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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
165/177

全ての人間が持つ力 8

 アルベルト・スターレンは変な奴だ。前を歩く青年の姿を見ながら、リゼは思った。

 アルベルトは変な奴だ。お人好しで、一生懸命で、小言が多くて、謙虚すぎる。十分役に立っているのに、もっと役に立ちたいなどと言う。更には褒め方が大袈裟だし、心配性だし、怒る時もあるけれど、基本ニコニコと笑っている。先程も馬車の中のやり取りの後、何故か微笑んでいた。特に笑うところはなかったと思うのだが。

「――どうした?」

 視線を感じたのか、アルベルトが振り返る。リゼは目を逸らして、別にと答える。そもそも、彼はどうして魔女に対してあんなに優しいのだろう。悪魔祓い師の癖に不可解だと、何千回と繰り返した疑問を胸中で囁く。不可解と言えば、同じアルヴィア人でやたら懐いているシリルもそうではあるが、彼女は直接悪魔を祓って助けたし、他に庇護者がいないのだから納得できなくもない。しかしアルベルトは助けたわけでもないし、(大変不本意ながら)助けられることが多いのに。

 もやもやしたものを抱えながらアルベルトを睨んでいると、彼は再び振り返る。リゼが視線を逸らすと、アルベルトは首を傾げつつも何も聞かずに前を向いた。

 そうこうしているうちに、二人は目的の部屋に辿り着いた。メリエ・セラス迎賓館最上階の客室。グリフィスから与えられた部屋だ。精緻な装飾が施された重厚な扉を開くと、二人は室内に足を踏み入れた。

「あら、おかえりなさいませ」

「おかえりなさい!」

 出迎えたのはティリーとシリルだ。近頃はゼノよりもティリーがシリルと一緒にいることが多い。というのも、悪魔祓いについてきたがるティリーをリゼは断固として拒否したため、今のところ彼女を留守番させることに成功しているからだった。ゼノがいないのはまた別件だが、そんなわけで時間のあるティリーはシリルの面倒を見ているのである。そのせいでティリーはことあるごとに恨み節を言うのが常なのだが、今日は珍しく大人しい。

「二人とも遅かったですわね。さ、昼食を用意しておきましたからどうぞお召し上がりになって。わたくし達は先に頂きましたから」

 ティリーが言う通り、テーブルには料理が二セット用意されている。盛り付けからして、迎賓館の料理人が用意したものではなくどこぞでテイクアウトしてきたもののようだ。湯気を立てている二つの料理を観察したリゼは、ティリーの方へ振り返った。

「……何を企んでるの?」

「企んでるだなんて人聞きが悪い。せっかくメリエ・セラスに来てるんですから、こういうものも楽しまないと勿体ないと思っただけですわ」

 この街は貿易港だけあって、ミガー各地から食料品が集まっている。港で働く船乗りや商人達、街を護る退治屋達に向けて多数の飲食店が開かれていることもあって、メリエ・セラスは多種多様な食事が楽しめることで有名らしい。多様と言っても労働者向けに手軽に食べられる庶民的な料理がほとんどで、高級食材や料理を堪能したいなら王都アフマルナールへ行け、とのことらしいが。

「楽しむ、ねえ」

 有名なんですのよ~と言うティリーに引っ張られるまま、リゼはテーブルにつく。アルベルトも招かれるままリゼの向かいに着席した。

「さあ、どうぞ」

 ティリーに促されて、リゼは渋々カトラリーを手に取った。目の前に置かれているのは、豆と野菜の煮物のようだ。初めて見る料理だが、まあ見た限り不審なところはない。匂いも普通だ。そんな風にリゼが料理を観察している間に、アルベルトは呑気に食事を開始している。あまり警戒しても仕方ないかと思って、リゼは仕方なく目の前の料理を口にした。

 程よく柔らかい豆を咀嚼すると、魚介の風味が口の中に広がった。出汁は魚介を使っているらしい。味はまあ悪くない。好みではないが美味しい。ティリーにしては平凡なチョイスに、リゼは内心驚いた。

「この街の名物料理ですわ。お口に合いましたかしら?」

「ああ。美味しいよ」

「それは良かったですわ」

 向かい側では、アルベルトとティリーがそんな風に会話している。そういえばアルベルトは何を食べているのだろう。リゼはアルベルトの前に置かれた皿に視線を移す。しばらくその料理を眺めていたリゼは、咀嚼し終わった豆を飲み込むと、思わず呟いた。

「……すごい色ね」

 赤い。シチューの親戚のようだが、とにかく赤い。野菜の色にしては鮮やかすぎる赤色を見ながら、リゼは問いかけた。

「なに、それ」

「肉と野菜の煮込みですわ。メリエ・セラスの定番料理ですのよ」

「美味しいの。それ」

「ああ」

 アルベルトはニコニコと微笑みながら料理を口にしている。すごい色をしているが、美味しいのか。じっと眺めていると、アルベルトは食事の手を止めた。

「食べてみるか?」

 スプーンを差し出されて、リゼは何げなくそれを受け取った、しばし迷ってから、スプーンの先端に少しだけ料理を取る。シチューのように粘度の高いそれを、恐る恐る舌に乗せた。

 思ったより美味しい、と感じられたのはほんの一瞬だった。

 一呼吸遅れて、焼けつくような痛みが口の中に広がった。予想外の刺激に、リゼはスプーンを取り落とす。銀のスプーンはテーブルの上を転がって甲高い音を立てた。

「リゼ!? 大丈夫か!?」

 テーブルに突っ伏して咳込んでいると、アルベルトの大いに慌てた声が聞こえた。彼も予想外の反応だったらしい。取返しのつかないことでもしてしまったかのような、沈痛な面持ちをしている。とにかく返事をしようとしたが、舌が痺れていてロクに声も出せない。とにかくこの痛みを鎮めたくて、差し出されたグラスをひったくると冷たい水を一息に飲み干した。

