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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
ミガー王国編
35/177

入れ物の少女 1

 救いたい人がいる

「よう! またせたな!」

 快活に言って得意げな笑みを見せたのは、大剣を携えた青い髪の青年だった。使い古されたその剣と、埃で薄汚れた旅装は幾分か魔物の血で汚れている。それでいて当人に怪我がなさそうであることと、先程魔物を倒したときの手慣れた様子が、彼の実力を物語っていた。シリルかキーネスの知り合いか。そう思っていると、アルベルトの後ろに下がっていた少女が顔を出した。

「あ……! ゼノ殿! 無事だったんですね!」

 彼の姿を認めて、青い顔をしていたシリルが少し嬉しそうに言った。青い髪の青年――ゼノの方も、安心したようににかっと笑う。

「当然だろ! おまえこそ無事でよかったぜ! はぐれた時はどうしようかと思っ――」

「おいゼノ。今までどこで遊んでたんだ。お前がしっかりこいつを見張ってなかったせいでこんなことになったんだろうが」

 手厳しく言い捨てたのはキーネスだ。彼はゼノの方を見ながらも、両手に握った短剣で近付く魔物を蹴散らしている。それに対し、文句をつけられたゼノは不満そうな顔をして全力で抗議した。

「はあ!? あのなあ! オレだって魔物に襲われたりデカい猪に追いかけられたりして大変だったんだぞ! ってかおまえこんなところにいたのかよ!? そっちこそ遊んでたんじゃねーのか?」

 そう言いながらゼノは大剣を振るい魔物を斬り捨てる。キーネスの方を見、騒々しく喋っているが、その太刀筋は確かだ。

「馬鹿言うな。俺は俺の仕事をしていただけだ。それよりローゼンはどこへいった?」

「途中ではぐれちまったよ! どこへ行ったのかは分からねーけどたぶん無事だと思う!」

「そうか。なら後で探すしかないな。まず魔物を片付けるぞ!」

 そう言ってキーネスは慣れた手つきで剣を振るい魔物を倒していく。鮮やかな斬撃に狼のような姿をした魔物が一体、血を噴いて倒れ伏した。




 魔物を殲滅するのにそれほど時間はかからなかった。突如現れたゼノという青年――これまでの話から察するに、キーネスの知り合いでシリルの保護者らしい――は、軽口をたたきながら剣を振るい、時折キーネスと見事な連携を見せながら魔物を蹴散らして行った。リゼとアルベルトに加え、その二人のおかげで大量の魔物の群れも敵ではなく、野原は動かなくなった魔物で埋め尽くされることとなった。

「はあ、なかなか大変だったな……それで、こいつらは?」

 ゼノは一息ついた後、大剣を背中の鞘にしまい、リゼとアルベルトを見てそう言った。勿論、誰かを知りたいのはこちらも同じである。自己紹介の暇がなかったのでそのまま共闘していたのだが、これでようやく互いを知ることができそうだ。

「“探しもの”だ。クロウを治すためのな。リゼ・ランフォードにアルベルト・スターレン」

 答えたのは二人ではなくキーネス・ターナーである。紹介を受けたゼノは二人を交互に見ると、にかっと笑った。

「アルベルトにリゼだな。シリルを助けてくれてありがとう。オレはゼノ・ラシュディ。よろしくな! ……って」

 そこで、ゼノは何か思い出したらしい。二人を指さして、

「あああ! メリエ・セラスで魔物退治してた奴らか!」

 と驚いた様子で言った。そういえば、大剣に青い髪とメリエ・セラスで魔物退治した時に会った退治屋の青年である。ここでまた会うとは思わなかった。

「おいちょっと待て。ということはあの時頼んでおけばこんな遠回りすることなかったじゃねーか……」

 頭を抱え、呻くゼノ。しかし、そんなことを言ってもしょうがないと思ったのか、ものの数秒で頭を抱えるのをやめた。

「まあでもこんなに早く見つけられるなんて思わなかったぜ」

「当然だ。俺がわざわざ探しに出かけたんだからな。さっさと事情を話して治してもらえ」

「そうだな……いや、でもそれならここじゃなくて一端別の場所に移らないと――」

 シリルの方をちらちらと見ながら、ゼノは困ったように言葉を濁す。どうやら込み入った事情があるようだ。それもシリルに関わることで、である。悪魔憑きに関わることなら不安にさせないためにシリルに聞かせたくないのだろうか。アルベルトはちらっとシリルに視線を移すと、彼女は疑問と不安がないまぜになった表情で、じっとゼノを見ていた。

