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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
アルヴィア帝国編
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赦されるもの赦されぬもの 5

 夜中にもかかわらず、ゴールトンはすんなりと会ってくれた。書類整理をしていたらしく、リゼとティリーが部屋に入った時、秘書官のレーナにラウルと机に大量の書類を出して積み上げていた。

「派手にやってくれたらしいな、救世主さん」

 視線は書類に向けたまま、ゴールトンは言った。

「何の話?」

「メリエ・リドスの下町で悪魔憑きが減っているという報告を受けた。あんたの仕業だろう?」

「仕業と言えばそうね。それよりも、メリエ・リドスの悪魔憑きを全て祓ったけど中毒の人間が大勢いるわ。彼らの保護はできないの?」

「もちろんしているさ。しかし全てという訳にはいかなくてな。手が回ってないところもある」

「そう。なら次。悪魔憑きがいそうな場所があれば教えて」

 行けるところは一通り回ったのだが、なにしろ夜のことであるし、気付かないこともある。悪魔憑きに気付かないこともある。アルベルトにでも手伝わせれば探しやすくなるのだが、肝心の彼はいない。さすがに街中を探し回るのも効率が悪い。

「悪魔憑きがいそうな場所か。そりゃラウルに訊いた方が早いな」

 ゴールトンはそう言ってラウルの方を見た。ラウルは相変わらず疲れた様子でため息をつくと、

「悪魔憑きなら多いのは下町だ。だがもうそこは回っているんだろう。それ以外となると、中毒者を収容した病院は多い可能性が――」

「そこはもう行った」

 そう言うと、ティリーとラウルは驚いたような顔をした。

「そんなところにまで行ったんですの?」

「あれだけ悪魔の気配をさせておけば分かるわよ」

「……なら他に多そうな場所はないぞ」

 ラウルがまたため息をつきつつ言う。他にないのならあとはアルベルトにでも聞くしかないか。仕方ない。

「しかし、病院の患者の悪魔祓いをしたいのならいくらでも入れてやったのに」

 ゴールトンが書類から顔を上げてそう言った。確かにそれも考えたのだが、

「わざわざ頼みに行くのが面倒だっただけ。悪魔研究家がついてくる羽目になりそうだったしね」

 見つけたのが一日目の夜中のこと。頼むならさすがに朝になるまで待たないといけなかったし、そもそも入れるところをすぐに見つけたので頼みに行く必要もなかったのだ。

 リゼの返答に、ゴールトンはおかしそうに笑った。

「ティリーから聞いたぞ。悪魔研究家には術を見せない主義なんだってな」

「主義じゃない。興味本位で見ようとするやつに見せたくないだけ。使わなければいけない状況なら誰の前だろうと使うわ」

わざわざ目の前で披露して悪魔研究家やら魔術師やらの質問攻めで時間を取られるよりも、悪魔祓いに時間を使う方がいい。そう思っただけだ。隣でティリーが少しばかり不満げな顔をしていたが無視する。

「ラウルが言っていた“救世主”だっていう証明はこれでいいでしょう?」

 ラウルは何か言いたそうな顔をしたが、ゴールトンは腕を組み、

「心配しなくても、あんたが本物だっていうことはほぼ確定してる。ラウルが『証明しろ』と言ったのはまあ、こいつ自身が術を見たかったからだろうな」

「……私が本物だって確定しているのはティリーを信用しているから? それとも別に理由?」

「世の中には調べようと思えばいくらでも調べる方法が存在するもんだ。あんたは別に隠れる気はないんだろう? 悪魔祓いの術も魔術も何のためらいもなく使ってるからな」

「そうですわね。もうちょっと慎み深くしてもいいんじゃないかと思うぐらいには使ってますわ」

 ティリーもゴールトンの言葉に同意する。アルヴィア人の前では全く魔術を使わない彼女と比べれば、リゼはかなり魔術を使っている。どうせ教会には魔女だと言われているし、悪魔祓いの術だって使っているのだから使わないようにしたところで今更なのだが。

