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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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襲撃 14

 リゼが魔術を操るのを視界に捉えながら、アルベルトは砂を蹴って“巨人”の周囲を移動した。

 蒼い煌めきがリゼの前で踊っている。それは氷の刃となり、“巨人”の頭部へと奔っていく。それは“巨人”の目を貫き、凍り付かせた。響き渡る“巨人”の咆哮。しかし魔術は“巨人”の弱点まで届いていない。アルベルトはその眼で、要の位置を正確に捉える。要がある場所は頭部上方の奥深く。人間でいうと脳の真ん中に当たる位置だ。もしそこまで攻撃が届いたとしても、先程のように身体を変形させて避けられてしまう。要を捉えることができるのは、奴が攻撃を避けた直後の一瞬だけ。

 “巨人”から、次々と黒い腕が伸びる。その狙いは魔術を唱えるリゼだ。彼女は魔物の攻撃を紙一重で避けながら、たゆまず魔術を紡いでいる。急がなければ。囮役なんて危険なこと、一刻でも早くやめられるように。 アルベルトは地面を蹴って“巨人”へと肉薄する。そして突っ込んだ勢いのまま、“巨人”の胴に剣を突き立てた。

 祈りの力を注ぎ込むと、地を震わすような咆哮と共に剣の周りの黒い肉が弾けとんだ。“巨人”の肉体は次々に浄化され、細かい塵に還っていく。飛び散る魔物の残骸を見つつ、さらに魔物を滅してしまおうとアルベルトは剣を握る手に力を込めた。

 だがほどなくして、不意に肉体の浄化が止まった。

 不意に“巨人”の肉体から飛び出した無数の腕がまるで抱き締めるようにアルベルトの身体を捕らえた。鋭い爪が皮膚に食い込み、血が滴り落ちる。腕は万力のような力でアルベルトを締め上げ、圧迫された腕が痺れるように痛んだ。再生が速い。祈りを唱えると、聖なる光が腕を蹴散らしていく。それらが再生する前に、アルベルトは“巨人”に向かって跳躍した。

 犇めく無数の腕を掻い潜り、“巨人”の腕の一つに降り立つ。“巨人”の身体は柔らかく、気を抜くと脚を捉えられてしまいそうだ。そうやって取り込まれてしまう前に、アルベルトは“巨人”の体表を駆け上がる。“巨人”の二の腕まで達したところで、下方から飛んできた魔術が“巨人”の顔面を凍り付かせた。

 耳障りな叫び声が上がる。“巨人”の顔を覆う氷が、咆哮に押されて崩れていく。だが間髪入れず、巨大な氷槍が“巨人”の頭部に向かって飛来した。それを避けようと、“巨人”の頭部がぐにゃりと曲がる。要の魔物は二つに割れた頭の左側。その奥底の方に逃げていた。

 “巨人”は魔物を寄せ集めて出来ている。ならその繋がりを絶てばこの巨体を維持できなくなるはずだ。狙うのは魔物を引き合わせている“巨人”の要。力の流れが集結しているところ。

「そこだ!」

 アルベルトはありったけの祈りを聖印と剣に込めると、その“眼”で探し出した一点に刃を突き立てた。

『神よ、我に祝福を。汝は我が盾、我が剣なり。その栄光は世々に限りなく、あまねく地を照らす。至尊なる神よ。その御手もて悪しきものに断罪を!』

 閃光と耳障りな断末魔が乾いた空気を震わせた。祈りの力は“巨人”の悪魔を打ち砕き、塵へと返していく。要を砕かれて“巨人”は再生が止まり、傷口が崩壊し始めた。

 どす黒い肉の塊がぼとぼとと落ちていく。“巨人”の身体は泥のように崩れ、ただの肉塊になっていく。それでも滅しきれなかった悪魔が悪魔憑き達に向かって腕を伸ばしたが、アルベルトの剣がそれを断ち切った。

「悪しきものよ。滅せよ」

 白光。祈りの力は悪魔を断ち切り、“巨人”は完全にその形を失った。黒い巨体は崩れ去り、黒い山が築かれる。しかし“巨人”を構成していた“番犬”達の幾匹かは祈りの力から逃れ、しぶとく生き残っている。“番犬”達は怒りに満ちた咆哮を上げると、アルベルトに向かって襲い掛かった。迫りくる魔物に応戦しようと、アルベルトは振り返る。そして、

 “番犬”はアルベルトの元にたどり着く前に、光に貫かれて完全に浄化された。悪魔は塵に還り、魔物はただの肉塊と化す。魔物の残骸の向こうには、レイピアを構えたリゼが立っていた。

「無事みたいね」

 強力な光を纏いながら、リゼは悠然と歩いてきた。光は次第に収束し、やがて完全に収まる。だがその源たる彼女の魂は、光が消えた後も陽光の如く輝いていた。

「ありがとう。リゼ」

「……なんで礼なんて言うのよ。お互い出来ることをやっただけでしょ」

「最後助けてくれただろう。あれがなかったら危なかった」

「まさか。つい手を出しちゃったけど、あなたの反射神経なら手助けなんていらなかったでしょう」

「そうかな」

「そうよ」

 リゼは呆れたようにため息をついてから、“巨人”がいた方向へ視線を向けた。今や“巨人”は一握りの魔物の群れと化し、グリフィス率いる兵士達に討ち取られていく。ティリー達の方も一段落しつつあるようだ。そして悪魔憑き達は、氷壁に囲われた中で苦しげに呻いていた。