「いつまでもそんな問答していないで、知っていることがあるならさっさと話してくれる? これじゃいつまでたっても悪魔祓いができない」

 その時、業を煮やしたリゼがキーネスとゼノに詰め寄った。キーネスの方は表情を変えなかったが、ゼノは慌てて「ちょ、ちょっとまってくれ」と制止しようとする。またややこしい事態になる前に止めようとアルベルトが口を開こうとしたとき、少女の声がその場に割って入った。

「ゼノ殿、話してください。わたし、知っていますから」

 思いがけない発言に、ゼノは息をのんだ。

「ザウンでオレたちが話していたこと、聞いてたのか?」

「いいえ。でも、やっぱり自分のことですから」

 そう告げる少女の顔を見て、ゼノは深々とため息をついた。それから彼は頭をがしがしとかくと、仕方ないという様子で言った。

「……じゃあもっと落ち着けるところに行こうぜ。ここからすぐのところに使われてない小屋があるからさ。話はそこでちゃんとするよ」




 ゼノの言う通りその使われていないという小屋というのはすぐに見つかった。この辺りは元々コノラトの農地だったのだが、今は使われていないらしい。この小屋も、廃棄された農具倉庫なのだろう。そこについてすぐ、ゼノとシリルは事情を話し始めた。

 ゼノ・ラシュディの本業は先程の戦いが示す通り魔物退治屋であると、わざわざ退治屋の証明であるメダルを示して告げた。キーネスも同じ退治屋で、ゼノの親友兼仕事仲間なのだそうだ(キーネスは腐れ縁だと主張したが)。

退治屋の仕事は町を襲う魔物を退治するだけではなく、人里離れた場所への探索から酒場の用心棒まで、腕っぷしを要求されるものなら何でもやるらしい。そして、現在ゼノが請け負っているのが、シリル・クロウという少女の護衛だった。

 それもただの護衛ではない。シリルはどこかへ行くわけでも帰るわけでもなく、とある場所から逃げ出してきたのだという。ゼノも依頼とはいえ、逃亡を助けた上に今も彼女の出奔を手助けしている状態なのだそうだ。

 そしてその『とある場所』というのが。

「教会から逃げ出してきた? それってどういうことなんだ?」

 聞き返したアルベルトに、ゼノは悪戯が成功した時のように少しばかり得意げに言った。

「小さい町の小さい教会だったから、そう苦労しなかったぜ? 速攻でミガーに帰ったから検問にも引っかからなかったし……まあそこからが大変だったんだけどよ」

 やや沈んだ表情になって、ゼノは話を続ける。

「ミガーについてから、シリルが悪魔憑きだって分かったんだ。シリルは、えっとなんだったか……」

「“憑依体質(ヴァス)”だ」

 思い出せないゼノの代わりにキーネスが口にしたのは、初めて耳にする用語だった。“憑依体質(ヴァス)”とはなんだ? リゼがそう問い返そうとすると、隣でアルベルトが驚いたように身を乗り出した。

「“憑依体質(ヴァス)”だって? それは本当か?」

 そう言うと、キーネスは間違いないと首肯した。アルベルトは腑に落ちたという顔でシリルを見たが、当の本人と初めて聞くリゼは何の事だか分からない。知っているなら教えろと説明を求めると、アルベルトは話し始めた。