 それよりも。

「確定してる、ね。アルベルトが悪魔祓い師であることも確定しているのにミガーに行く方法を教えると。何を企んでるの?」

「俺はこの街では一応トップに立っているが、国単位になると下っ端の頭領でしかないからな。個人が知りうることには限界があるもんだ」

「そう。なら最後に一つ」

 リゼは腰に片手を当てて、つい先ほど生じた疑問を市長にぶつけた。

「調べようと思えばいくらでも調べる方法があると言っていたわね。この麻薬騒ぎの犯人、本当は分かってるんじゃないの?」

 ゴールトンは返答の代わりに、にやりと笑った。




「考えてみたんだが……」

 机の上に事件に関する覚書を広げ、アルベルトは対面に座るアンジェラに言った。

「麻薬の原材料はミガーでしか採れないものだ。ということは、ミガーの商人、もしくはそれに関わる人でなければならない。しかし密売人はスミルナの司祭だ。ということは」

「黒幕はミガーの商人とスミルナ教会、両方に関わる人間、でしょう。それは分かっているのですが……」

 アルベルトが言い終わる前に、アンジェラが反論する。

「メリエ・リドスとスミルナは隣り合っていますが、両方に関わっているのは出入国審査官とメリエ・リドス役場の人間だけです。それでも、分からないんです。役場側は司祭と接する機会がありませんし、出入国審査官は上級審査官のロドニー殿やマイルズ殿、長官のケント殿も調べましたが、麻薬と関係ありそうな人物はいません。最も完全に違う、とも言えませんが……」

 完全に調べようにも時間が足りない、とのことだった。アンジェラはかなり忙しいらしく、調査にも限界があるのだ。

「ではもう一つ。麻薬の保管場所のことなんだが――」

 アルベルトは覚書を出してさらに話を続けた。二人の密売人に関する情報と、密売人が現れた場所の図。それに、麻薬中毒者の分布図。全て、ゴールトンが貸してくれたものだ。意外にも、ゴールトンはアルベルトの密売人探しのための資料の閲覧を許可してくれた。おかげで必要な資料を見ることが出来る。

「先日の密売人が逃げようとしたのは東の方だった。アジトがあるとしたらここ――東の倉庫街のどこかだと思う」

 密売人はあの時すでに麻薬中毒で、ただやみくもに逃げただけという可能性はもちろんある(実際、密売人が逃げた先は行き止まりだった)。しかし、根拠はそれだけではない。

「なおかつ、街の東部のこの辺りは、中毒者も目撃情報もやや多い。それに、この辺りに住む人によると、ここの倉庫街は使われていないはずなのに、大荷物を運んでいる人達を見たというんだ」

「その話、確かなのですか?」

「俺はそう思ってる」

 そう言うと、アンジェラはうなずいて「では明日にでも一度調べてみましょう」と賛同した。

 一通り情報交換を終え、二人の間に沈黙が訪れた。アルベルトは覚書を整理していたが、ふと大切なことを思い出して口を開いた。

「アンジェラ。この件とは関係ないが重要なことがある」

「重要なこと、ですか?」

「マリークレージュで悪魔召喚が行われた。その時呼び出された悪魔が消滅せず強力な魔物になっていた。先日、一体倒したが、マリークレージュの周りにはまだいる可能性がある」

「悪魔召喚? マリークレージュで? まさかあの話……」

「マリークレージュは地震で滅んだんじゃない。悪魔召喚の犠牲になったんだ。

……それを教会は隠していた」

 アンジェラはしばし沈黙し、何か考え込んでから話し始めた。

「……それほど大規模の悪魔召喚が行われたと知られれば、民衆に要らぬ不安を与えることになるでしょう。特にマリークレージュ近郊に住む人たちに。国内で悪魔教が暗躍しているということは、教会の権勢が衰えていることの証明にもなります。それをミガーに知られたら……もちろん、教会の威信を保つためということもあるでしょう」