「まあいいわ。これでようやく悪魔憑きを浄化できる」

 澄み切った風がリゼの周りから溢れ出した。足元には魔法陣がプリズムのごとく輝き、光が放たれる。光の帯は悪魔憑き達の元へと流れ、彼らを包み込んだ。その湧出点で、彼女は歌うように言葉を紡ぎ始めた。

 言葉が紡がれるたび、魔法陣の輝きが強くなる。リゼの声は清かに響き渡り、力強く温かくこの場を満たしていく。だが、スミルナの時と違って、その言葉の意味は全く分からなかった。あの時は意味が理解できたのに何故? それとも、あの時と同じように彼女に触れればこの言葉が分かるのだろうか。

 目の前に広がる、荒々しく力強く、優しく温かい力。虹色に彩られた美しい光。それを纏うリゼは言い表せないほど神々しい。そんな彼女に触れることはためらわれて、アルベルトは伸ばしかけた手を下した。その時悪魔祓いの術が完成し、光の奔流が悪魔憑き達を満たしていく。人の身を離れた数々の悪魔が、展開された浄化の光に当てられて消滅していく。凄まじい破邪の力。唯一無二の七色の光。悪魔を打ち祓う姿はまるで、まるで本物の“救世主”のような――

「リゼ、君は――」

 光が消えた。全ての悪魔が浄化され、靄がかかっていた砂漠の空に澄み切った青が戻る。浄化の光の名残を纏いながら、リゼはゆっくりと振り向いた。

「本当に“救世主”なのか?」

 放たれた疑問に、リゼの瞳が揺らいだ。それは動揺? それとも同じ問いが繰り返されることへの呆れ? リゼは蒼い瞳を見開いたまま、じっと立ち竦んでいる。彼女は何かに耐えるように拳を握りしめると、視線を地に落とした。

「私は――」

 言葉はそこで途切れる。まるで、喋り方を忘れてしまったかのように。いつもなら間髪入れず否定するのに、何故そうしない? 一体何を迷っている? 

 いつものように否定できない理由は、一体なんだ?

 ――リゼさんはやっぱり、本物の“救世主”なんですか?

 はっきりと否定できない理由があるんじゃないのか?

「リゼ――」

 けれど、続く問いがアルベルトの口から発せられることはなかった。割って入るように聞こえたどよめきが、アルベルトの注意を引き付けたからだ。はっとして振り向くと、そこにいるのはたくさんの人々。どよめきはそこから発生している。

「今のは――」

「悪魔の声が消えた……!?」

「一体今まで何を――」

「光だ。光に包まれて――」

「何ともない。なんで……」

「あの人が光を――」

「まさか。そんなことができるのは――」

 意識を取り戻した町人の何人かが、口々に囁き合っている。それだけではない。建物の間からこちらを見ているのは、魔物討伐を終えたと思われる退治屋達だった。驚きを持って奏でられる声の主達は、次第に視線を一か所に集め始める。すなわち、リゼの方を。

「退治屋達が一体いつの間に――」

 予定通り魔物討伐をしていたなら、こんなところまで来る余裕はないはずなのに。困惑しつつ建物の間を埋める人の群れを見つめていると、建物の陰から現れる人影があった。武器を携えた兵士の一団。先頭に立つのは鮮やかな赤毛の男。グリフィス率いるミガーの兵士達だ。さすがに砂漠で鎧を身に付けることはしなかったらしい。赤い軍服が砂地に整然と並ぶ。先導する王太子は兵に元・悪魔憑き達の保護を命ずると、真っすぐこちらへ歩んできた。

「王太子。早かったのね」

「ええ。間に合ってよかった」

 そう言って、グリフィスは微笑む。魔物掃討作戦を実施していたはずの退治屋達がここに来たのは、王太子の部隊が加勢したためだったのか。そして、ベルテにリゼ達のことを聞いたか、“巨人”に気づいたかで、ここまでやってきた――

「リゼ殿。さあこちらへ。ここにいては騒ぎになります」

 あとは我々にお任せください。王太子はそう言って、リゼを手招きする。

「今ここで貴女の力が知れれば、混乱の元になります。そうなる前に早く」

 先程まで魔物の咆哮で溢れていたオアシスは、今や人々の囁き声で満たされつつあった。誰もかれもが今しがた起きた奇跡について口々に話し合っている。一体あれはなんだ。悪魔憑きだったはずなのに。悪魔祓いか。そんなことありえない。だってそれは――。退治屋達が来たせいで、喧噪は加速度的に大きくなっていく。このままではグリフィスの言う通り、大きな騒ぎになるだろう。

「リゼ、行こう」

 アルベルトは振り返ると、眉を顰めているリゼに言った。

「――ええ」

 リゼは頷いて、グリフィスへと近づいた。王太子の後ろでは、兵士達が救助もかねて、元悪魔憑き達がこちらに近づかないよう壁を作っている。リゼはそちらの方を一瞥した後、グリフィスの促すままに歩き始めた。そのあとを、アルベルトも続く。

 ――答えを聞き損ねたな。

 グリフィスに連れられ、オアシスを離れるリゼの後ろ姿を追いながら、アルベルトは答えを得られなかった問いを噛み締めた。

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