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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
153/177

襲撃 10

 退治屋達の案内で、リゼ達は避難所(シェルター)から繋がっている鐘楼の上に向かった。

 魔物襲来から数日が経過したザウンの道路はすでに徘徊する魔物で黒く染まっていた。ところどころで火災も起こっているらしく、いくつかの家屋が黒煙を上げている。火事の煙と悪魔の靄のせいで、ザウンは黒っぽく沈んで見えた。これではわざわざ高いところに上ったのに、見晴らしが良いとは言えない。しかし、

「あれが問題のオアシスだな」

 アルベルトは眼下の街並みからすぐに目的の場所を探しだしたらしい。彼が指し示す方向には南のオアシスがある。黒くけぶる景色を目を凝らして見つめながら、リゼは呟いた。

「酷いわね」

 オアシスの周辺は蠢く魔物の群れで一杯になっていた。そして砂漠から、あるいは空から、呼び寄せられた魔物が出現し、町をさらに混迷させていく。さっさと浄化したいが、今は我慢だ。オアシスから視線を外し、リゼは雲一つない空を見上げた。空はうっすら黒くけぶっていたが、太陽だけはギラギラと照りつけている。魔物とは別の厄介なものに対して、リゼはため息をついた。

「……暑い」

 暑い。全くザウンは砂漠にあるだけあって暑い。正直魔物よりも暑さの方が厄介だ。額の汗を拭うと、温い体液で手の甲がべったりと濡れた。

「大丈夫か? 水、いるか?」

 アルベルトに水筒を差し出され、リゼは少し迷ったが、素直に受け取って一口飲む。温くなっていたが、乾いた喉に水分が染み渡った。

「ほんっっっっっと暑いですわね……はあ……」

 ティリーも水を飲みながらザウンの暑さを愚痴る。手で扇いで風を送っているが、その程度では到底涼しくはならない。ティリーは水筒をしまうと、キーネスとアルベルトを恨めし気に見つめた。

「そもそも、なんで貴方がたはそんな涼しい顔をしているんです? 不公平ですわ」

「長く住んでいれば嫌でも慣れる。それだけだ。別に暑くないわけじゃない」

 そう言うキーネスの額はうっすら汗で濡れている。なるほど暑くないわけではないというのは本当らしい。キーネスは汗を拭うと、怪訝そうな視線をアルベルトに向けた。

「むしろスターレン、お前は何故そんなに平然としているんだ。アルヴィアの気候は寒冷だろう」

「え? いや、何故と言われても、それほど暑いとは感じないな。アルヴィアも南部は暖かいし」

 そう言うアルベルトはほとんど汗をかいていない。暑くないというのは本当らしい。――初めてミガーに来た時もそうだったが、寒いアルヴィア育ちなのに暑いのが平気だなんて釈然としない。ティリーも同様らしく、恨めしそうに「美男子は得ですわね……」などと呟いていた。

「呑気だな。君達……」

 そのやり取りを見て呆れたように呟いたのは、リゼ達と同じく鐘楼の上で待機していたジャックだ。彼はリゼが悪魔憑き救出に向かうと決めるや否や同行を申し出てきた。いらないと言っても聞かず、当然ベルテの説教も聞かず、今に至る。町を見回すのに最適なこの鐘楼に案内してくれたのは助かったが――

「ねえ、リゼ。どうするんですの? ジャックの目の前で悪魔祓いなんてしたら、騒ぎになるかもしれませんわよ」

「そうね。その前に適当に振り切るわ」

 ジャックの方に視線を送りつつ、耳打ちしてきたティリーに答える。ミガー人の前で悪魔憑きを浄化したら、悪魔祓い師だと疑われかねない。悪魔憑きは仕方ないとして、それ以外に見られることは避けよう。そう決めているので、ジャックに付いて来られるのは少々都合が悪い。出来ればついてきてほしくない。のだが。

「もし振り切れなかったら?」

「そうね。その時はその時よ」

 事も無げに言うと、ティリーは呆れたようにため息をついた。適当ですわね……と彼女は呟いたが、別に見られてもいいと思っているわけではない。悪魔憑きを治す方が重要なだけだ。悪魔憑きを前にしてうだうだと問答する気にはならない。

