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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
155/177

襲撃 12

「二人とも! 無事ですの!?」

 瓦礫をかき分けながら近づいてきたのはティリーだった。一緒にジャックもやってきて、アルベルトが抱えている青年を凝視する。

「その人は……」

「生きてるわ。気を失っているだけ。安心して。悪魔憑きじゃないから」

「――!? しかし先程は確かに――」

「話は後。それよりこの人達の避難を」

「それなんですけど」

 手を上げたティリーが急いた様子で通りの方を指す。

「魔物が増えてきてますの。これ以上は持ちませんわ! さっさと戻らないとここは危険すぎます!」

「増えてるって、オアシスの方から?」

「いいえ、戻ってきているんです! 何故かは知りませんけど手に負える数ではありませんわ!」

 増える魔物。悪魔が悪魔を呼び寄せているのか? リゼは身を翻すと、大きな瓦礫に上ってオアシスの方向を見渡す。はたしてそこにはティリーの言う通り、“安らぎの家”に入る前はいなかった魔物の姿があちらこちらに見受けられた。しかも、それだけではない。“安らぎの家”が破壊されたことで、檻から解き放たれたように同じ方向を目指す人の影があった。

 悪魔憑きだ。悪魔憑依がかなり進行しているのか、瞳は皆一様に赤く、ふらふらと覚束ない足取りで歩いている。向かう先は南。オアシスだ。北からは魔物達が迫り、退治屋達が応戦している。魔物自体は対応しきれない数ではないが、悪魔憑きと魔物が集まっているせいか、浮遊する悪魔の量が増えているようだった。

「ひっ――」

 弱々しい悲鳴に振り返ると、救出した男が恐怖のせいかガタガタと震えていた。“安らぎの家”の倒壊に巻き込まれたことと、押し寄せる魔物と悪魔憑きに恐れをなしたらしい。ジャックの横で男は頭を抱えて蹲る。ジャックは男を立ち上がらせようとしたが、彼はへたり込んだまま動かない。どうにかして男を立たせようと、ジャックが腕に力を込めた時だった。

 不意に、アルベルトが男の前に剣を突き立てた。薄く発光する膜のような結界が展開し、男とそのとなりにいたジャックを包み込む。次の瞬間、火花が散るような音と共に結界の表面に黒い靄が現れた。靄は身もだえするように震え、黒い塵となって消えていく。いつの間にか近づいていた悪魔を、アルベルトの祈りの結界が男を守ったのだ。

「あなた方は我々が守ります。だから、気をしっかり持ってください」

 アルベルトに肩を揺さぶられ、呆然としていた男は我に返ったのか「あ、ああ……」と呟く。これ以上悪魔憑きが増えては面倒だ。できるだけ悪魔に取り憑かれないよう、彼には気をしっかり持ってもらうしかない。リゼはレイピアを握り直すと、呆けた顔でアルベルトを見ているジャックに声をかけた。

「ジャック。この人をよろしく」

「え? あ、ああ。しかし、あの悪魔憑きはどうする?」

「決まってる」

 浄化するのだ。

「ティリー、悪魔憑きは私が対処する。あっちの魔物はあなた達に任せる」

「了解ですわ」

 リゼは踵を返すと、オアシスに向かって走り出した。

 オアシスの周りでは砂漠狼と“番犬”が、ふらふら歩く悪魔憑きをじぃっと見つめていた。まるで獲物に襲い掛かるタイミングを計っているようだ。そんな狩人の目をした魔物が犇めいているというのに、すでに意識を奪われているせいか、悪魔憑き達は構わずオアシスの方へと歩いていく。その姿は、まるでオアシスに呼ばれているかのようだ。

『氷雪よ!』

 悪魔憑き達の前に回り込んで、リゼは魔術を展開する。出現した氷壁は悪魔憑き達の行く手を塞ぎ、歩みを止めさせた。

 しかしその瞬間、足元に影が落ちたかと思うと、黒い腕のようなものが上空から降り落ちてきた。いつの間に近づいたのだろう。“腕”はオアシスから伸びて、こちらに迫っている。リゼは咄嗟に魔術を唱えると、目の前に氷壁を創り出した。

 降り下ろされた“腕”は、鈍い音を立てて氷壁に激突した。衝撃で飛びちった氷の欠片がキラキラと舞い落ちる。咄嗟に作り出したために壁は脆く、腕の圧力に耐えかねてすぐにヒビが入り始めた。

 氷壁が崩れる前にリゼはレイピアを引くと、浄化の力を乗せた魔術を腕に向かって繰り出した。煌めく風の刃を受けて、“腕”はずたずたに斬り裂かれる。しかし“腕”はすぐ再生し、あろうことか枝分かれして氷壁の向こうに手を伸ばし始めた。

「悪魔憑きを狙っているのか!?」

 もう一度魔術を放ち、“腕”を破壊する。魔物の“腕”が塵に還り、散逸していく隙に、リゼは氷雪の魔術を重ねて氷壁をさらに天へ伸ばした。

 しかしその間に、オアシスの方から悪魔の気配が膨れ上がった。魔術を紡ぎながら振り返ると、“腕”が現れた場所から黒いオーラが立ち上っている。すると黒く濁ったオアシスの中から、突如として黒い物体がせり上がった。

「……! あれはスミルナの地底湖にいた……!」

 水の中から現れたのは巨人の姿をした魔物だった。魔物を集め、四肢を無理やりより合わせたような身体。体表から伸びる無数の腕。目のように見えるのは魔物の頭部がたくさん集まったものだ。“巨人”は依り合わさった腕を振り上げると、リゼに向けて勢いよく振り下ろした。

 その拳を、銀色の閃光が貫いた。閃光は“巨人”の拳を易々と斬り裂き、聖なる光で肉片を塵へと変えていく。祈りで光を操り銀の刃を振るったアルベルトは、リゼを庇うようにその眼前へ降り立った。

「アルベルト、あれは――」

「魔物の集合体か。数えきれないほどいる。こいつが魔物を呼び寄せる元凶だ」

 耳を聾するような重低音が響き渡る。腕を無くした痛みを訴えるためか、“巨人”が咆哮を上げたのだ。鼓膜を打つ大きな音に耐えながら、リゼは声を張り上げる。

「スミルナの地底湖にもこいつがいた! まさか、ザウンでも悪魔召喚を行う気かしらあいつらは!?」

「分からない! 召喚陣らしきものは見当たらないが――避けろ!」

 問答をする暇もなく“巨人”の拳が降り落ちてきて、二人は左右に分かれて跳躍した。落ちた“巨人”の拳は砂を巻き上げ、当たり一体に砂塵が舞う。更には拳から無数の腕が生え伸びてきて、リゼは“巨人”から距離を取った。

 アルベルトの一撃で、“巨人”の腕は確かに破壊されたはずだった。しかし傷口は瞬きする間に修復され、すでに新しい腕が出現している。悪魔の再生能力。強力な魔物がしばしば有している能力だ。スミルナ地底湖の“巨人”は持っていなかったのに、こいつは持っているらしい。再生した腕からは無数の小さな腕が伸び、うねうねと蠢きながら獲物に狙いを定めた。

 目の前のリゼではなく、その背後の氷壁へと。

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