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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
ミガー王国編
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入れ物の少女 3

本日二度目の事情説明タイムが終わったのは、日も沈みきった頃だった。

揺れるランプの明かりが小屋の壁面に五人分の影を描き出す。ただ一人、ランプの光を浴びていないシリルは、薄い毛布にくるまって安らかな寝息を立てていた。

「―――つまりだ。お前ら二人はアルヴィアの人間で、リゼは本当に“救世主”で、国にいられなくなったからミガーに亡命してきたんだよな」

「そうだな」

 ゼノの質問――というより要約に、アルベルトが頷いて肯定する。

「で、ティリーはミガーへ亡命する手助けをしたけど、メリエ・リドスで二人とはぐれちまったと」

「そうですわ」

 ティリーの首肯を得て、それでゼノはようやく事情を飲み込んだようだった。これは何もゼノの理解力がなかったためではなく、ティリーの話が長い上にあちこち横道に逸れたせいである(しかも細かい事情は省いたにも関わらず)。最初は逸れるたびに軌道修正していたのだが、それでもゼノには話の筋を追えない状態になったので(なおキーネスは一回で理解したらしい)、こうやって確認することになったのだった。

 ちなみに、アルベルトが元とはいえ悪魔祓い師であることは話していない。話をややこしくしないためだろうか。ティリーがそのことを話から省いたのだ。今はとりあえず、逃亡するリゼにたまたま会って、そのまま一緒に逃げることになったと説明してある。

「待てよ。救世主? んなもんが本当にいるのかよ?」

「先ほどの悪魔祓いを見ただろう。クロウに取り憑いていた悪魔を簡単に祓ったんだぞ」

 キーネスが淡々とそう言ったが、ゼノは納得していない。というより、信じられない様子だった。

「いや、その悪魔祓いの力ってのを疑ってるじゃねーよ。けど救世主なんてほんとにいるのか? そりゃマラーク教に詳しい訳じゃねーけど、救世主って、神様の子供で悪魔を滅ぼして人類を救うっていうとんでもない奴のことだろ。神様の子供なんてものが本当にいる訳ねーじゃん。あれは御伽話みたいなもんだろ?」

 どうやら救世主の話はミガーでもよく知られているらしい。ゼノの言う通り、聖典には救世主とはいつか来たる審判の日に悪魔を滅ぼし永遠の国をもたらす〝神の子〟のことだと書かれている。アルヴィアではこれはいつか実現するものであり疑う者はいないが、ミガー人にはお伽噺だと同等に思われているのだろうか。

「私は救世主だと名乗ったことなんて一度もないわよ」

 リゼが少しばかり不機嫌そうな声でそう言ったので、ゼノは大いに慌てたらしい。

「そ、それは分かってるって。だからそんなに睨むなよ」

 別にお前の存在を否定してるわけじゃないって!と必死に弁明する。といっても、リゼもそれほど怒っていた訳ではないらしく、すぐに視線を逸らした。

「どうせ“救世主”というのはこいつが悪魔祓いの力を持ってるから勝手にそう呼ばれているだけだろう。むしろ、本物の救世主じゃない方が好都合だ。俺達はマラーク教徒じゃないからな、本物の“救世主”なら、救うのはマラーク教徒だけだろう」

 皮肉気に言ったのはキーネスだ。彼は腕を組み、古びた木箱に背を預けている。その横で、ゼノが大きく頷いた。

「うんうん感謝してるぜ! オレ達だけだったらシリルを治せなかったもんな。こいつが悪魔憑きだって聞いた時には、教会から連れ出すべきじゃなかったって心底後悔したからよ」

「ローゼンが教えてくれて助かったな。でなければ解決策は見つからなかった」

 ゼノとキーネスがリゼのことを知っていたのは、ティリーが“救世主”の存在を教えたためだった。ミガーに渡った後、ゼノとキーネス、そして悪魔憑きの少女シリルと出会ったティリーは、彼女を治す手立てとして、リゼを探すことを提案したのである。

「そうなんですの。貴女達を探そうと思ったら、全然違うものを見つけてしまって。“憑依体質(ヴァス)”なんてわたくしも見るのは初めてでしたし、どうしようかと思ったんですわ。そもそもこの国に来てから……」

「話すなら手短にして」

 また長々と話し始めそうだったので、リゼが先手を打って釘をさす。ティリーはちょっと残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直して話し始めた。

