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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
168/177

全ての人間が持つ力 11

「いらっしゃい。ここが私の工房よ」

 メリエ・セラス最大の悪魔除け工房を訪れたアルベルト達は、さっそくシェリーヌの工房に案内された。

 彼女の工房は様々な物が雑多に並ぶ、まさに文字通りの場所だった。様々な色の石、木材、金属、花、動物の毛皮や牙のようなものもある。机の上には、様々な工具と作りかけの首飾りのようなもの。周りには穴の開いたガラス玉や石が散らばっている。シェリーヌは奥に積まれた丸椅子を取り出すと、人数分部屋の中央に並べた。

「さて、悪魔除けに魔力を込めてもらう前に、ちょっとやってほしいことがあるの」

 そう言って、シェリーヌは水晶玉のようなものを取り出した。

「まずは一応魔力量を計らせてほしいの。これを持って」

 その水晶玉は、表面を取り巻くように帯状の紋様が彫り込まれていた。玉の内部には白い靄のようなものが渦巻いている。シェリーヌにそれを手渡され、リゼは水晶玉を握りしめた。すると、一呼吸するうちにそれは眩く光り輝いた。

「驚いたわ。まさかここまでなんて……!」

 眩しいほどの光を放つ水晶玉を見て、シェリーヌは感嘆する。どうやら水晶玉が輝くほど魔力が多いことを表しているらしい。興奮しているシェリーヌとは裏腹に、水晶玉を見つめるリゼの目は冷めたものだ。リゼの手の中で輝く水晶玉を見ながら、アルベルトは尋ねた。

「これは何を示しているんですか?」

「魔力量が――そうね、魔術師の平均の二倍はあるといったところね。こんなの初めてだわ! あなたどこ出身? 魔術院に行っているなら噂になっているはずだから、地方出身かしら」

「……アルヴィアよ」

「まあ、帝国の? ひょっとして北の方かしら?」

「……そんなところ」

「同胞が隠れ住んでいるとは聞いていたけど、あなたのような逸材がいるなんてね……!」

 テンションの高いシェリーヌとは裏腹に、リゼは若干眉間に皺を寄せて、水晶玉に視線を戻している。ティリーに対する時と同じように、うるさいと思っているのだろう。彼女は退屈そうに水晶玉を掌で転がすと、不意に顔を上げた。

「アルベルト」

 なんだ、と答えると、アルベルトの眼前に水晶玉が突き付けられた。有無を言わせぬ所作に、思わずそれを受け取ってしまう。すると、輝く水晶玉はたちまち光を失い、始めにあった白い靄さえもくすんで、薄い灰色に変わった。

「あら、そちらのあなたは魔術の才はないのね」

 水晶玉を見て、シェリーヌはそう言った。どうやら、これは魔力が少ないことを表しているらしい。水晶玉の中で渦巻く薄い靄を見つめながら、アルベルトは尋ねた。

「これだと、どのくらいになるんですか?」

「素質全くなしといったところね。このレベルだと霊晶石を使うのも大変でしょう?」

「ええ、まあ……」

 使ったことがないからわからないが、一先ず話を合わせておく。アルベルトの手の水晶玉を見ながら、ここまでないのも珍しいわねーとシェリーヌは呟いた。

「じゃあ確認は終わったから、本題に入るわね」

 そう言うと、シェリーヌは工具や作りかけの悪魔除けが散乱した机から、青い石のついたネックレスを取り上げた。青い石はどこか不思議な気配を帯びている。ただの石ではなく、霊晶石だろうか。シェリーヌはそれをリゼに手渡した。