「…………からい…………」

 それでも収まらない痛みに顔を顰めながら、リゼは蚊の鳴くような声で囁いた。水を飲んでも口内の痛みは一向に収まらない。今度はシリルが差し出した新しいグラスをひったくり、零れるのも構わず飲み干したが、焼け石に水だった。

「大丈夫ですか……?」

 あんまり、と声にならない声で答えながら、リゼはけほけほと咳込んだ。世の中にはこんな恐ろしい食べ物があるのか。正気の沙汰とは思えない。やけっぱちになってそんなことを考えていると、横から呑気な声が聞こえてきた。

「普通はそうなりますわよねー」

 しれっと呟いたのはティリーだ。少しばかりリゼを憐れむような表情をしつつ、マイペースに食事を続けている。リゼは空になったグラスをシリルへ押し付けるように手渡すと、テーブルに勢いよく手をついてティリーへと迫った。

「……ティリー、こうなるのを分かってたのね?」

「い、いやですわね。そんなに怒らないでくださいませ」

 リゼの怒りを感じ取ったのか、ティリーは引き攣った表情でリゼを宥めようとする。しかし、リゼがそんな手に乗るはずもない。更に怒りを募らせてティリーに迫ろうとしたリゼを見て、慌てた様子でアルベルトが仲裁に入ろうとした。

「リゼ、落ち着いて。悪いのは安易に薦めた俺だ。本当にすまなかった。そんなに辛いとは気づかず――」

「あなたは黙ってて」

 ぴしゃりと言い放つと、アルベルトはおとなしく引き下がった。このお人好しに悪意なぞあるはずもないのだからどうでもいい。問題はティリー(こいつだ。何か企んでいると思ったら本当に企んでいやがった。アルベルトが割って入った隙を狙って逃げようとしていたティリーの腕を掴み、椅子に引きずり戻すと、再度問い詰めようとした。すると、

「ただいまー」

 どこかに出かけていたらしいゼノとキーネスが部屋へと入ってきた。リゼとティリーの険悪な雰囲気を見て取って、ゼノは目を丸くし、キーネスは眉間に皺を寄せている。何かあったのかとゼノがおずおずと尋ねると、アルベルトが一通り事情を説明した。

「……ローゼン。お前正気か?」

 一連の経緯を聞いた後、キーネスは呆れたように呟いた。同様に、ゼノも恐ろしいものでも見るような眼差しで、ティリーを見つめている。

「これ、メリエ・セラスでも有名な激辛料理を出す店の中でも、一番辛い料理なんだぜ……?」

 信じられない、とでも言いたげなゼノの表情からして、これはミガー国民でもきつい代物らしい。なんてものを食わせるのだと改めてティリーを睨むと、彼女は視線を逸らしつつしれっと言った。

「あら、わたくしは悪魔祓い師であるアルベルトにこの国の食文化をもっと知って欲しいと思って薦めただけですわ」

「嫌がらせだろう。罰ゲームに使われるような料理だぞ」

 キーネスにそう指摘されても、ティリーは涼しい顔をしている。明らかに故意にやってるだろうに、面の皮が厚い。いっそ氷漬けにしてやろうか……と半ば本気で考えていると、リゼの思考を察したらしいアルベルトが口を開いた。

「ティリーは俺のためにこの料理を勧めてくれたんだ。リゼに勧めたのは俺の落ち度だし、もう彼女を責めないでやってくれ」

 ようやく現れた味方に感激したのか、ティリーはきらきらした目でアルベルトを見つめている。このお人好し。リゼは呆れて溜息をついた。

「でも別に無理に食わなくていいんだぜ?」

 食べかけの激辛料理を指して、ゼノはアルベルトにそう言った。そう、罰ゲームで使われるような料理をわざわざ食べてやる必要はない。だというのに、アルベルトは爽やかな笑みを浮かべて、こんなことを言った。

「いや、美味しいよ。ありがとう。ティリー」

 なにを言ってるんだこいつは、と誰もが思った。感謝されたティリーですら、ひどく驚いた顔をしている。激辛だとか、罰ゲームだとか話していたのに、何を言っているのだろう。でもそういえば。リゼは料理を口にする前のことを思い出す。美味しいのかと尋ねて、彼は躊躇いもなく頷いていた……

「俺が言うのも何だが、お前、味覚がおかしいのか?」

 たまりかねたキーネスが恐る恐る尋ねると、

「……そうかもな」

 曖昧に笑って、アルベルトは激辛料理を一口食べた。表情も咀嚼のスピードも変わったところはなく、本当に美味しいと感じているらしい。やはり変な奴だ。リゼは嘆息すると、いつの間にかシリルが用意してくれた水を一息に飲み干した。

「……まあ、この話はいいとして、それより殿下から言付けを預かってきた。ランフォード。食事が済んだら執務室に来て欲しいそうだ。クロウも一緒にな」

 ようやく引いてきた口内の痛みに一息ついていると、キーネスがそんなことを言った。リゼは空になったグラスをテーブルに置きつつ、キーネスに問い返す。

「シリルも一緒? 何の用?」

「そいつの体質の封じ込めについてだ。手伝って欲しいことがあるらしい」

 何だろう。また新しい悪魔除けを創るのだろうか。思案しながら、リゼは自分の席へ戻る。そして、実は辛くないんじゃないかと疑って激辛料理を口にしたゼノがひいひい騒いでいるのを聞き流しながら、リゼはすっかり冷めてしまった自分の料理を食べ始めた。

 残念ながら、もう味はよくわからなかった。

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