 メリエ・リドスで別れた後、病院薬品庫炎上騒ぎやらそれを聞きつけた騎士達が説明を求めに来るやらでメリエ・リドス役場は大騒ぎになっていた。教会側の要請で人の出入りはストップ。貿易船の出港も一時禁止。当面の間、ミガーへ渡る手段は失われたように思われた。が、

「市長が一隻だけ船を出してくれたんですわ。それで何とかミガーに渡ることができたんですの」

一通り調べが終わって、騎士達が一時撤退した隙を狙っての出港だった。最も、よくあることなので難しい事ではなかったが。

 そして、リゼとアルベルトに遅れること一日と少し。ミガーに入国したティリーは二人を追って到着早々メリエ・セラスを発った。

「でもまさかルルイリエに行っていたとは思いませんでした。まず一番近いザウンに行くだろうと思ってましたのに」

 メリエ・セラス近郊の町で最も近いのが、南西にあるオアシスの町ザウンである。北西にあるルルイリエに比べると、距離はほぼ半分だ。

「砂漠行きに慣れていないだろうからすぐに追いつけると思ったんですけど。どっちに行ったかちゃんと調べればよかったですわ。でも、そのおかげでシリルに会えたから無駄ではありませんでしたけどね。“憑依体質(ヴァス)”なんて、めったにいませんから」

 案の定、ティリーにとってシリルは学術的な興味の対象であったようで、ゼノが微妙な表情をしている辺り、研究対象になりそうなものを見た時のあの独特のテンションで迫ったのだろうと推測される。まあ、シリルには“憑依体質(ヴァス)”であることを隠していたので、実際は彼女に迫ったりはしなかったのだろうが。

「まあ、おまえにも感謝してるよ。シリルが“憑依体質(ヴァス)”だってとこも救世主のことも教えてくれたおかげで、あいつを治すことができたんだし」

 ゼノの言葉に、ティリーは胸を張って当然ですわといった。

「でもキーネスが探してくれたおかげで、わたくしも助かりましたけどね。一人でリゼ達の行方を調べるのは少々大変ですもの」

 ゼノとティリー曰く、キーネスは情報収集が得意な情報屋でもあるのだという。退治屋のために魔物の動向や退治の依頼の情報を集めるのが主な仕事だが、その関係で人探しをするのも得意なのだそうだ。

 “憑依体質(ヴァス)”のこととリゼのことを知っていたティリー。人探しを得手とするキーネス。彼に渡りをつけられるゼノ。そして、“救世主”であるリゼ。彼女らに出会えたシリルは非常に幸運だったのだろう。ランプを囲む四人を見ながら、アルベルトはそんなことを考えていた。




「ところでお前達はどうして禁忌の森なんかにいたんだ。南の街道からコノラトに来る予定だったんだろう」

 ティリーの話が終わった後、次に口を開いたのはキーネスだった。彼はゼノの方を見て、やや呆れたように言った。

「ローゼンと二人して道に迷ったか? 方向感覚までなくしたら、体力しか取り柄がなくなるぞ」

「“体力しか”はひでーだろ! 他にも取り柄はあるっつーの。――最初は街道を歩いてたんだけど、途中でシリルがいなくなってさ。探したら森に入っていくところだったんだ」

 ゼノが言うには、そのまま森に入って姿を消してしまったので、二人で必死に捜索したらしい。幸いにもシリルはすぐに見つかり、連れ戻そうとしたのだが、

「わたくしは反対したのに、ゼノが自信満々で進んだせいで道に迷った上に、いきなり現れた猪の大群に追いかけまわされてはぐれてしまったんですわ」

 ティリーがそう言うと、キーネスがやっぱりそうか……と言いたげな顔でゼノを見る。旗色がすっかり悪くなってしまったので、ゼノは慌てて弁明し始めた。

「いや違うって! いつもは方向感覚に自信があるから、それを信じて行ったら今日に限って不調だっただけだって!」

 本人は必死だがあまり言い訳になっていない。そんな親友の様子をしばらくみた後、キーネスはため息をつくと、リゼの方に視線を向けて言った。

「ランフォード。それとスターレン。あんた達に頼みがある」

「何よ」

「あんたを探してたのはクロウのことだけじゃない。もう一つ手伝って欲しいことがある。魔物退治だ。場所は人喰いの森の奥。そこに大きな魔物の巣がある」

 人喰いの森と言うと、この間言っていた立ち入った者は誰一人帰ってこないという魔の森のことか。ここからだと北の方角、禁忌の森の奥になる。

「最近、この辺りで多くの旅人が姿を消している。『人喰いの森』に喰われて、だ。その原因は森の奥の魔物が近くの人間を呼んでいるせいらしい」

「魔物が人間を呼ぶっていうの?」

「ああ。正確には森の奥を目指すのは悪魔に取り憑かれたせいではないかと考えている。魔物の巣だ。悪魔も大量にいるんだろうな」

 ということは、シリルが森に入っていったのは人喰いの森の悪魔に引き寄せられたせいかもしれない。“憑依体質(ヴァス)”である彼女なら悪魔の影響を受けて当然だ。

「このままコノラトにまで被害が広まっては困ると調査と魔物退治の要請が来てるんだが、悪魔が大量にいるのでは対処しきれない。その点、救世主(あんた)がいれば取り憑かれても対処できる」