「“憑依体質(ヴァス)”とは、何百万人に一人しかしない、極めて特殊な体質のことなんだ」

 悪魔に取り憑かれる原因は主に精神的な問題にある。つまり、精神面が弱っている人というのは悪魔に取り憑かれやすい。

「ところが“憑依体質(ヴァス)”の人間は精神面に何の問題もなくても悪魔に取り憑かれてしまう。それも取り憑くのはかなり低級な悪魔で、取り憑かれても浸食されず宿主自身も気付かないまま、何年もそのままの状態が続くらしい。原因はよく分かっていないが、先天的なものであるのは確かなようだ」

「つまり、生まれつき悪魔に取り憑かれやすい人間ってことね」

 アルベルトは頷き、そして、と付け加えた。

「“憑依体質(ヴァス)”の特徴は、複数体の悪魔に取り憑かれること。そして、周囲にいる悪魔や魔物を呼び寄せてしまうこと」

 それを聞いたシリルが、思い当たる節があるという風な表情を作る。彼女はうつむいてしばし考え込むと、静かに口を開いた。

「じゃあさっき魔物がたくさん襲ってきたのも、わたしがいたせいなんですね。あの猪に追いかけられたのも・・・・・・」

「いや、君が気を病むことはないよ。君自身の意志ではどうしようもないものなんだから。それに、あの猪の群れは違うだろう。あれは魔物じゃないし、森に入った人間に区別なく襲いかかるようだから」

 アルベルトが優しく言うと、シリルの表情が少しだけ明るくなった。彼女はちょっとだけ微笑んで、それから意を決したように話し始めた。

「時々、声が聞こえるんです。それこそ地獄(ゲヘナ)の底から響いてきているような恐ろしい声が。

最初は、ただの唸り声でした。でも最近、言葉を話すようになってきて。その頃でした。ある人から修道院に入るよう命令されたんです。突然のことで両親もわたしも困惑したし、兄はすぐに異議を申し立てたけど聞き入れられませんでした。

 修道院での扱いは酷くなかったけど、行動の自由は全く与えられませんでした。数日間、世話係と司祭の方以外に会わない生活をして気付いたんです。わたしは悪魔に取り憑かれているから、ここに隔離されているんじゃないかって。あれは悪魔の声なんじゃないかって。そう思ったら怖くて怖くて――」

 ぎゅっと服の裾を掴み、不安に満ちた口調でシリルは語る。彼女は始めから気付いていたのだ。自分が悪魔憑きであることを。

「でも……おかしいんです。わたしが悪魔に取り憑かれているなら祓魔の儀式を受ければ済むことなのに、そんなこと一言も言われないんです。だからわたしの思い込みなんじゃないかって思ったんですけど……その時、兄から手紙が届いたんです」

 教会は君を一生修道院に閉じ込めるつもりだ。護衛を手配させるから、教会から逃げなさい――と。

「修道院にいることが苦痛だった訳じゃありません。でも、悪魔憑きなんじゃないかって考えてたら怖くて、どうしても両親や兄に会いたかったんです。だからゼノ殿に助けてもらって、教会から逃げ出したんですけど―――」

「依頼主から家に戻すなって言われててさ。仕方ないからミガーに連れてきたんだ。家に戻ったら教会に見つかっちまうもんな……」

「分かってます、ゼノ殿。それに、魔物を呼び寄せてしまうわたしが家に戻っても、家族を危険な目に合わせてしまうだけですから。だから、気に病まないでください」

 シリルは寂しげに笑って言った。しかし彼女は、不安と寂しさを抱えているようであっても、それに打ちのめされているという風ではない。むしろ必死でそれに耐えて、負けまいとしているように見える。悪魔に取り憑かれているなら、もっと悲嘆にくれる様子を見せてもおかしくないのだが。

 そんな少女の顔をじっと見てから、リゼは立ち上がった。

「事情は分かった。“憑依体質(ヴァス)”で、複数体の悪魔に取り憑かれている可能性がある。それだけ分かれば十分よ。悪魔を祓えば、全部解決なんでしょう?」

 なら、そうするだけのことだ。

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