全ての人間が持つ力 4
その後、模造剣を返却したゼノ達は迎賓館へ帰るべく訓練場の玄関へと足を向けた。
訓練の疲れで、身体に疲労感がまとわりついている。ちょっと頑張りすぎたらしい。重い足を動かしながら、ゼノは隣を歩くアルベルトを見る。同じだけ訓練したはずなのに、アルベルトに疲れた様子がないのは羨ま――いや、悔しいところだ。体力には自信があったのに。それも、アルベルトは最近忙しいようなのに、少し前に言った「今度手合わせしてくれ」という約束を律義に守ってくれているのだ。五歳からの付き合いなのに何かと冷たいキーネスとは全く違う丁寧さで却って申し訳なく思ってしまう。今度なんかお礼するべきか。などと考えつつ、ゼノはぼんやりと歩を進めた。
「そういやキーネス。カティナさんがおまえのことすごく心配してたぜ。ちゃんと連絡とってやれよ。唯一の家族なんだろ?」
ふと大事なことを思い出し、ゼノは目の前を歩くキーネスに話しかけた。すると振り向いた悪友は、胡乱げな視線を向けてくる。なんだその目つき。ゼノはむっとしつつ、話を続けた。
「おまえらがザウンに行った後、カティナさんがこっちに戻って来たから、その時にちょっと話したんだ。その時にここ半年なにがあったのか訊かれてさ。それで――」
「話したのか!?」
「えっ、うんまあ、問い詰められたから致し方なく……」
急に血相を変えた悪友に問われて、ゼノは驚きつつも頷いた。それを目にしたキーネスは、がっくりと肩を落とす。その様子があまりにも怯えたものに映ったせいか、アルベルトが耳打ちするように尋ねてきた。
「……前にも言ってたが、そんなにカティナさんは怖いのか?」
「まあ、そうだな……子供の頃、二人で裏山に登って遭難しかけたことがあるんだけど、見つけてくれたのがカティナさんで、キーネスと一緒に大目玉を食らったんだ。笑顔のまま理詰めでこんこんと怒られるのは、確かにめちゃくちゃ怖かったな……」
退治屋でもない子供が魔物に遭遇したらどうするつもりなのか。山に登るのに登山道具一つ持たなかったのは何故か。何故事前に登山計画を練らないのか。遭難した時の対処法を何故用意しないのか――といったことを、十歳の子供二人に長時間かけてひたすら問い続けたのだ。答えても穴があればひたすらそれを追及されるし、あれは恐怖だったとゼノはしみじみと思う。ゼノはその後さらに母親に泣きながら怒られたこともあって、今でも辛い思い出である。
アルベルトはゼノの話を神妙に聞いていたが、話が終わってしばらくすると、何かを考えるかのように宙を見据えた。
「そういえば、先日顔を合わせた時も思ったんだが、どうにもカティナさんとどこか別の場所で出会っている気がするんだ。きっと思いもかけない場所で……」
そう言って、アルベルトは首を傾げる。そんなにも気にかかるものだろうか。でも、そういうのは大体相場が決まっているのだと、ゼノは思った。
「そりゃおまえ、前世で会ったことがあるんじゃねーの?」
そう言うと、アルベルトは驚いたのか目を丸くした。迷信というか、言い伝えというか、とにかく根拠のないことではあるが、そんなに驚くことだっただろうか。と思っていると、アルベルトは首を傾げた。
「すまない。『ぜんせ』とはなんだ?」
「……えっ、知らねーの!?」
頭のよさそうなアルベルトが、子供でも知っているようなことを知らない?? 今度はゼノが驚き、目を丸くする。そうこうしていると、横から別の声が割り込んだ。
「前世というのは生まれ変わる前の人生のことだ」
そう答えたのはゼノではなく、ショックから立ち直ったらしいキーネスだった。悪友は何事もなかったような顔をして、淡々と説明を続ける。
「ミガー王国じゃ死んだ人間の魂は生まれ変わるってことになってる。それまでの人生のことは忘れて、新しい人間になるんだ。死んだら天国か地獄に行くアルヴィア帝国とは違う」
ああ、お国の違いだったのか。キーネスの説明にゼノは納得する。天国と地獄のことなら、さすがのゼノも聞いたことがある。死んだら神様の住処に行くか悪魔の巣窟に行くと信じられていたら、前世なんて知らないだろう。ゼノとしては、天国も地獄も御伽噺のようなものだと思っていたけれど。
「そういうもんかぁ。でも、死んだら天国か地獄に行くなら、生まれてくる人間の魂はどこから来るんだ?」
ゼノはそう言って、ふと頭に浮かんだ疑問をアルベルトにぶつけた。死んだ人間の魂が生まれ変わらないなら、そのうち生まれてくる人間の魂が足りなくなるではないか。一体どうしているのだろう。
「……そういえば、どこから来るのだろうか」
アルベルトは首を傾げて、悩むように呟く。
「そういえば、そういったことは教わらなかったな……しかし、やはり万物を創り給うた神が人の魂をも生み出しているんじゃないだろうか」
