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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
アルヴィア帝国編
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赦されるもの赦されぬもの 2

 ゴールトンに提供された役所の一室で、リゼは活気づき始めたメリエ・リドスを眺めていた。

 大通りの露店には色とりどりの果物か何かが積み上げられ、別の店にもたくさんの売り物が並べられている。それら買い求めて、大勢の買い物客が列をなしていた。

 国土の大半が冷寒帯に位置し、農業には不適なアルヴィアと比べ、温暖湿潤なミガーは恵み豊かな土地である。鉱山を多数抱え、製鉄の技術を発展させてきたアルヴィアも、土地生産性の低さから食料品は輸入に頼っている状態であるという。

「アルヴィア人はその辺りをもっと認識するべきですわ。食料品が安く買えるのはミガー王国が安く売ってるおかげですもの」

 賑わう大通りを見たティリーが言った。確かに多くのアルヴィア人がほぼ全ての食事でミガー産の食べ物を口にしている。畜産物はともかく、アルヴィア産の作物は高くて金持ちか貴族しか食べられないし、安いものは大きさも味も良くなくて食えたものではない。

 それを考えるとあれだけの作物を作れるミガー王国は豊かなのだろうなと思う。ここからでは遠くてよくわからないが。

「ところでゴールトンに建物から出るなと言われたけど、まさか一週間もここに閉じこもってろというの?」

 部屋を提供されたのはいいものの、ゴールトンが最後に付け加えたのは『よっぽどのことがない限り建物から出るな』というものだった。理由は分かるが、外に出られないのはいささか困る。

「仕方ないですわ。いろいろ事情というものがありますし」

 ティリーはどうしようもないという風に言う。リゼも別にじっとしているのが嫌というわけではないが、一つ外に出てやりたいことがあるのだ。

その時、ノックの音が部屋に響いた。

「どうぞ」

 そうアルベルトが答えると、扉が開いて一人の人物が入ってきた。

 訪問者は五十歳くらいの疲れた印象のある男だった。それを見たティリーが、

「ラウルさん? 何か用ですの?」

 と、訪問者――ラウルに問いかけた。ついでにティリーは「市長の補佐みたいなのをやってる悪魔研究家ですわ」とリゼとアルベルトに向って説明する。

「失礼するよ。“救世主”が来たという話を聞いたんでね。あんたが“救世主”か?」

「そうよ。何の用?」

 リゼがそういうと、ラウルは答えた。

「あんたが“救世主”だと証明してもらいたい。万が一悪魔祓い師だったり詐欺師だったりしたら困るからな」

「あら、本物かどうかに関してはわたくしが保証しますのに。人を見る目は確かなつもりですわよ?」

「そう言われてもな……市長はあんたの身分証明書で満足しているようだが、俺達としては念には念を入れたい」

 ラウルは困ったように言い、白いものが混ざった頭をかく。

「そういうわけで、あんたが使えるという悪魔祓いの術を見せてほしい。悪魔祓い師のものかどうか調べさせてもらう」

「なるほどね。断る」

 そう言った途端、辺りに一瞬沈黙が流れた。あまりに早い返答にティリーとラウルが固まったらしい。

「この術は見世物じゃない。証明だろうとなんだろうと、あなた達の好奇心を満足させるために術を披露するなんてごめんよ」

「と言われても見せてもらわなければあんたが“救世主”だと納得できないんだが」

「そうですわよ! 披露と言っても貴女が悪魔祓いしているところを横からちょっと見せてもらうだけですもの。それぐらい構わないでしょう?」

「見ただけで終わらないでしょう。あなたの場合は特に」

 冷たくそういうと、ティリーは一瞬沈黙し、

「そんなことありませんわ!」

 と威勢よく答える。しかし今の間はなんだったというのだ。

「ともかく、あなた達に見せる気はない」

 リゼがきっぱりとそう告げた時だった。

 遠くで、轟音が聞こえた。

「ん? なんだ?」

 ラウルが音のした方角を向いて首をかしげる。何かは分からないが、かなり大きな音だ。

「何の音だ?」

 アルベルトは窓から顔を出して音のした方を見たが、ここからではよく見えない。しかし煙が上がっているようなので、ただ事ではないようだ。

「あっちは自警団の詰所じゃないか。何かあったのかな」

「詰所?」

「ああ……よく考えればあそこには牢屋があるんじゃないか。収監されてる奴らが何かやらかしたのかな」

「やらかしたって……」

「酒に酔った若者とかが暴動を起こして捕まると、あそこの牢に一時的に入れられるんだが、前に一度だけ暴行罪で捕まった奴が脱獄しようとして、魔術をぶっ放したことがあったな」

 今回も同じだろう。とラウルは言ったが、これほどの爆発が起こるなんてただ事ではないだろう。

それに、何故いま爆発が起こったのだろう。




 自警団の詰所(ちなみに役場の敷地内である)に来たリゼ達は、詰所の壁の一部が崩れているのを見て、ラウルが言っていたほど大したことのない事態ではないことを知った。何をしたのかは知らないが、壁がかなり崩れていて、濃い砂ぼこりが立ち込めている。