 要するに仕事の手伝いをしてくれということか。まあそれは別にかまわない。人喰いの森のある場所はシリルに取り憑いていた悪魔が飛び去って行った方角でもあるし、魔物の巣なら叩き潰しておくに越したことはない。

「分かった。行くわ」

「俺も行く」

「わたくしも行かせていただきますわよ。魔物退治なら人出は多い方が良いでしょう?」

 アルベルトとティリーも手をあげる。それを見たゼノは拳を握り、張り切った様子で立ち上がった。

「よぉしじゃあ出発は明日の朝だな。どんな魔物がいようと、オレ達で一網打尽にしてやろうぜ」

「お前は付いて来るな」

「って、なんだよキーネス! オレの本業は魔物退治屋だぜ? 退治屋が魔物退治しなくてどうするんだよ」

 口をとがらせて反論するゼノに、キーネスは呆れた表情をする。

「阿呆。お前まで魔物退治に出たら誰がクロウの護衛をするんだ? まさか悪魔に取り憑かれやすいそいつを連れて、魔物の巣まで行くわけにはいかんだろうが」

「あ、そうか……じゃあ一度コノラトに行ってシリルを誰かに預けてくるよ。あそこには退治屋同業者組合(ギルド)があるしな。巣なら一人でも人手が多い方が良いだろ?」

「いや、そいつ一人放り出すのはまずいだろう。それに、人喰いの森から可能な限り離れた方が良い。悪魔の巣がある以上、この辺りにいる限り悪魔に取り憑かれる可能性は高いんだからな」

 ゼノはしばし沈黙したが、やがて納得したらしい。わかったと頷くと、その場に座り直した。

「その魔物の巣はどれぐらいの規模か判明しているのか?」

 質問したのはアルベルトである。それに対し、キーネスは巣の大きさ自体は大したものじゃないと答えた。

「ただ魔物が凶悪なだけだ。だがそれも、“救世主”がいれば問題ないだろう。昼の魔物との戦いを見させてもらったが、あんた達の実力なら負けることはないだろうと思う」

「そうか。しかし……」

 アルベルトは心配事でもあるのか慎重な姿勢を見せたが、リゼにしてみれば、相手がどんな奴だろうと所詮魔物。人に憑く悪魔に比べれば、悪魔が取り憑いた動物など大した相手ではない。悪魔だらけというのは厄介だが、全部まとめて浄化してやるつもりだった。だが、アルベルトが何かを危惧しているかのように考え込むので、怪訝に思って尋ねた。

「何か問題があるの?」

「悪魔祓いのあの時、人喰いの森の方を視たら、凄まじい量の悪魔が集まっているのが視えたからな。あの数を倒すのは……」

「別に何体いようと私が全部滅ぼしてやるわよ」

「いや、君がそう言うと思ったから心配しているんだが」

「何が心配なのよ」

「メリエ・リドスで大勢の悪魔憑きを治した時、体調が悪そうだったしあの規模の悪魔祓いは無茶だったかと言っていたじゃないか」

「あれはあの前にも悪魔祓いをしていたし、一晩中起きていて休んでいなかったせいよ。体調が万全なら問題ないわ」

 それに今回は核となる魔物がいるのだから、そいつを叩けば悪魔の数はある程度減るだろう。そこをうまく叩いて悪魔を浄化しつくせばいい。いつもいつも、悪魔を力任せに消している訳ではないのだ。

「止めたって無駄よ」

「止めはしないよ。ただ、絶対無茶なことをするだろう」

「考えなしに突っ込むほど私は馬鹿じゃない」

 心配はいらないというリゼと、そうはいっても、と返すアルベルト。そんな二人のやり取りを見ていたゼノがぽつりと言った。

「こいつら仲良いんだな」

「……というか、アルベルトったらどんどんリゼの保護者になっていませんこと?」

 少しばかり呆れた様子で、ティリーはそう呟いたのだった。

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