて……」

「女の子? 退治屋か?」

「いや、こぎれいな身なりの金髪の子だ。いくらなんでも退治屋じゃない。持ってるのも護身用の小さな剣だったし……」

 嫌な予感がはしる。まさか。そんなまさか。正気の沙汰じゃないと思いつつも、ゼノははじかれたように広場へ走り出した。

「お……おい待て! 早まるなゼノ!」

 キーネスの呼び止める声もまるで耳に入らなかった。走っている間にも後悔の念が胸の内でじわじわと溢れ出す。

 何をやってるんだ自分は。アイツやキーネスの事を勝手に疑って探ろうとして。あのまま何も余計なことをせずに早くアイツの元へ帰っていればこんなことにはならずにすんだのに。

(オレは……大バカ野郎だ……!!)

 ゼノは強く歯噛みした。

 頼むから無事でいてくれ。

(シリル……!!)

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