「適当といえば、ベルテのことですけど、ちょっと強引過ぎたんじゃありません? あんなに渋ってたのに、無理やり協力させるなんて」

「私達が来ようと来るまいと、作戦は実施する予定だったというんだから構わないでしょう。私達はそれに便乗しただけ」

「それはそうですけど、利用すると言われたら気を悪くするに決まってるじゃありませんの」

 確かにベルテは気を悪くしていた。だが仕方ないのだ。面倒だから悪魔祓いのことは話さず、魔物を掃討して“安らぎの家”周辺の安全を確保するとだけ告げたのだが、無謀すぎるしそんなことは協力できないと言われた。近く町北部の魔物討伐作戦を実施するため、いたずらに戦力を割くわけにはいかないらしい。なるほどできないというなら無理に協力させるつもりもない。でも、魔物の討伐作戦があるというなら好都合だ。そっちの作戦を利用させてもらう、という話をしたのだ。さすがに魔物が犇めくザウンを、なんの策もなしに突っ切るのは面倒だ。魔物の掃討作戦があるなら、魔物と交戦する手間を省ける。元から決まっている作戦なのだから、ベルテ達の手を煩わせることもない――。そういうつもりだったのだが、ベルテはお気に召さなかったらしい。

「言い方が悪いんですのよ言い方が。もっとうまい言い方ぐらいいくらでもありますわよ」

「そう。じゃあ次からあなたに任せるわ」

「そう、わたくしにお任せあれ――ってそういうことではなく! あんまり悪い印象を与えると後で困りますのよ? わたくし達が。それに、殿下にも無茶はしないことって命じられたじゃありませんか」

「王太子に頼まれたのは『悪魔憑きがいればそれを癒すこと』。まさか王太子が“安らぎの家”のことを知らないはずないでしょう」

 グリフィスはここの状況を推察した上でザウン行きを許可したはずだ。その上で悪魔憑きの救助を頼んだのだから、この行動は王太子の想定範囲内。文句を言われることはないだろう。

 リゼは鐘楼の外へ向き直ると、南へと視線を向ける。魔物に埋め尽くされた南の外れにあるオアシス。そこは、此度のザウン襲撃で、最初に魔物がやってきた場所らしい。その手前、魔物の群れの隅の方に、件の“安らぎの家”はあった。なるほど、助けに行くのは難しそうな位置だ。対象が悪魔憑きとあらば尚更だろう。まずはあの場所へ。そのための機会を今は待つ。ベルテ達ザウン退治屋が動くその時を。そして、

「来た」

 どぉん、という音と共に、街の北から炎が上がった。燃え上がる火柱の色は真紅。多量の火の粉を散らしながら、周囲の家屋を飲み込んでいく。炎に煽られて家屋に潜んでいた魔物達は飛び出し、けれども逃げ遅れて焼き尽くされていった。

 その直後、わっと鬨の声が上がった。

 上げられた声と火柱に反応したのか、町に犇めいていた魔物達が一斉に動き始めた。まるで一つの生物のように、魔物達は声が上がった方へ集まっていく。悪魔は人間を襲い、その魂を食らう。魔物達のほとんどは餌を探して、人間の声のする方へと向かい始めた。

「行こう!」

 魔物が少なくなったのを見計らって、リゼは外へと飛び出した。外壁を伝って地面に降り立ち、南のオアシスへ足を向ける。その後をアルベルト達が続いた。

 魔物達が向かったのは町の北西。家屋もまばらなその場所に魔物を引き付けて隔離、大規模魔術で討伐するのがベルテ達の作戦らしい。そのかいあって魔物がいなくなった市街地をリゼ達は進む。オアシスはやや西寄りにあるためか、町の東側であるこの付近は元から魔物が少ない。その分建物の破壊は軽く、ほとんどがそのままの姿を残している。リゼ達は南のオアシスを目指し、町の中を進んだ。

 しかしながら、さすがに全ての魔物を引きつけることはできなかったようだ。町中を進むリゼ達の前に、両サイドの屋根の上から魔物が姿を現した。囮に引き寄せきれなかった奴らがこちらの存在に気付いたらしい。砂漠狼の群れの中に“番犬”が混ざっている。魔物達は屋根から飛び降りると、道を塞ぐように並んで咆哮を上げる。次々と登場する魔物の姿に、ジャックが焦ったように言った。