「何があったの?」

 倒れていた自警団の一人を助け起こして、リゼは問いかけた。深くはないが怪我を負った自警団員は、痛みに顔をしかめながら答える。

「昨日、街で乱闘があって、その時捕まえた奴の一人が爆弾を持っていたみたいで……」

「爆弾?」

「火をつけると爆発するアレです。知りませんか? まあいいや。とにかく、それで壁を吹っ飛ばしたみたいです」

「なんで爆弾なんか持ってるんですのよ? 持ち物は没収したんじゃないんですの?」

「したんですけど……なんで持ってたのか……」

 そう言って自警団員は首をかしげる。どうやらこの爆発には何かあるようだ。そもそも、爆弾を爆発させたという奴は逃げたのか。こんな破壊力ではかなり離れないと危険だと思うが……

 その時、アルベルトは砂塵の向こうに人影が動くのに気づいた。周囲の様子をうかがいながら、しばし逡巡するような様子を見せていたが、やがて人のいない方に向かって走っていく。

 それは、今朝捕まえたあの麻薬の密売人だった。

「! あいつ逃げるぞ!」

「え?」

「今朝捕まえた男だ!」

 密売人の逃亡に気づく自警団員もいたが、混乱と砂塵のせいで後を追える者がいない。ただでさえ牢に入っていた別の犯罪者たちが混乱に乗じて逃げ出そうとしている最中なのだ。

「俺が追いかける。ここの怪我人を頼む!」

 言うなり、アルベルトは密売人の後を追って街の方へと走りだした。




 逃げ出した密売人を追いかけて、アルベルトは走っていた。

 高い建物に挟まれた裏路地は昼間だというのに薄暗い。その中を密売人は必至で逃げていく。死に物狂いなのか今朝とは段違いのスピードだ。しかし、持久力はなかったらしく、しばらくしてスピードは落ち始めた。

 T字路を曲がる密売人の後を追いかけて、アルベルトも同じように角を曲がる。そこを進んで先で、思ったよりも早く密売人に追いついた。

「神よお許し下さい! 私は彼らを救いたかったのです! 救いたかった! だから私をお救い下さい!」

 路地の行き止まり――街の端らしく、道が途切れてその先は海になっている――で密売人は天に向かって喚いていた。そこへアルベルトは近付いて、

「行き止まりだ。もう逃げるのは諦めろ」

 そう密売人に警告する。こちらを振り返って焦りの色を浮かべる密売人に、アルベルトはさらに言い募る。

「一つ聞く。何故、あんなものを売っていたんだ。それも免罪符と称して」

「そ、それは……」

「司祭であるあなたが、禁止されている免罪符の売買のみならず危険な薬を売り捌くことは、神を貶めることと同じだ」

 アルベルトはなるべく冷静に言ったが、当然、密売人はお気に召さなかったらしい。

「う、うるさい! そういうお前はどうなんだ!」

 アルベルトを指さし、子供のように喚きながら密売人は続ける。

「お前アルベルト・スターレンだろう! 悪魔堕ちした悪魔祓い師が、私に説教するのか!? 神に逆らっているのはどっちだ!?」

 こちらが何かを言うよりも速く、密売人は天を仰ぎ自己弁護の言葉を重ねる。

「私は罪人に救いを与えてやろうと思ったんだ! 遅かれ早かれ悪魔に取り憑かれてのたれ死ぬしかない連中だ。せめて死ぬ前に救いを与えてやるのが慈悲ってものじゃないか! 悪魔堕ちしたお前に私を責めることが出来るものか! 私は罪人を救おうとした! 私は神に背いていない! 神よ! そうでしょう!?」

 密売人の目は落ちくぼみ、焦点が合っていない。口の端から唾液が垂れ、どう見ても正気とは思えない。

 悪魔に取り憑かれてはいない。ということはこいつも薬を飲んだのだろうか。

 密売人の焦点の合ってない目がアルベルトを捕える。その表情が今度は怯えに変わった。

「悪魔! そうだお前は悪魔だ! 悪魔が私に近寄るな!」

 完全に正気を失ったのか、密売人は再びアルベルトを指さして喚く。それはどんどんエスカレートして悲鳴に近いものに変わった。

「悪魔が! 近寄るな! 来るなぁぁぁぁ!」

 その時、文字通り糸の切れた人形のように密売人はその場に倒れ伏した。そして胸を押さえ酷く苦しそうな声を上げた後、おとなしくなった。

 動かなくなった密売人の首に手を当てて脈を計る。完全に止まっている。麻薬の急性中毒で心臓発作でも起こしたのだろうか。

 遠くで九時課の鐘が鳴っている。

「アルベルト!」

 その時、誰かが名前を呼んだ。


九時課の鐘が鳴る頃=午後三時

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