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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
166/177

全ての人間が持つ力 9

 昼食の席での一騒動の後、リゼ達はグリフィスの執務室へと向かった。

 王太子が使用する部屋だけあって、執務室は非常に立派なものだった。さすがにフロンダリアのものよりは劣るが、絨毯一つとっても客室と感触が違う。天井に描かれているのは一見ただの蔓植物模様だが、よく見ると悪魔除けのための文字や模様が多数仕込まれている。その天井の下で、執務机に座るグリフィスと傍らに控える眼光鋭い兵士、そして一人の女性がリゼ達を待っていた。

「悪魔研究家シェリーヌ・ディオン女史です」

 リゼ達が訪れてすぐ本題を切り出したグリフィスは、まず執務机の横に立っている女性を紹介した。三十代ぐらいと思われる女性は、朗らかな笑みを浮かべて礼をする。その彼女にまっさきに声を掛けたのは、リゼと共にグリフィスに呼ばれたシリルだった。

「こんにちは、シェリーヌさん。この間はお世話になりました」

 悪魔除けだらけで動きにくいのか身体をぎごちなく動かしながら、シリルはシェリーヌに礼を返す。なるほど、この女性がシリルの悪魔除けを創った人らしい。

「シェリーヌ女史は悪魔除けの専門家で、メリエ・セラスで最も優れた悪魔除け細工師です」

 グリフィスがそう紹介すると、シェリーヌは首を横に振った。

「殿下、私なんてまだまだです。フロンダリアの方々には遠く及びません。ですが、殿下より直接悪魔除け創りを拝命したからには、全力を尽くさせていただきます」

 シェリーヌは一礼すると、リゼの方を向いた。

「さて、あなたがリゼさんね?」

 リゼが頷くと、シェリーヌは説明を続けた。

「あなたを呼んだのは他でもない。悪魔除け創りを手伝って欲しいの」

「――何をすればいいの?」

「魔力の提供よ」

 シェリーヌは腕を組んだ。

「シリルちゃんの“憑依体質(ヴァス)”を封じ込めるためには、悪魔除けも相当強力に作る必要があるわ。今は数を増やすことで対応しているけど、強度と生活上の利便性を考えると、数は少なく強力なものを創る方がいい。そのために、出来るだけ多くの魔力が必要なの」

 材料の選定、組み合わせ、研磨、装飾、制御のための魔法陣の掘り込みと、作成のために必要な手順は多い。そして最後の仕上げが、完成した悪魔除けに魔力を注ぎ込んで、悪魔除けとして起動させること、なのだそうだ。強力な悪魔除けほど、必要な魔力量は多くなる。シェリーヌはそう語った。

「それで私を呼んだのね」

「殿下にご相談したらあなたを紹介されたのよ。最近殿下の魔術師部隊に配属になった、飛びぬけて魔力の高い優秀な魔術師だって」

 なるほど、そういうことになっているのか。リゼはしばし思案すると、同意の代わりに質問を返した。

「どこでやるの」

「メリエ・セラスの私の工房で。調整が必要だからシリルちゃんにも来てもらいたいわ」

 シェリーヌの提案に、少女は頷く。

「はい。分かりました」

「そういうことならオレも行くよ」

 シリルが行くなら護衛も必要だろうと、ゼノが手を挙げる。それを見たシリルは嬉しそうにゼノを見たが、彼は不自然なほど少女の視線に応えない。シリルは表情を曇らせると、静かに俯いた。

「では、リゼ殿。シリルさん。ゼノ殿が工房に向かわれるのですね」

 グリフィスがそう言って確認を取る。街の中の工房に行くだけだ。王太子直属の兵士も何人か護衛につくだろうから、本来ならこれで十分だろう。ただ――。リゼは少し考えてから、隣に座るアルベルトへ視線を移した。

「アルベルト、一緒に来て」

「――? ああ、わかった」

 突然話を振られて、アルベルトは困惑したらしい。怪訝そうな表情をしつつも、彼は首肯する。するとその隣で、勢いよく手が上がった。

「リゼ! わたくしも――」

「あなたはうるさいから来ないで」

 いつもの如くリゼに拒絶されて、ティリーは何でですのー!と抗議の声を上げる。しかし、リゼは当然のようにそれを無視する。必要なのはアルベルトだけだ。グリフィスの方を見ると、王太子は特に反対するような素振りは見えなかった。これなら面倒はないだろう。そう思ってシェリーヌに詳細を聞こうとした時、別の方向から横やりが入った。

「魔力の供給なら貴殿だけで十分のはずです。そちらの外出は許可できません」

 話がまとまりかけたところで口を挟んだのは、いつものグリフィス付きの兵士だった。またかとリゼは呆れつつ、剣呑な雰囲気の兵士を見る。悪魔祓いにアルベルトを連れていくと言ったときも、この兵士は反対してきた。聞くところによると、ゼノが退治屋同業者組合(ギルド)までアルベルトを連れていこうとした時も、強硬に反対したのだとか。よほどアルベルトに出歩いてほしくない――いいや、悪魔祓い師に自由にさせたくないのだろう。

「私とゼノだけじゃ護衛に不安があるわ。だから彼がいないと困るんだけど」

 兵士を睨み返しつつ文句をつけてみたが、彼は堅苦しく答える。

「我が部隊が警備につきます。そもそもメリエ・セラスの中を移動するだけなのに、それほど護衛が必要ですか?」

「必要よ。兵士なんていても役に立たないってフロンダリアで証明されてる」

「そこの方については手抜かりがあったことは違いありませんが、そのおっしゃりよう、我々を侮辱するおつもりですか」

「私は事実を言っただけだけど?」

 リゼは平然と兵士を煽るかのような口調で言った。嘘は言っていない。王太子の館なんて警護が整っていそうな場所でそうだったのだから。リゼは一歩も引かず、険しい表情の兵士を睨み返した。

「リアム・コードウェル一等兵。構いません」

 不意に、グリフィスが割って入った。思わぬ援護射撃に、リゼは瞠目する。兵士――リアムは表情を変えると、主に向き直った。

「しかし殿下……」

「リゼ殿がおっしゃる通りにしなさい。私としても、フロンダリアでのことは不手際があったと考えています。彼女が懸念するのも最もでしょう」

 王太子に諭されて、リアムは渋々と言った様子で引き下がる。グリフィスはそれを見やると、リゼに向かって言った。

「では、あなた方四人で工房に向かってください。あなたは不要と思われるかもしれませんが、護衛は付けさせて頂きます。よろしいですね?」

「――わかったわ」

 首肯すると、グリフィスは部下に出発の準備をするように命じる。シェリーヌは準備をするからと、一足先に工房に戻っていった。

 それから数時間後、リゼ達は用意された馬車で、メリエ・セラス悪魔除け工房へと向かったのだった。

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