~幕前~ 理不尽1
この世界は、何もかも
はらり。はらり。
天から舞い落ちる白い欠片が、静かに降り積もっていく。大地は真白に染まり、全てを冷たく閉ざしていく。降り注ぐ雪以外動くものは何一つなく、樹々ですら息を殺しじっと身を潜めている。常緑樹の暗い緑。黒々とした幹。それらを覆う六花の白。――そして、その中に埋もれかけた緋色が一つ。リゼ・ランフォードは糸杉の下で、降りしきる白に塗れていた。
どれほどの間、こうしてここにいたのだろう。俯いて座り込むリゼの頭部や肩、膝の上には、すっかり雪が積もっている。初めのうちは寒さを感じていたように思うのだが、今はもう何も感じない。硝子玉のような瞳に雪の大地を映しながら、少しずつ這い寄る白い闇に身を浸していく。
いつの間にか、四肢がバラバラになった女の死体は消えていた。首を裂かれた男の死体も、苦悶の表情を浮かべた老人の死体も。責めるように何度も現れた、いるはずのない者達。初めのうちは怯えていたけれど、そんな感情すらとうに凍り付いてしまった。だから、彼らも消えたのだろうか。
それと入れ替わるように、彼らがいた場所に一つの影が現れる。死体ではない。傷一つなく直立し、こちらを見ている。ゆるゆると視線を上げると、そこにはアイツがいた。
赤い瞳のアイツが目の前で嗤っていた。ニヤニヤと、嬉しそうに。
――ああ、やっぱり駄目なのかな。
でも、もう身体は動かない。アイツとは戦えない。そもそも勝てるわけがない……。歪む視界の中で、アイツはますます笑みを深くする。約束、守れなかった。後悔とも諦念ともつかぬ心境でそう呟くと、白い闇が速度を増して這い寄ってきた。
闇に飲まれながら、リゼは目を閉じる。堕ちる。堕ちる。堕ちていく。全てが終わる場所へ、深く、深く。
そして、最後に残った意識の一欠片が、闇に堕ちそうになった時。
鼓膜をつんざくような静寂の中に、物音が割り込んだ。
ざく。ざく。
閉じかけた意識が浮き上がる。雪を踏む音がだんだんと近付いてくる。それはあるところまで近づいたかと思うと、急に間隔が短くなった。無表情になったアイツの姿がふっと掻き消える。それと入れ替わるように、人影が視界に割り込んだ。
それを最後に、リゼは目を閉じた。




