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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
158/177

全ての人間が持つ力 1

 もしその力があるならば

 いつもの時間だ。

 目を覚ましたアルベルト・スターレンは、祈りの時間が近づいてきたことを感じてベッドから降りた。隣のベッドではゼノ、その隣のベッドではキーネスがぐっすり眠っている。寝室は真っ暗で、まだ陽の光は射してはいない。アルベルトは物音を立てないよう慎重に扉を開くと、隣のリビングへと移った。

 誰もいないリビングから窓の外を眺めると、東の水平線がわずかに白み始めているのが見て取れた。手前に広がるメリエ・セラスの街は、所々オレンジ色の光が灯っている。霊晶石の照明だろう。店が集まっている大通りなどは、まだ早い時間だというのに道沿いに複数の明かりが灯っている。白く染まりつつある水平線と、街に灯る生き生きとした明かり。それとは対照的に、空は黒く蠢いていた。

 空を埋め尽くす悪魔の群れは、今日もメリエ・セラスの上をふらふらと彷徨っている。貿易港であり、人口も多く、かつ結界のないこの街の誰かに取り憑こうと、虎視眈々と狙っている。すぐに手を出さないのは、弱いとはいえ街の人々を護る別の力があるためか。明かりの下で行きかう人々をしばし眺めてから、アルベルトはリビングの中央へと戻った。

 暗い部屋の中央で、アルベルトは跪いた。目の前にロザリオを置き、聖水を入れた瓶を並べる。準備を終えたところで手を組み、頭を垂れると、アルベルトは祈りを唱え始めた。

「神よ。我に祝福を。我が祈りに耳を傾け給え。我が道を光で照らし、我が魂を導き給え。我が務めを為しえるよう力を与え給え」

 祈りは静寂の中で細やかながら谺する。

「神よ。彼の者に赦しを与え給え。安らぎを与え給え。彼の者が犯した過ちを清め給え。驕りから引き離し給え。真実を与え、光を与え、無垢なる者と成らせ給え。彼の者に救う邪悪を打ち祓う力を与え給え。光満ち、穢れなく、正しき道を歩ませ給え。

 神の名において汝に命ずる。彼の者は神の使徒、神のしもべ、神の子羊。その魂は光の内にあり、神に属するものである。

 彼の者を離れ、汝が出し深淵へ還れ。我は神の名において汝を砕き、汝を裁き、汝を打ち砕く。災いを齎すものよ。神の聖なる炎に焼かれ、灰燼と化せ」

 延々と文言を唱え、終着まで辿り着いたらまた冒頭へと舞い戻る。悪魔祓い師の祓魔の儀式はこれの繰り返した。悪魔を祓えるまで、気力の続く限り。だが二周目も半ばに差し掛かったところで、急激に身体の力が抜けて行くような感覚に襲われた。

「――っ」

 襲い来る疲労感に、言葉が詰まりそうになる。辛うじて祈りを唱え続けたものの、ロザリオや聖印に灯った光は急速に失われていった。どれほど集中しても、光が強まることはない。やがて聖なる光が完全に消え去ってしまうと、アルベルトは祈りを中断して溜息をついた。

「……駄目、か」

 額に浮かんだ脂汗をぬぐい、乱れた息を整える。形式だけの練習でさえ、いつもここで力尽きてしまう。祓魔の秘蹟は元より長丁場なのに、この程度で力尽きていたのでは悪魔など到底祓えない。

「――情けない」

 リゼとは違って、悪魔祓い師の祓魔の儀式は一人では達成できない。よほど優れた、それこそ悪魔祓い師の長やその直属の補佐でもない限り、複数人の悪魔祓い師と聖水などの聖具、長時間の祈りによって為される。しかしそれを差し引いても、アルベルトの祓魔の力は低い。略式で形だけの練習なら、二周をきちんと終えられるのが普通だ。悪魔と戦うだけなら十分だし、不足は剣術の腕とこの〝眼”で補えるが、祓魔の術を行使するには明らかに力不足だ。アルベルトはそのことが悔しくてならなかった。

「我らが主。偉大なる神よ。迷える貴方のしもべに道をお示しください」

 無力感に苛まれながら、アルベルトは神に祈りを捧げる。その姿を、窓から射す光が照らし出す。地平と水平の間から顔を覗かせた朝日は、アルベルトの前に真っ直ぐな光を投げ掛けた。

 その光は、夜の闇が満ちる街を照らしたが、進むべき道を示してはくれなかった。

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