~幕前~ 理不尽2
息が、苦しい。
全身に何かが纏わりついているかのように重い。そのせいで、息が苦しい。少し前まで、寒さも痛みも、何も感じなかったのに。でも、地獄に堕ちたにしては、生温い痛みだ。そう思った瞬間、ふっと意識が浮上する感覚があった。
重たい瞼を上げると、そこには木目の天井があった。糸杉の下ではない。見知らぬ天井だ。何があったのか分からなくて、ぼんやりとそれを見つめる。じっとそうしていると、不意に横から声がした。
「目が覚めたかね」
声をかけてきたのは、黒い防寒具に身を包んだ壮年の男だった。ぱちぱちと爆ぜる暖炉の明かりに照らされて、男は人の良さそうな笑みを浮かべる。黙したままでいると、男は少し身を乗り出して言った。
「あんなところで、遭難していたのかい? とにかくあんたは運が良かった。手足はちゃんと動くかい? 感覚は? 見つけた時は冷え切って酷かったけど、温めたら何ともなさそうだった。あんな状態で、よく凍傷にならずに済んだねえ」
身体は酷く重たかったが、手は問題なく動いた。足もちゃんと感覚がある。特に変わりない掌を眺め、深々と溜息をついたリゼは、男の方へ視線を向けた。
「なんで、助けたの」
そう問うと、男は驚いたらしい。彼は目を丸くして答えた。
「困っている人を見たら助けるのは当たり前だろう。他に理由があるかね?」
「……」
「でも、あえて理由をつけるとすれば、あんたのような若い子を見ると、死んだ娘を思い出していてもたってもいられなかったんだよ。娘は生きていれば、ちょうどあんたぐらいの年だ。死んでしまったあの子の分も、あんたのような人には生きて欲しい」
悲し気に言って、男は髭をなでる。リゼは冷めた目でそれを見つめた。
「……私が生きているのに、あなたの娘は死んだなんて、世の中不公平で、理不尽ね」
何気なくそう言うと、男は表情を曇らせ、うなだれた。悔恨の念を滲ませながら、男は独り言ちる。
「そうだ。何故あの子が死ななければならなかったのか……私ではなく……」
そう言った途端、男は本格的にすすり泣き始めた。涙と鼻水で顔を汚し、譫言のように「何故……何故……」と呟く。リゼは無表情のまま、すすり泣く男を見つめた。何かを考えるのも、感情を動かすのも億劫だ。しかし、そんな態度にも関わらず、男は涙を拭うと縋るようにリゼを見た。
「私は……私は、娘を殺したのだ……」
そして、男は語り始めた。