「ふーんそうなのか。でもそれだと、あの世にばかり魂がたまっていってバランス悪いよな」
「バランス……そうだな……天国も地獄も質量の概念はないだろうが、魂の数でいえば現世と比べて偏っていることに間違いない。ということは――」
アルベルトはぶつぶつと呟きながら、何やら熱心に思索を始める。すぐに答えが返ってくるかと思ったけれど、意外とそうではなかったようだ。考え込むアルベルトを横目に、ゼノは訓練場の玄関ホールへと足を踏み入れる。まだ人が少ないホールを横切り、訓練場の出口に近づいてきた時だった。
「そこのお兄さん。焼き菓子を買わないかい?」
声をかけてきたのは屋台の店主らしきおばさんだった。呼び込みか。訓練場の玄関ホールには、ここを利用する退治屋達に向けて商売をする飲食店がずらりと並んでいるのだ。その一つ、特徴的な緑の屋根を戴く屋台で、店主のおばさんは声を張り上げた。
「そこのイケメンのお兄さん。そう! あんただよ」
おばさんが指差しているのはアルベルトだ。指された当人は我に返った様子で周囲を見回したが、当然他に該当する人間はいない。しばらくして自分のことだと気付いたようで、困惑しつつも屋台の方へと足を運んだ。
「俺ですか?」
「そうだよ。お兄さん。焼き菓子を買わないかい? お安くしとくよ」
商品棚に並べられているのは、色とりどりにデコレーションされた焼き菓子だった。クッキー、マフィン、マドレーヌ、ケーキ。各種取り揃えられている。屋台の屋根を確認すると、今大人気の菓子屋の名前が書かれていた。どうやら支店のようだ。
「焼き菓子、ですか」
「焼き菓子なら何でもそろっているよ。好きなものはあるかい?」
「いえ、あまり食べないので……」
「そう? ならこの機会に是非どうぞ。それとも、彼女へのお土産にはどうだい? 今人気の商品はこれで――」
そこから、おばさんのセールストークが矢継ぎ早に繰り出された。まずいのに捕まった。ミガーの中でもメリエ・セラスの商人達は特に商魂たくましいのだ。こっちの流儀に慣れていないアルベルトは体のいいカモだろう。こうなると何か買うまで解放してくれないので、無視して帰るしかない。捕まってしまったアルベルトを救出しようと、ゼノは屋台に近づいた。しかし、ゼノが声を掛けようとしたその瞬間、商品を眺めていたアルベルトが不意に顔を上げた。
「女性に好まれるお菓子はどれでしょうか?」
購入の意志を感じさせる口調に、ゼノは肩を叩こうとしていた手を止めた。買っちゃうのか。彼女へのお土産にどうという文句に乗せられたのか。買うと決めたのなら、ゼノに止める権限はない。有名店なので大丈夫だとは思うが、万が一、法外な値段を吹っ掛けられた時は助けに入ろうと、ゼノは黙って買い物を見守ることにした。
アルベルトに問われておばさんが差し出したのは、小さなマフィンの詰め合わせだった。かなり可愛らしくデコレーションされていて、女性に好まれるのも頷ける。が、ああいうのはリゼの好みじゃなさそうだと、ゼノは正直に思った。ひょっとしたら意外と少女趣味的なところがある可能性もゼロではないかもしれないが、とかくイメージに合わない。
「彼女さん宛てだね。これでいいかい?」
「はい。あとはこちらも」
菓子屋のおばさんは見事な手際でマフィンをラッピングし、アルベルトは財布を開いて提示された額を支払う。菓子屋の店主は会計を済ませ、ラッピング済みの商品を手渡しながら言った。
「はい。ウチの自信作だからね。彼女さんも喜ぶと思うよ」
「ありがとうございます」
アルベルトは店主に丁寧に礼を言うと、マフィンの包みを持って戻ってきた。量が明らかに一人分ではないので、全員分買ったのだろう。律義だ。……というのは置いといて、買い物も終わったのでさあ帰ろうと思っていると、包みを見たキーネスが呟いた。
「……ランフォードへの土産か。ご機嫌取りも大変だな」
するとアルベルトは、
「いや? どちらかというとお詫びかな。最近負担をかけているから……」
と健気なことを言う。アルベルトだってリゼの面倒を見たり手伝ったりしているのだからお相子ではないだろうか。そうゼノは思うのだが、アルベルトはそうではないらしい。そんなことを考えていると、アルベルトは何か思い出したのか、不思議そうな表情をした。
「そういえば、あのお店の方はどうして女性の連れがいると分かったんだろうか」
「……え」
本気で不思議がっているアルベルトを見て、ゼノは目を丸くした。焼き菓子屋のおばさんは呼び込みのつもりで適当に言ったのだろうが、この場合の彼女は女性を指す代名詞じゃないと思うんだが。そうだよな?という同意を込めて隣のキーネスに視線を送ると、悪友は肩を竦め、放っておけと視線で返してくる。うまく説明できる気もしないので、結局ゼノも黙っていることにした。




