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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
アルヴィア帝国編
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赦されるもの赦されぬもの 11

魔術の光で悪魔を滅ぼしていくと周囲の悪魔憑き達がある者は倒れ、ある者はその場に座り込んで静かになった。麻薬中毒者は正気に返ったわけではないが、悪魔が離れたことで一時的に落ち着いている。

 大規模な悪魔祓いを行ったせいか、少しだけ視界が歪む。だがそれは一瞬のこと。めまいを振り払い、倒れる人々をかき分けて立ち尽くすラウルへ向かって走った。

 呆然とした様子のラウルは、リゼが近付いて来るのを見て我に返ったらしい。すぐ近くの扉を開くと、隣の部屋へ逃げて行く。しかし、遅い。剣を抜き、逃げて行くラウルに近付いた。が、

 ラウルのすぐ前まで来た瞬間、足元に青い魔法陣が出現した。

「なっ!?」

 一拍おいて、魔法陣から水の魔術が巻き上がる。とっさに右に転がって避けたが、避けた先にも魔法陣が現れた。今度は発動した直後、水流を凍らせて防いだが、間髪入れず正面の壁にも魔法陣が発生し、水流が襲って来る。避けるには間に合わない距離。しかし、リゼが何か行動を起こす前に目の前に現れた半透明の防壁が水流を弾き返した。

「地雷ですわ。あらかじめ床や壁に魔法陣を描いておいたみたいですわね」

 魔術の防壁を解いて、ティリーが言った。なるほど。ラウルがこちらに逃げたのは策あってのことだったらしい。

「どこにあるかわかる?」

「そこまでは……でも、地雷型なら魔術のバリエーションは大したことありませんわ」

 魔法陣を描いておけば魔術発動のタイムラグと負担を軽減させられるが、その代わり一つの魔法陣につき一種類の魔術しか発動させられない。つまり、防ぐのはそれほど難しくないということだ。図星を突かれたのか、ティリーの言葉にラウルは顔をしかめた。

「さすが、魔術の天才ティリー・ローゼン殿だな」

「お褒めの言葉どうも」

「しかし大したことがないか判断するのは実際に体験してからにした方がいい」

 そう言って、ラウルは一言詠唱を唱えた。

『水流よ。我が命に従い敵を撃て』

 それに呼応して、天井、壁、床。あらゆる場所に魔法陣が出現し、そこから水の魔術が噴出する。刃物のように鋭利な水流が四方八方から襲いかかってきた。

 大量の水流に部屋中が満たされるまでそう時間はかからなかった。




 飛び散った水が霧のように部屋中を漂う。立っているだけで服が湿り気を帯び、剣の表面に水滴が浮かぶ。そんな中で、剣を抜いたアルベルトは魔術に気を取られていたラウルの後ろに近付いた。

「おとなしくしろ。これ以上麻薬を出回らせるわけにはいかない」

 剣を突き付け、アルベルトがそう言うと、ラウルは呆れたようにため息をついた。

「今度はお前か。全くしつこいな」

 ラウルが振り向き何か呟くと、真上の天井で魔法陣が輝いた。しかし、すでに魔術の範囲内にアルベルトはいない。アルベルトが魔法陣の隙間、魔術の範囲圏外にいることに気づいて、ラウルは魔術を使うことをやめた。

「人の商売を邪魔しないでほしいな。せっかく軌道に乗ったのに台無しじゃないか」

「商売ならもっと役に立つ物を売ったらどう?」

 そう言ったのはリゼだった。水の魔術はやはり彼女には効かなかったらしい。服が湿っているぐらいで怪我をした様子もなく、ラウルの首に剣を突き付ける。しかしラウルは臆した様子もなく、疲れたようにため息をついた。

