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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
アルヴィア帝国編
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赦されるもの赦されぬもの 7

(私は何であんなにむきになっていたんだか)

 先ほどのアルベルトとも会話を思い出してリゼは内心ため息をついた。アルベルトがミガーに行くか行かないかなんてどうでもいいのに。

(というよりあれか。煮え切らないのは好きじゃない)

 うだうだ悩んでないではっきりさせればいいのだ。身の安全が大事ならミガーへ行けばいいし、誤解を解きたいなら行かなければいい。何を迷う必要があるというのか。

(それにしても、あいつ自分のよりも私の方の“誤解”を解きたいみたいね)

『魔女の逃亡及び悪魔祓い師長殺害及び市民大量殺戮の幇助』。手配書には確かそんなことが書かれていたのに、アルベルトが言及したのはリゼのことだった。アルベルトだって人のことなんて気にしている場合ではないだろうに。

 そんなことを考えながら密売人のアジトを探していた時だった。

「アルベルトさん!」

 突如、脇道から青年が一人現れた。髪の毛はぼさぼさだし擦り切れた服を着ているところを見ると、あまり経済状況は良くなさそうな人物である。その青年に名前を呼ばれたアルベルトは、彼の方を見ると、

「ジェフ、まだここにいたのか。……それと、悪いが静かにしてくれないか?」

「あ、すみません! つい……」

「誰?」

「ジェフだ。この辺りに住んでるらしい。一昨日の晩、ここに来た時に会って、情報を提供してもらったんだ」

 速い話が東の倉庫街を宿代わりに使っているという浮浪者だという。アルベルトが密売人の逃げたルートを調べておこうと思ってここに来た時に会ったとのことだ。

「いや~夜中に一人でこんなところに来る人なんてほとんどいないから、金をいただくチャンスだと思ったら、アルベルトさんは気前よく金をくれて……」

「ついでにこの辺りで密売人らしき人物を見かけなかったか訊いてみたんだ」

 さらっと言っているが、ひょっとしてジェフは強盗でもする気でアルベルトに近付いたのではないだろうか。無謀な話だし実際未遂に終わったようだが。

「そう。それで不審人物の話なんですけどね。オレ今朝……いや昨日の朝に、あそこの倉庫に入っていく不審人物を見たんですよ」

 ジェフが指す先は他の倉庫に埋もれるようにして建っている比較的小さな倉庫である。

「で、気になって見ていたら、数時間おきに人相の悪いおっさんとか商人の格好をした奴とかが入って行ったんですよ。一回、大きな木箱持った人も入っていったし」

「なるほど……ありがとう」

「いやいやお役にたてたなら嬉しいっす!」

「そうだ。礼にこれを」

 アルベルトは財布から金貨を数枚取り出して、ジェフに手渡した。ジェフはそれこそ飛び上がらんばかりに喜んで、「何か手伝えることがあったらいつでも呼んでください!」と言って去って行った。

「確かかわからない情報に金貨を支払うなんて気前良いですわね。カモにされますわよ?」

 一連の様子を見ていたティリーがそう言うと、アルベルトは首を傾げた。

「別に情報を買うつもりで支払ったんじゃないんだが……ジェフは金に困っているみたいだったから、せめて仕事が見つかるまでの当面の生活費になるようにと思って」

 そういえば、教会の教えに『富める者は貧しい者に施しなさい』というものがあった気がする。おそらくアルベルトはそれに従ったのだろう。

(……本当にカモにされそうね)

 全くお人好しな人間だ。ジェフに言われた倉庫に向かいつつ、リゼはそう思った。

ジェフが言っていた倉庫は、本当に小さくてボロい建物だった。外から見る限りは何の変哲もない倉庫である。しかし、倉庫前の石畳を見ていたアルベルトは、あるものを見つけてこう言った。

「……何かを引きずった跡がある。かなり重いものだろう。それにかなり新しい」

「そうなんですの?」

 そう言ってティリーが首をかしげる。暗くてよく見えないが、夜目の効くというアルベルトの言うことだから間違いではないのだろう。

「ここの倉庫、使われていないのよね」

「ええ。位置的に使いにくくなったとかで」

 使われてない倉庫の前に重いものを引きずった跡。ということは。

「当たりかもね」

 倉庫の扉には鍵がかかっている。壊せなくはないが、もし誰かがいた場合、大きな音を立てて気付かれてもまずい。幸いにも上の方の窓が割れていたのでそこから侵入することにした。

