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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
172/177

全ての人間が持つ力 15

 悪魔除けの調整のためにとシリルとゼノが退室した後、静かになった仮眠室の中で、リゼは小さく溜息をついた。

 重しを付けたような倦怠感が、身体に纏わりついている。魔力消耗による疲労が肉体にも及んでいるのだ。無論、あの悪魔除けに施された魔術式から、相当な魔力が必要であることは分かっていた。これぐらい疲れるのは予想の範囲内だし、少し休めばすぐに元に戻る。とはいえ、不快なものは不快だ。そしてその不快感を負ってでも、ああすればあの時を再現できるかと思ったが、そううまくは行かないらしい。

「リゼ。本当に大丈夫か?」

「大丈夫よ。何度も言わせないで」

 ベッドの傍らで心配そうな表情をしているアルベルトを見つめ返し、リゼは渋面を作る。むしろ面倒なことをしてでもあの時を再現しようとしたのに収獲なし。そっちの徒労感の方が堪える。……というのはやや大げさな表現ではあるが。

「あのね。あなたのその眼なら、私がどれぐらい魔力を消耗したか分かるんじゃないの? それなら、心配するほどじゃないって分かるはずよ」

「確かに魔力の消耗は命に関わるほどではないが、さっきからどこか上の空じゃないか。何か気になることでもあるのか?」

「……別に。何もないけど」

 アルベルトから視線を逸らし、リゼは窓の外を眺める。確証もないのに話す気にはならない。仮に話しても、魔術師でない彼には分からないだろうし。

「それよりあの悪魔除けはちゃんと作動してる? あなたの眼から見て」

 とにかく話題を逸らそうと、リゼは窓の外を指さした。悪魔除けが発動していることは気配で感じるが、実際、どういう風に働いているのかは少し気になる。最も、どういう風に働いているかを視ることが出来るのは、アルベルトだけだけれども。

「ああ。メリエ・セラス全体を結界が覆っている。ルルイリエと同じだ。あの街よりは力は弱いが」

 窓の外を見て、アルベルトはそう答える。なるほど。彼の眼にはそういう風に視えるらしい。シェリーヌも、よくもまあこんなものを創ったものだ。オルセイン式増幅魔術式は威力を増大させるだけで効果範囲を拡大するのは難しいのだと祖父は言っていたが――。そんなことを考えていると、不意にアルベルトが問いかけてきた。

「今日の悪魔除けのことといい、君はどうしてそんなことが出来るんだ? 悪魔除けが相性の問題だとしても、悪魔祓いの術のことは」

 頭の芯が重かった。思ったよりも思考が回らなかった。だからだろうか。聞き飽きた質問だと一蹴することなく、リゼはぼんやりと言葉を紡ぐ。

「前にも言ったけど、分からないのよ。何故こんなことができるか私にも分からない。私が知っているのは――方法だけ」

 悪魔祓いの術の使い方だけ。リゼはこの力があると知った時の祖父の言葉を思い出す。これは今は失われた古の秘術なのだと。この術を真に理解していたのは、この世でただ一人だけなのだと――。

「方法は分かるんだな」

 妙に力のこもった声に振り返ると、アルベルトがやけに真剣な表情でリゼを見ていることに気づいた。その鋭い眼差しに驚いていると、彼は強い口調でリゼに問いかける。

「どういう方法なんだ?」

「……え」

「教えてくれ」

 小言を言う時を除けば、彼にしては珍しい押しの強さだ。疲労でいささか精彩を欠いているリゼは、その勢いに飲まれるまま「方法」を口にする。

「どうって、万物のエネルギーを魔力で束ねて悪魔を攻撃するだけ。イメージと文言さえ間違えなければ簡単なことよ。魔術と同じ」

「魔術もそうやって使うのか」

「そうよ。あらゆる場所に宿るエネルギー……精霊の力を魔力で制御して、物質化するのが魔術よ。理屈はそれとい――」

 そこまで言ってしまってから、リゼははっと我に返った。何故馬鹿正直にこんなことを話しているのだろう。知ったからと言ってアルベルトが何か出来るとも、何かするとも思わないが、だからって教えなければならない理由もないのに。しかし、一度口に出してしまったことは取り消せない。これで万が一ティリーに知られてしまったら面倒なことになるなと、リゼは自分の発言を後悔した。「口外されたくない」と言えば、アルベルトは言わないでくれるだろうけど……