「数が多い! どうする!? 引き返すか!?」

 だが、リゼはそれに付き合うつもりはなかった。引き返すなど時間の無駄だから。

「まさか、正面突破よ」

 言うが早いか、リゼは魔力を集中させた。数瞬の後、正面に向かって刺突を繰り出すと、レイピアの先から氷霧が津波のように湧き出でる。幾多の氷刃を抱えたそれは地面を凍り付かせながら魔物に向かって押し寄せ、真っ白な氷柱を作り上げた。

 氷柱に囚われた魔物達は断末魔を上げる暇もなく塵と化した。浄化の術を織り交ぜた氷霧は魔物を逃がさず、内部の悪魔を祓い清める。しばらくして、浄化を終えた氷柱は無数の煌めく破片となって消滅した。

「あの数の魔物を一撃で……」

 賞賛と驚嘆が混じった声が背後から聞こえたが、リゼはそれを無視して前方を睨んだ。するとジャックが近づいてきて、興味津々で質問する。

「君、相当な使い手だな。師は誰だ?」

「誰でもいいでしょう」

 ジャックの質問を切り捨て、リゼは魔物が排された道を進み始める。魔物が大勢いるのに立ち話なんて呑気な奴だ。それも、目の輝きが隠しきれてない辺り、どうやらティリーと同類らしい。退治屋にも研究者気質の魔術師がいたとは思わなかった。

「それよりここで間違いないのね?」

 目の前の建物を指さすと、ジャックは我に返ったように頷いた。

 “安らぎの家”はまるで倉庫のような愛想も飾り気もない建物だった。数少ない窓には鉄格子。裏口らしき重い鉄扉。生活感はなく、どこか檻のようでもある。いいや、実際檻なのだろう。悪魔憑きを閉じ込めるための檻。なにしろ鉄扉には、外側から重たい錠を掛けられているのだから。

「……」

 錠を開ける鍵はない。ジャックの話によると、魔物襲撃騒ぎで管理者は鍵を紛失。予備も取りに行けない位置にあるらしい。仕方ない。破壊するか。錠に向ってリゼは手を伸ばしたが、

「待ってくれ。……中についてだが」

 アルベルトの制止に、伸ばしていた手を止めた。

「どれぐらいいる?」

「悪魔憑きと思われるものが二、三十。ここと反対側、正面玄関近くにいる。問題は少し手前の方に一人。悪魔憑きではない人がいる」

 アルベルトの指さす先は扉の先。建物一階の中ほどと思われる場所だ。そこに悪魔付きでない人がいる? どういうことだ。

「ジャック! この町の住民は悪魔憑き以外全員避難したって聞いてたのに、まだ人が残ってるってどういうこと?」

 後ろに佇むジャックに尋ねると、彼は慌てたように目を瞬かせた。

「ひ、人が残っているのか!? どうしてわかったんだ?」

「どうやったかはどうでもいいでしょう。それよりどうして人が残ってるの?」

「町民と滞在中の旅人は全員避難を確認した。残っているのはおそらく、魔物襲撃で入町手続きが出来なかった方だと……」

 なるほど。それで見落としていたのか。おそらく行商人だろうが、なんとも間が悪い時に来たものだ。これ以上悪魔憑きが増えても面倒だから、まずその人を保護する必要があるだろう。

「とにかく中を調べてみましょう」

 リゼは小さく魔術を唱えると、扉の錠を破壊した。金属の破片が砂地に落ち、それに続いてずっしりとした錠の本体が砂にめり込む。解放された扉に手をかけると、重量感のある音を立ててゆっくりと開いていった。

「一端俺達で様子を見てくる。周囲の警戒を頼む」

「分かった」

「了解ですわ」

 背後でアルベルトがティリーとキーネスにそう言った。“安らぎの家”のこちら側は魔物の気配が薄いが、いつ向こう側からやってくるかわからない。奴らの警戒を二人に任せ、リゼとアルベルトは“安らぎの家”の中に乗り込んだ。

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