「これに魔力を込めて欲しいの。出来るだけたくさんお願い」

 リゼはネックレスを受け取り、手の中に収めた。彼女は観察するように石を掌で転がした後、しっかりと握りしめる。それから、リゼは瞑想するように目を閉じた。

 リゼがしたことはただそれだけだった。しかしアルベルトの眼には、彼女から発せられる虹色の光が、石に向ってゆっくりと集束していく様が映っていた。

「しばらくかかるだろうから待ちましょう。あなた達はゆっくりしてね」

 シェリーヌに促されて、

「あの、少し、あのあたりの物を見てもいいですか?」

 シリルがそう申し出ると、シェリーヌは「危ないから置いてあるものに触らないようにしてね」とだけ注意して了承を出した。

 シリルと彼女に付き合ったゼノが棚のものを眺めている間、アルベルトはじっとリゼを見つめていた。虹色の光がゆっくりと流れていく。

「何か気になることでもあるの?」

 突然シェリーヌがそう尋ねてきた。我に返ったアルベルトは、「いえ、何も」と短く答える。すると、シェリーヌは破顔した。

「そうよねえ。これぐらいの魔力の流れなんて当人じゃないと分からないし。それとも、魔術師ではないあなたには、こういう行動は珍しいかしら」

「魔術師にとっては、これは当たり前の行為なのですか?」

「ええ。むしろこんな風に意識して行うことの方が少ないくらい当たり前のことよ」

 聖印に祈りを込めるようなものだろうか。思えば、魔術の原理はほとんど知らない。“精霊の力を借りて行使する”ということぐらいだ。それに、悪魔除けのことも。ティリーはミガー王国の文化や気候については教えてくれたが、魔術に関わることは簡単なことだけだったのだ。

「この街の悪魔除けは全てあなた方が創っているのですか?」

「そうよ。うちの工房製。知っての通り、メリエ・セラスは結界がないから悪魔除けは生命線。流通拠点であるこの街で、唯一生産されているものでもあるわ。あそこで作った悪魔除けをここにも卸しているの」

 自慢げに答えるシェリーヌの口ぶりからは、彼女がこの仕事に誇りを持っていることが窺えた。

「――でも、それを知らないということは、あなた、意外と田舎育ちなのかしら? それにしては物腰が洗練されているけど」

 シェリーヌの疑問に、アルベルトは笑みを浮かべて答えた。

「彼女と同郷なんです。ですからこちらのことには疎くて」

「そう。あなたもアルヴィアから来たのね。あの国では大変だったでしょう? 冷酷なマラーク教徒の連中ばっかりで」

「……」

 どう答えればいいか分からなくて、アルベルトは曖昧に笑う。そんなアルベルトの反応を、シェリーヌは辛い記憶を思い出したためと解釈したらしい。彼女は申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさいね。暗い話題はやめましょう。それより、他に何か訊きたいことある?」

 どうやらシェリーヌはお喋り好きのようだった。アルベルトは少し考えてから、ふと脳裏に浮かんだことを尋ねた。

「魔力とは何なのでしょうか?」

「それは難しい質問ね」

 そう言いつつ、シェリーヌは酷く楽しそうな笑みを浮かべた。

「一般には、人間の意志のエネルギーだと言われているわ。全ての人間が持ち、魂と肉体の狭間にあるもの。万象に宿る精霊に干渉できるもの。知と意志の結晶。人の持つ無形にして最大の武器。それが魔力よ」

「……抽象的な表現ですね」

「そうよ。魔力も精霊も、未知なことが多い。だからこそそれを解くのは面白いのよ」

 そう言うシェリーヌは楽しそうだ。なるほど確かに彼女は悪魔研究家らしい。ティリーと似ている。アルベルトは少し考えてから、質問を続けた。

「魔力量はどうやって決まるのでしょうか。例えば、アルヴィア人は魔力が少ない、とか……」

 そう問うと、シェリーヌはころころと笑った。

「あら、アルヴィア生まれなのを気にしてるの? 関係ないわ。隣を見てみなさい。アルヴィア生まれなのに恐ろしい魔力量の持ち主がいるでしょう?」

 アルベルトは隣――といってもかなり距離があるが――に座り、石に魔力を注いでいるリゼを見る。

「生まれた国と魔力量は関係ないの。ちなみに信仰心もね。親から子へ遺伝する傾向があることは分かっているけど、ほとんど個人差なのよ。非魔術師は誤解しがちなんだけどね。そう、例えば悪魔祓い師にだって魔力はあるのよ。かなり昔の文献に載っていることだけど」

「魔力が、ある……?」

「言ったでしょう? 魔力は全ての人間が持っていると。生まれは関係ないと。魔力とはそういうものよ。だって、意志も魂もない人間はいないんですもの」

 つまり、アルベルトの魔力量が少ないのは、悪魔祓い師だからではなく単なる個人差だということだ。その事実に、アルベルトは驚く。

「全ての人に魔力があるなら、使おうと思えば魔術を使えるということですか」

「そうよ。『魔術が使えない』というのは、効力が低すぎて使い物にならないという意味。ただ使うだけなら、誰にだって使えるわ」

 それならば。シェリーヌの言ったことを頭の中で反芻しながら、アルベルトは考える。それならば、実用に耐え得るかは別としても、悪魔祓い師が魔術を身に着けることだって出来るということではないか。

「なら魔力を――」

 そう言いかけてから、アルベルトは異変に気が付いた。

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