「役に立たたないものを売ってるつもりはないんだがな……はあ、これだから頭の固い連中は嫌なんだ。倫理だの道徳だの持ち出してすぐ仕事の邪魔をする……」

 ぶつぶつと文句を言う。その酷く不満げな言葉を無視して、アルベルトは詰問した。

「一つ教えろ。何故免罪符を使った? 何故司祭を使って麻薬を売っていたんだ?」

「何故。そんなことは簡単だ。免罪符なんて馬鹿げたものを買うのはマラーク教徒だけだろう。我々ミガー人を異端扱いする奴らに遠慮する必要があるのか?」




「ゴールトンがこっちに向かっている。すぐに来るだろう」

 ラウルを縛り上げ、地下室を引き返しながらアルベルトはリゼとティリーにそう言った。ついでにゴールトンから聞いたラウルの共犯である貿易商のことも話しておく。最も、レーナに大体聞いていたらしく、半分くらい説明はいらなかったが。

「とにかくさっさとこいつを引き渡してしまいましょう」

 あまり機嫌がよくないのか、リゼの口調には苛立ちがにじんでいる。さっきからずっとこんな感じだ。その様子にティリーが首を傾げて尋ねる。

「そんなに囮に使われてたのが嫌だったんですの?」

「違うわよ。いい気はしないけど、そこまで心は狭くない」

 入り口近くの吹き抜け倉庫。その空中に渡された細い通路を歩きながら、リゼは頭に手を当てた。

「……ちょっと頭痛がするだけ。やっぱりあの規模の悪魔祓いは無茶だったかしら」

「大丈夫か? 思えば一晩起きてたんだ。少し休んだ方が良い」

 アルベルトがそう言うと、リゼはそうかもねと呟く。確かに顔色がよくないかもしれない。薄暗くて分かりにくいが。

「なるほど、救世主殿も人間のようだな」

 そう発言したのはラウルだった。相変わらず疲れたような、それ故に考えを読めない口調だ。リゼは冷たい目でラウルを睨みつけ、

「何が言いたいの」

 それと同じく温度の低い声で言う。それに対して、ラウルはなんでもないような口調で答えた。

「いや、大したことじゃない。救世主というからには伝承通り不老不死の神の子なんじゃないかと疑っていたんだ。だが、疲れるということは人間離れしてるってことはなさそうだな!」

 そう言った途端、ラウルはリゼに向かって突撃した。狭い通路の上のこと。リゼも避けられず、二人は手すりを越えて階下の薬品棚の上に落ちる。ラウルはどうやったのか縄を解き、階下の部屋から別の部屋に伸びる廊下へ走っていく。同じく下に落ちたリゼはすぐに体勢を立て直し、その後を追おうとした。が、

「リゼ! 足元気をつけろ! 床の下! 例の爆弾が仕掛けてある!」

アルベルトの警告と、リゼがその場を離れようとしたのと。そのどちらも遅かった。火の紋章を刻まれた爆弾が、ラウルの詠唱に答えて次々に炸裂したのだ。

爆音とともに床が吹き飛び、炎と煙がまき散らされる。その中心にいたリゼの姿はそれに紛れて瞬く間に見えなくなった。

「リゼ!」

 呼びかける声も、続く爆音と瓦礫が崩れる音でかき消されてしまう。炎の中から彼女が現れる様子もない。

「ティリー! 君はラウルを追ってくれ!」

「ええ!?」

「俺はリゼを助けてくる!」

 アルベルトは手すりを越えて階下へと飛び降りた。炎に覆われていない場所に着地して、リゼがいるであろう方向へ目を向ける。

 熱風が肌を打つ。煙のせいで視界は悪い。燃える炎の隙間を縫ってアルベルトはリゼの姿を探した。あのリゼが爆弾ぐらいで死ぬとは思わないが、足元で爆発したのだから無事では済まないかもしれない。

 最悪の想像が頭をかすめたが、幸いにもすぐにリゼを見つけることができた。爆発で倒れた薬品棚の隙間に倒れていたのだ。

 至近距離で爆弾が爆発したというのに、リゼは数か所火傷しているだけで大きな怪我は見当たらなかった。魔術を使って咄嗟に防いだのだろうか。頭でも打ったのか気絶しているだけである。