「アルベルト、今の話は――」

「ああ、言わないよ。ティリーには」

 即答されて、リゼは面食らいつつも安堵した。こういう察しがいいところは助かる。しかしリゼが安堵した次の瞬間、それよりも、とアルベルトは続けた。

「俺に魔術を教えて欲しい」

「……はあ!?」

 なに馬鹿なこと言ってるの!と、リゼは声を張り上げる。だが、アルベルトは一歩も譲るつもりもなさそうな真剣な瞳でリゼに迫った。

「君にばかり負担をかけさせる訳にはいかない。俺は、悪魔憑きを救う力が欲しいんだ」

 魔術と君の悪魔祓いの術、方法は同じなんだろう? そう言うアルベルトは本気も本気。これ以上ないくらい大真面目だ。熱意にあてられて少し後退すると、アルベルトはその分距離を詰めてきた。思わぬ展開に混乱しながらも、リゼはどうにか反論した。

「そんなこと、時間の無駄よ。あなた、魔力を測った時のこと忘れたの? 霊晶石を使うことすら難しい量だって、シェリーヌに言われたでしょう?」

 そうだ。アルベルトに魔力はない。あの時のあれは何だったんだというぐらいにない。そんな彼が魔術を学んだところで、水の一滴を具現化させることさえ出来ないだろう。だが、彼にとってそんなことは些事らしい。

「ああ、そうだろうな。でも精霊神の結界、悪魔を遮断できる悪魔除け――魔術や精霊は悪魔に抗する可能性がある。それを知ることは無駄じゃない」

「悪魔祓い師なのに?」

「悪魔祓い師だからこそ、だ」

 どういう理屈だ。そう思ったけれども、アルベルトがあまりに真剣なので言い返せない。それに熱意にあてられて後退しているうちにいつの間にか背後の壁へ張り付く格好になっていることに気づいて、リゼは溜息をついた。

「……熱意は理解したけどやっぱり時間の無駄だと思うわ」

 使えないものを学んで、一体どうするのだ。突き放すようにリゼはそう呟く。しかし、アルベルトは諦める様子はない。それなら、と彼は引くことなく言った。

「ならあの言葉だけでも教えて欲しい。君が術を使っている時に使う言葉だ」

「――精霊言語を?」

 魔術で使う、精霊に語り掛けるための特殊言語。精霊言語そのものはただの言葉なので、誰でも学べば読み書きは身につけられる。だが、

「言葉だけ覚えても魔術は使えないわよ」

「分かってる。でも、出来ることからやりたいんだ」

「大した熱意ね」

 どうしてそんなに必死なんだか。リゼは天井を仰いだ。悪魔祓いができないことなんか気にしなくていいって以前も言ったのに。リゼは再び溜息をついた。

「――精霊言語は魔術師の基礎科目よ。魔術師になる者はみんなこれを学ぶわ」

 天井を見たまま、リゼは言う。

「教本はいくらでもあるっていうことよ。私は教えられないけど、教本の紹介くらいならしてあげてもいい。言語の勉強ぐらい、あなたなら本で十分でしょう?」

 すると、アルベルトは驚いたように目を丸くしてから、嬉しそうに破顔した。彼はリゼの手を握り締めると、感激した様子で言う。

「ありがとう。リゼ」

 短いながらも感謝の念がこもった声音で言われ、リゼは居たたまれなくなる。本を見繕ってやると言っただけなのに、そんなシェリーヌのような喜び方をしないで欲しい。というかさっさとどいて欲しい。壁に張り付いた格好のまま、リゼは渋面を作る。痺れを切らしてまっすぐアルベルトを見つめ返すと、リゼは不機嫌さを隠さずに言った。

「ところで、さっさと離れて欲しいんだけど。近い」

「――! す、すまない!」

 どうやら無自覚だったらしい。アルベルトは飛ぶように身を引いて、リゼから距離を取る。何故そんなにあたふたしているのだろう。そういえば、少し前に眼を見ようとした時も挙動不審だったか。野営の時にやたら距離を置いて寝たがることといい、対人距離が広いのだろうけれど、その割に先程のように近づいてきたり躊躇いもなく抱きかかえたりするのだからよく分からない。

 やはり、アルベルトは変な奴だ。やたら動揺しているアルベルトを見ながら、リゼはそう結論付けたのだった。

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