「しかし、そんなことがあったならあの街はもっと厳重に監視しておくべきだった。あれ程簡単に悪魔召喚を行えるんだ。放置しておくべきじゃなかった」

「ええ。勿論です。教会にも――我々にも非はあります。しかし最も責められるべきなのは、悪魔召喚を行おうなどという悪しき心を持った者ではありませんか?」

「……そうだな」

 悪魔召喚。マリークレージュの時は悪魔研究家だったが、本来は悪魔教の信者が行うものだ。悪魔を信じ、生贄を捧げ、それを対価に願いを叶えてもらうという――

「悪魔教信者達は悪魔を信じてどうするつもりなのだろう」

 ふと疑問に思ったことをアルベルトは口にした。それにアンジェラが答える。

「悪魔教徒の目的は魔王(サタン)の復活なのではありませんか? 魔王(サタン)が復活すれば、地上の支配権を手に入れられる」

 魔王(サタン)。千年前に神の子に封印されたという悪魔の王。

魔王(サタン)が復活して本当に得があるのか? 魔王(サタン)は終末を引き起こし、世界を滅ぼす。それは復活させた悪魔教徒達も逃れられないんじゃないか」

 魔王(サタン)の前で生者は等しく死あるのみ。悪魔教徒とて例外ではないだろう。

「神に背いても、他の人間を死に追いやってでも、叶えたい願いがあるんだろうか……?」

 世界の終わりをもたらしてでも、叶えたい願いなんてあるはずがない。いや、あったとしても許してはいけない――魔王(サタン)を復活させてまで叶えようとする願いなんて、ロクなものであるはずがないのだから。

 そう考えていると、突然アンジェラがくすくすと笑った。何事かと思っていると、

「ごめんなさい。貴方は本当に変わっていませんね。学生のときからそんな風に道理に合わないことを怒っていました」

 アンジェラは酷く嬉しそうにそう言って、アルベルトを見た。

「本当に、貴方が変わっていなくてよかった……」

 深い安堵を滲ませてアンジェラは呟く。しかし彼女は再び真剣な顔に戻ると、話しをマリークレージュのことに戻した。

「それはそうと、悪魔召喚が行ったのは一体誰なのです?」

「メリッサという人だ。悪魔を召喚できるのか試してみたかった、と言っていた」

 何故か悪魔研究家だ、と言うのは躊躇われた。魔術の次に重罪である悪魔研究をしている人間がアルヴィアにいると知られるのはまずいような気がしたからだ。基本的にミガー王国にいるはずの彼らがどうやってアルヴィアに来ているのか、ということになってしまうから。

(そういえば俺はミガーへ行くんだったな……)

 麻薬のことですっかり失念していた。予定通りなら、三日後には出発ということになる。その前に、密売人のことが少しでも分かればいい……のだが。

(しかし、俺はそもそもミガーに行ってどうするんだ? ミガーに逃げたところで誤解が解けるわけじゃない。むしろやるべきことを全て投げ出していくことになる……)

「それで、悪魔召喚自体はどうなったのです?」

 アンジェラが問いかけてきたので、アルベルトは思考を中断して答えた。

「魔法陣なら俺と彼女で破壊した。描き直さない限り、再び起動することはないよ」

「あなたと『魔女』で、ですか?」

「……ああ」

 首肯すると、アンジェラはしばし考え込んだ。やがて結論に達したのか、彼女はアルベルトをまっすぐ見て口を開いた。

「やはり、あなたは嘘をつく方ではないと思います。ですから、私の目で確かめたいのです。『魔女』のことを。今もいるのでしょう? この街のどこかに。もちろん密売人を捕まえた後で構いません」

「分かった」

 アルベルトが頷くとアンジェラはうすく微笑んだ。

「では、私は戻らなくてはなりません。ごめんなさいアルベルト」

 アンジェラは荷物をまとめると立ち上がった。

 彼女は本来、首都の教会に所属しているが、今は任務でスミルナに来ているらしい。その任務のための準備があって早く戻らなくてはならないそうなのだ。

「いや、任務なら仕方ない。……頑張ってくれ」

「ありがとう。では失礼します」

 そう言って、アンジェラは去って行った。

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