 背後で炎にのまれた木箱の山が火の粉を噴きながら崩れた。とにかくここを離れなければ。気絶したリゼを抱え上げ、来た道を引き返す。柱の崩壊に巻き込まれそうになりながらも、何とか元いた場所に戻ることができた。

ティリーの姿はない。ラウルを追っているのだろうか。外に出て辺りを見回していると、ゴールトンは部下を引き連れてやって来た。

「おお、無事だったか。ならいい。船を出すぞ。走れ」

「え?」

「騎士の連中がこっちに来てる。下手をすると船を出すどころじゃなくなるからな。その前にミガーに渡れ」

 騎士の連中。おそらく騒ぎを聞きつけてきたのだろう。爆発騒ぎまで起これば当然か。それにしては早すぎるが……

「ラウルは。麻薬のことはどうなるんですか?」

「心配しなくてもこっちでやるさ。もともと俺達がやるべき案件だ。あんた達のおかげでいいきっかけが出来たからな。心配せずさっさとその嬢ちゃんを連れて行け」

「……ありがとうございます」

 気絶したリゼを背負い直して、アルベルトは言われた通り港を目指して走った。すでに朝日は地平線から顔を出している。その光を左手に、ただ港を目指す。が、

「アルベルト!」

港のすぐ近くまで来たところで、よく知った声がアルベルトの名前を呼んだ。振り返ると、そこにいたのはアンジェラだった。

「どこへ行くんですか? そちらは港ですね。こんな朝から何の用で行くのです?」

「……そういう君は任務があったんじゃないのか。騎士達を連れてきたのも君か」

「アルヴィアの安寧を守ること。これがわたしの任務です。貿易の要であるメリエ・リドスで騒動が起こっているなら、それを治めるのも任務のうちです。

 アンジェラは厳しい表情を変えぬまま、そう言った。

「答えてください。この騒動の原因はその『魔女』ですか?」

「それは違う!」

 反射的にアルベルトは叫んだ。あの爆弾はリゼを狙ったものだったが、彼女が引き起こしたわけではない。そもそも麻薬の密売人を捕えに行ってこうなっただけなのだ。リゼが責められるいわれはない。

「騒動があったからって、どうしてその原因が彼女だと思うんだ? どうして決め付ける。確証なんてないのに」

「そ、それは、疑いがあるなら見過ごすわけにはいかないからです。『魔女』は」

「人に害為す者だからか? なら悪魔堕ちした悪魔祓い師(俺)も同じだ。俺のことも疑うべきじゃないか?」

 アンジェラは黙った。言うべきことを探しているように、うつむき目を閉じて。

「……でも、あなたはこの騒動の原因ではないでしょう?」

「そうだ」

 それだけ答えて、アルベルトは港の方へ歩きだした。アンジェラは何も言わない。そのまま黙ってその場を離れようと思ったが、ふと思い出して足を止めた。

「麻薬の密売のことなんだが、やっぱり入国審査官――ロドニー審査官が関わっている可能性がある」

「……え?」

「もう一度よく調べてみてくれ。君が調べる方が速いだろうから」

 それを聞いて、アンジェラは驚いたような顔をした。彼女はしばらく沈黙していたが、しばらくしてからうなずいた。

「分かりました。……では、もう一つだけ教えていただけますか。夜が明けた頃、街の中心から立ち上っていたあの光は、悪魔祓いの光ですか?」

「ああ」

「では、あれは『魔女』――いいえ、あなたの言う『救世主』の力なんですね?」

「……ああ」

 首肯すると、アンジェラはありがとうと言って、口を閉じた。どうやら、アルベルトを引き留める気はないらしい。

 そうだ。アンジェラに手伝ってもらえば、ミガーに逃げる必要はなくなるかもしれない。そう、無実を証明できれば。

 しかし……

(すまない。アンジェラ)

 視線を前方に戻して、アルベルトは走った。そして、出港する船に飛び乗った。

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