襲撃 13
やはり奴は悪魔憑きを狙っているらしい。リゼはレイピアを引き、刺突の体勢を取る。繰り出したレイピアの先からは浄化の力を含んだ風が溢れ、無数の腕を切り刻んだ。だが全てを蹴散らすことは出来ず、取りこぼした腕が氷壁へと到達する。壁を破ろうとする“巨人”の腕。その一団を氷壁の前に滑り込んだアルベルトが斬り裂いた。
“巨人”の咆哮と悪魔憑きの喚き声が不協和音を奏でる。互いに呼び合っているのだろうか。氷壁の向こうで、悪魔憑きが自由を求めるように壁を叩いている。あまり暴れられるとまずい。脆い人の身では悪魔の膂力に耐えきれず、壁をよりも先に悪魔憑きの身体の方が壊れてしまう。先に悪魔憑きを癒すか? いいや、“巨人”の腕が邪魔で術に集中するのは無理そうだ。やはり先に“巨人”を仕留めるしかない――
「リゼ!」
呼び止められて振り返ると、這いまわる腕を斬り捨てたアルベルトがこちらに近づいてくるところだった。リゼは前方の敵を斬り払うと、後退して彼の元へ向かう。しつこく追ってきた腕を氷槍で串刺しにし、氷壁の方へと走った。
「奴の弱点が視えた。額の中心だ」
「額?」
アルベルトと合流し、背中合わせで腕と対峙しながら、リゼは尋ね返す。
「力の流れが澱んでいる。あれがあの魔物の要だ。それを叩けば」
「一気に浄化できるってわけね」
そういえばスミルナの“巨人”も額を攻撃することで倒すことができた。ここの“巨人”も同じということか。リゼはレイピアを構え、そこに魔力を込めた。
「ああ、でもそのためには――リゼ!? ちょっと待ってくれ!」
アルベルトの静止も聞かず、リゼはすぐさま空中へ飛び出した。風の魔術で身体を押し上げ、悪魔憑きを狙う“巨人”の腕を蹴散らしながら、胸部に当たる高さまで飛び上がる。“巨人”の複眼のような目がぎょろりと動く。リゼは氷の槍を創り出すと、眉間に向かってそれを見舞おうとした。
しかし、飛び出した氷槍は“巨人”を捉えることなく空を切った。氷槍が眉間に迫った瞬間、“巨人”の頭部がぱっくりと割れたのだ。氷の槍は“巨人”を捉えることなく空中を飛んでいく。再び魔術を放とうとしたが、リゼが詠唱を終える前に、左右に分かれた“巨人”の頭部から大量の腕が飛び出してきた。襲い掛かってくる腕を薙ぎ払うも、それはしつこく追ってくる。更にはリゼだけでなく、悪魔憑きを守る氷壁をも狙っている。リゼは落下しながら、魔術を完成させた。
「鬱陶しい!」
氷雪が煌めく“巨人”の腕が凍り付く。だがその後ろから新たな腕が襲ってくる。体勢を整えきれないうちに捌ききれない数の腕が押し寄せてきて、リゼは跳ね飛ばされた。宙を回転しながら、リゼは落ちていく。途中で何とか体勢を立て直し、地面に叩きつけられることだけは回避したが、反撃に移るまでには至らない。砂地に膝をついて顔を上げると、“巨人”の腕がすぐそこまで迫り――次の瞬間銀色の軌跡がそれを断ち斬った。
「だから待ってくれと言ったんだ。あれは魔物の集合体だ。むやみに攻撃しても避けられる」
“巨人”から目を離さぬまま、アルベルトは咎めるように言った。次の瞬間、彼の前に躍り出た腕が切断されてべちゃりと地面に転がる。リゼも振り向くと、右手から近づく腕を魔術で吹き飛ばした。
「避けられる可能性ぐらい考えてたわ。あいつの出方を探る必要があると思ったのよ」
腕の束が上空から襲い掛かってくる。リゼとアルベルトは各々前方に飛び、迫り来る腕の束を避けた。リゼは氷刃を生み出して氷壁に向かって伸びる“巨人”の腕を蹴散らし、アルベルトは流れるような剣閃で斬り払う。
「で、待てと言うからには手があるのかしら?」
「ああ」
リゼが問いかけると、アルベルトは振り返らずに答えた。
「俺が囮になって隙を作る。あの魔物の変形スピードはそれほど速くない。避けるのも限界があるはずだ。そこを狙ってくれ」
「なるほど。単純な作戦ね」
それしか手はなさそうだ。魔術でまとめて氷漬けにすることもできるが、あの自在な形態変化を見るに内部へ逃げられてしまうのがオチだろう。問題は要の魔物。見た目にこれといった特徴はないようだ。力の流れが澱んでいる場所と言われても、リゼではその位置を特定できない。
正確な位置を捉えられないなら、囮作戦に意味はない。
「でもそれじゃ駄目」
そう言うと、アルベルトが驚いたのかこちらを振り返った。
「囮になるのは私よ。あなたじゃない」
「……! しかし……!」
「私じゃ弱点の位置が正確に分からない。だからってあなたの指示を待ってたんじゃ時間がかかるわ。だったら!」
レイピアを振るうと“巨人”の黒い腕がざっくりと裂けた。体液で濡れた切断面を揺らめかせながら、腕はすっと離れていく。
「私が囮。あなたが攻撃の方が確実でしょう」
そう。リゼには視えない。叩くべき弱点がどこにあるか分からない。そんな状態なのに視えるアルベルトが囮なのは得策ではない。
「それはそうだが――」
「魔力の消耗なら気にしないで。普通の魔術くらいで早々倒れたりしないって前にも言ったでしょう」
「……そうだな」
強い口調で言うと、沈黙の後にアルベルトは首肯した。渋々といった様子だったがそれは無視する。リゼは咆哮する“巨人”を見上げると、砂を蹴って魔物の前に躍り出た。
呟くように詠唱すると、周囲に魔力の風が巻き起こる。檻のように張り巡らされた腕をその風で斬り払い、再び“巨人”の頭部に向けて魔力を奔らせた。たくさんの魔物の頭部が集まった、複眼の如き“巨人”の目。それに向かってレイピアを振り、氷の嵐を呼び起こす。氷刃は血走った魔物の目を貫き、凍り付かせた。
“巨人”の喉から鼓膜が破れそうなほどの啼き声が迸る。魔術の氷に裂け目が入り、欠片が飛び散っていく。だが構わない。もう一度食らわせてやれば済むことだ。もう一度で駄目なら、何度でも。襲い掛かる“巨人”の腕を避け、砂の上を移動しながら、魔術を練り上げる。それに浄化の力を乗せて、“巨人”の顔に真正面から氷槍を叩きこむ。直撃を食らいたくなかったのか、“巨人”の頭部がぐにゃりと曲がった。今だ。
隙が生まれた“巨人”の前に、アルベルトが躍り出た。