 倉庫の中は暗い。足場を確認しながら、リゼ達は倉庫の中を進んだ。

「誰かいる?」

 二階には特に人影は見当たらない。ここからでは一階の様子も良く分からないので、すぐそこにあった梯子から下に降りることにした。

 果たして、一階にはそれなりの人数の人がたむろしていた。

「おい、てめえら。こんなところに忍び込みやがって何してんだ?」

 そう言ったのは、いかにもゴロツキといった風の大男だった。後ろには同じく人相の悪い男たちが並んでいる。

「ちょうどよかった。そこの貴方、この倉庫にあるものが何か教えていただけると嬉しいのですけど」

 臆することなくそう言ったのはティリーである。勿論、ゴロツキ風の男が答えてくれるはずもなく、むしろますます険しい顔つきになってティリーを睨んだ。

「偉そうな態度取りやがって。てめえらに教えるわけないだろうが」

「じゃあ、ここに何かあるのは確かなんだな」

 アルベルトがそう言うと、ゴロツキ風の男は一瞬沈黙し、墓穴を掘ったことに気付いたのかドスの効いた声をだした。

「てめえらやっぱりあれを探しに来たんだな? 悪いがここに入ってきた奴は全員始末しろと言われてるんでな。運が悪かったな」

「男一人に女二人だ。大したことねえ」

「どうせなら男ぶちのめしたあと女二人は頂いちまおう――」

 ゴロツキはそれ以上喋ることは出来なかった。リゼの飛び蹴りがゴロツキの顔面に見事に命中したからである。ゴロツキは吹っ飛んで頭から床に落ち、気絶して動かなくなる。

「くだらない話してないでさっさとかかってきたらどう? 余計なこと言ってるから負けるんだと思うけど」

「な、なめやがって! 行くぞお前ら!」

 威勢よく言ったゴロツキの一人も、アルベルトに一撃で昏倒させられる。街のゴロツキ程度がリゼ達の敵であったはずもなく、全員が床に伸びるまでさして時間はかからなかった。

「さて、次はあそこね」

 ゴロツキ達の後ろにあったのは隣の部屋に続く扉であった。鍵はかかっていたが、耳を澄ませてみると中で物音がしている。誰かいるようだ。ゴロツキをぶちのめすのにもう大きな音を立ててしまったので、今度は遠慮なく扉を破壊することにした。

「わあああ!」

 中に入ると扉の向こうにいた人物はリゼ達を見て驚きの声を上げた。格好からして商人だろうか。すっかり慌てふためいて逃げ出そうとする。逃げられそうな場所と言えば小さな窓しかないが、ドタバタされるのもうっとうしいので足止めをすることにした。

『凍れ』

 逃げようとした商人の足が凍りつく。彼がもがいている間に、アルベルトが商人が抱えていたものを取り上げ、ティリーが近くの木箱をあけて中を見た。

「これは……司祭の聖衣だ」

「ビンゴですわ。これ、全部麻薬です」

 他の木箱も開けて、ティリーは次々と中身を確認していく。確認した限り、その全てが麻薬だった。少なくとも麻薬の保管場所は実にあっけなく判明したのだ。

 一方、アルベルトは聖衣を手にしたまま、商人に詰問にした。

「どうして聖衣を持っているんだ?」

「こ、これはもらったんだ……」

「誰に?」

「そりゃ知り合いの司祭様に……買い替えるからいらないかと……」

「聖衣は勝手に他人に譲渡していい物ではない。いらなくなったからと言って他人に渡すことはありえない」

「う、嘘じゃない! もらったのは本当……」

「本当のこと言わないなら氷漬けにしようかしら」

 リゼがそう呟くと、商人がひきつった顔をした。さらにティリーが追い打ちをかけるように、

「氷漬けにしたら喋れなくなりますわ。それよりも重力魔術でちょっとずつ潰すのはどうです?」

 と物騒なことを言い始める。さらに顔を青くした商人は、早口でしゃべりだした。

「ま、待ってくれ! 司祭にもらったのは本当なんだ! 免罪符を売るためには司祭の格好をしないといけないからと!」

「免罪符の名を借りた麻薬でしょう?」

「そ、それは……」

 言いよどむ商人に、ティリーはにこっと笑ってから、

『潰れなさい』

 一言、魔術を唱える。途端に商人へ過重力がかかり、彼はギャッと呻いた。

「わ、分かったそうだ麻薬なんだ! 麻薬で間違いない!」

「そう。それで? あなたが麻薬を売らせていたの?」

「違う。私はここの管理を任されているだけで……それも今日たまたま……」

「じゃあ管理を任せたのは誰だ?」

「それは……」

 商人はしばし逡巡したが、リゼ達の目が据わっているのを見て恐れをなしたらしい。彼は意を決したのか、話し始めた。

「ロドニーだ。直接じゃなくて人づてだったけど確かにそう言っていた」

「ロドニーって……」

「――出入国審査官だ。それもかなり上級の」

 リゼの疑問に答えたのはアルベルトだった。彼は厳しい表情のまま、悔しそうにつぶやいた。

「本当に教会関係者が関わっていたなんて……」

 酷く落胆した様子のアルベルトの代わりに、リゼは商人の胸ぐらをつかんで質問を続けた。

「で、麻薬管理を命令したのはロドニーで間違いないのね。もしまだ隠していることがあったら――」

「ま、まだある! 実はもう一人いるんだ! ロドニーは司祭を連れてきた。でも麻薬の密輸は別の奴がやったんだ!」

「誰ですの? それは」

 問いかけると、商人はしばし沈黙したが、やがて口を開いてある人物の名前をきっぱりと告げた。

「ゴールトン市長だ」

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