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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
160/177

全ての人間が持つ力 3

「でりゃああああ!」

 メリエ・セラスの退治屋同業者組合(ギルド)の訓練場に気合の入った声が響き渡った。

 声の主は、愛用の大剣によく似た模造剣を握るゼノだ。ゼノは大上段に構えたそれを勢いよく振り下ろす。模造剣は空を斬り、切っ先が鈍い音と共に地面にぶつかった。少量の砂塵が舞い、弾かれた小石が飛んでいく。ゼノはすぐさま体勢を立て直し、再び剣を振り上げた。一歩踏み込んで剣を横に薙ぐと、鈍い音を立てて相手の剣とぶつかる。鍔迫り合いなら負けない、と思ったものの、剣は対戦者――アルベルトによって、あっさりと受け流されてしまった。

 ゼノは体勢を崩しかけたが、何とか持ち直して素早く距離を取った。アルベルトからの追撃はない。先程の位置から動かず、剣を構えたままだ。じりじりと間合いを図ったが、向こうから打ち込んでくる様子もない。しばし相手と睨みあったゼノは、意を決してアルベルトに斬りかかった。

 金属音が高らかに響き渡る。二撃、三撃と加えたが、どれも受け流されるか避けられる。だが真正面から攻撃を受けようとしないのは、やはり力比べだと分が悪いからだろうか。ゼノは剣を振り上げると、懇親の力を込めた一撃を繰り出した。

 案の定、アルベルトはその一撃を受けることなく、間合いを取って回避した。歩数にして一歩分の距離が二人の間に開く。ゼノは素早くその間合いを詰めると、地面に突き立てた模造剣を軸に一回転して蹴撃を放った。

 さすがに予想外だったのだろうか。アルベルトは蹴撃を左腕で受け止めたが、衝撃を殺しきれずによろめく。今だ! ゼノはすぐさま方向転換し、がら空きになった背中に向って剣を振り抜く。勝った! ――と確信したのもつかの間だった。

 模造剣が相手を捉える直前、アルベルトの姿が視界から消え失せた。剣はあえなく空を斬り、勢いでゼノはたたらを踏む。崩れた体勢を整え直す間もなく、横手から襲来した影に強烈な一撃を叩きこまれた。

 衝撃で模造剣が手からすっぱ抜け、弧を描いて飛んでいく。丸腰になったゼノの眼前に、ひたりともう一本の模造剣の切っ先が突き付けられる。思わず両手を上げると、「そこまで」という声が割って入ってきた。

「あーまた負けたー!」

 そう言うと、ゼノは地面に座り込んだ。小休憩を挟んだのみで三戦ほど戦ったので、さすがに疲れたのだ。そのままへたり込んでいると、ゼノとは打って変わってそれほど疲れた様子のないアルベルトが言った。

「ゼノ、大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫」

 腕(剣を弾き飛ばされた時の反動)とか背中(一戦前に叩き伏せられた時に打った)とかは痛いが、こんなのは仕事中よくあることだ。むしろ訓練なので、大した痛みではない。そのまま一息ついていると、背後から声が飛んできた。

「これで零勝三十六敗か。見事だな」

 淡々とそう言ったのはキーネスだ。十五年来の付き合いの悪友は容赦なく敗北回数を指摘してくる。だが仕方がないではないか。全然勝てないんだもの。

「キーネス。見てばっかいないで今度はおまえが戦えよ」

「俺が戦ってもスターレンに勝てるわけがないだろう。俺の得意分野は攪乱だ。一対一は向いてない」

 オレばっかり負けているのは不公平。ゼノはそう思ったのに、キーネスはあっさりと勝てないことを認めて戦おうとしない。酷い。一回ぐらいぐうの音が出ないぐらい叩きのめされればいいのに。こういうことには絶対に乗ってくれない悪友を見ながら、ゼノは心の中で難癖じみた文句をつけた。

「はあ~強くなりてえな~!」

 服が土で汚れるもの構わず(最もすでに土まみれではあるのだが)ゼノは地面に大の字になって横たわる。それを見ていたアルベルトは、少しだけ笑って呟いた。

「確かに……もっと強くなりたいな」

 その穏やかな声音に滲む切実なものを感じて、ゼノは起き上がった。

「おまえはもう十分強いだろ」

 しかし、アルベルトは首を横に振る。

「いや、俺より強い人なんてたくさんいる。例えば養父上(ちちうえ)は剣術一つとっても、俺より段違いに強い。何度か稽古をつけてもらったが、今まで勝ったことがない」

「ひえー」

 なるほど世界は広い。むろんゼノだって、手練れの退治屋の話はいくらでも知っているが、実際に手合わせした相手が言っていることだと実感の度合いが違う。それだけの手練れに指導されたのだから、そりゃあアルベルトは強いだろうし、上には上がいるということも知っているわけだ。そんなことをつらつら考えて納得したゼノは、ようやく身体を起こして髪についた砂を払った。

「――養父上、か。お前の養父はさぞ立派な人物なんだろうな」

 不意にそう言ったのはキーネスだった。少し含みのある言い方に、ゼノは悪友の顔をまじまじと見つめる。一方、言われた側のアルベルトは静かに答えた。

「知っているのか」

「宣伝されてるわけじゃないから一般人は知らないだけで、別に隠されていることではないだろう?」

「まあな」

「何の話だ?」

 ゼノは疑問を投げかけたが、キーネスは答えることなくアルベルトに視線を寄越す。意味深な視線に、ゼノは眉をひそめた。

「おまえなあ。そういう『俺は何でも知ってるんだぜふふん』みたいな態度やめろって」

「お前に比べたらなんでも知ってるのは事実だろう。知りたいなら言っても構わんが、情報料をもらうぞ。特別に二万コルドでいい」

「だから親友から金取るなよ! てか高い!」

「阿呆。親友だろうがしかるべき対価を払え。むしろ特別に割引してやってるんだから感謝しろ」

「それはそうか。……いやそういう問題じゃなくてだな!」

 一瞬納得しかけた(しかるべき対価を払えという話は納得した)が、問題はそこではない。大事なことを一人だけ教えてもらえないことだ。全くこいつは。涼しい顔をしている悪友を睨んでいると、アルベルトが静かに言った。

「ゼノ、何も言わなくてすまない。別に大したことじゃないんだ。ただ――」

「あー! あれだぜ!? 言いたくないことを無理に言わなくていいんだぜ!? オレが問題にしてるのはこいつの態度だけだからな!」

 キーネスに人差し指を突きつけ、ゼノは力強く言う。アルベルトは二人を交互に見ると、困ったように笑った。

「そうか。すまない。気を使わせて」

「使ってない使ってない。気にすんな。……でも、そんなに知られたくないことなのか? 親父さんのことって。自慢できないような親とか?」

 何気なくゼノは呟く。でも剣術の腕は自分より上だと語っている時のアルベルトの口調はとてもそんな風ではなかった。するとアルベルトは、首を横に振った。

「まさか。養父上は俺なんかよりずっと立派な方だよ。――ただ、リゼには知られたくない」

 複雑な表情を浮かべて、アルベルトは言う。なるほど。全然分からないけど分かった。そう考えて、ゼノはそれ以上なにも聞かないことにした。

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