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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
152/177

襲撃 9

 地下室に入ると、そこには想像以上に広い空間が隠されていた。

 壁のランプは霊晶石だろうか。揺れる炎のような光を放つ石が規則的に並んでいる。通路は板や柱で固定され、砂地の中だというのに埃っぽさを感じない。大人数人が並んで通れそうな通路を進む退治屋達の後に続いて、リゼ達も奥へ進む。いくつかの角を曲がり辿り着いたのは、小さな会議室のような部屋だった。

『炎よ。揺らめく輝きを』

 壁のランプに向けて魔術師の退治屋――ジャックと名乗った――が一言呟くと、ランプの中の石がぱっと光を放った。さらに連鎖するようにランプの霊晶石が輝き、卓上ランプだけだった会議室を明るく照らしていく。光量が増すにつれ、避難所(シェルター)の壁にびっしりと描かれた紋様が浮かび上がった。

「これは……」

「悪魔除けですわ。悪魔を遮断するための」

 壁の紋様を見つめるアルベルトに、ティリーが小声で教えた。アルベルトは驚いたのか目を見張る。そんな彼に、ティリーは小声のまま話を続けた。

「あら、意外でして? わたくし達だった何百年も悪魔相手に手をこまねいていたわけではありませんわよ。――残念ながら、悪魔祓い師並みとはいきませんけど」

 魔術師達が長年の研究が編み出したのがこの悪魔除けの紋だという。ルルイリエやフロンダリアの精霊神の結界には及ばないものの、ある程度の悪魔を弾く力がある。おかげで悪魔だらけの外に対して、避難所(シェルター)の中の空気は澄んでいるのだ。この遮断結界があれば、精霊神の結界がない場所でも悪魔を排除した空間を創れる。ただし時間がかかりすぎて簡単には創れないのが難点だけども。ティリーはそう締めくくった。

「ここはザウン第一避難所(シェルター)だ」

 ジャックがランプの点火している間、共に会議室に来たもう一人の退治屋――ベルテはテーブルの上の地図を手繰り寄せると、リゼ達に見えるように広げた。地図には印が五つ描かれており、避難所(シェルター)の場所を示しているらしい。緊急時は区画ごとに決められた避難所(シェルター)に逃げる決まり、その中でも第一避難所(シェルター)は町の北にあるようだった。

「王太子殿下の命で来たんだったな。ならあの魔物について何か情報はないか? 見たこともないし速すぎて並の退治屋じゃ追い付けない。チームで待ち構えれば倒せないことはないが、狭い街中ではどうにも……」

 そう言って、ベルテは悩ましそうに頭を抱える。やはりザウンの退治屋は“番犬”相手に相当手こずっているようだ。悩むベルテに、アルベルトが説明する。

「あれは悪魔教徒が使役している魔物です。おそらく奴らが創り出した新種の魔物でしょう」

「悪魔教徒が……!? なら狙いはこの国を混乱させるためか……。舐めたマネしやがる」

 ベルテは悔しそうに言い、地図を握りしめた。使い込まれた用紙が退治屋の手の中でぐしゃりと悲鳴を上げる。上官が静かに怒りを表す傍ら、ランプの点火を終えたジャックが口を開いた。

「ひょっとして、最近魔物が増えてるのも悪魔教徒の仕業なのか? フロンダリアの魔物襲撃も悪魔教徒の手引きだったと報告が入っている」

「その可能性は高いですわね。彼らの狙いは魔王(サタン)を降臨させることですから、少しでも世の中を不安定にしておきたいのでしょう」

 悪魔は人の負の感情を好み、それを糧に人に取り憑く。その親玉である魔王(サタン)もおそらく同様で、この世に降臨させるには、餌となる負の感情を蔓延させなければならない。だから、悪魔教徒は世を乱す。フロンダリアの神殿を破壊し、スミルナは悪魔召喚の贄にしようとした。そして今回は、砂漠縦断の要所でもあるザウンを魔物襲撃で潰そうとしている、というわけだ。だから、何としてでもそれを阻止しなければならない。

「それで、現在の状況は?」

 まずやることは現状把握だ。そう考えたリゼが問いかけると、二人は表情を曇らせた。どうやら状況は芳しくないらしい。ベルテは地図を机に戻し、視線を落とす。

「殉職者が数名出たが、今のところ防衛体制に支障はない。町民の避難は完了した。負傷者は多いが、幸いにも町民に死者は出ていない。現在は魔物の掃討作戦に移って――」

「まだだ」

 隣から飛んできた横槍にベルテの言葉は遮られた。発言者はジャックだ。彼はベルテを一瞥した後、意を決したように言った。

「町の南にまだ取り残された人がいる。助けに行こうにも魔物が多すぎて――」

「ジャック! その件はもう関与しないと決めただろう!」

 今度はジャックの言を遮って、ベルテが声を上げた。

「これは規則だ。あそこには行かない。分かったな」

 険しい口調で命ずるベルテに、ジャックは不満げな視線を投げかける。この件に関して、これまで幾度も対立してきたようだ。不穏な空気が二人の間に流れる。

「町の南に何かあるのか?」

 アルベルトが疑問を発すると、キーネスがそれに答えた。

「おそらく“安らぎの家”のことだ」

「“安らぎの家”?」

「平たく言うと、重度の悪魔憑きを収容するための隔離所だ。この国じゃ一度悪魔憑きになったら絶対に助からない。だから悪魔憑きが最期を迎えるまでどこかに収容しておく必要がある。それが“安らぎの家”だ」

 そこの人達が避難できず、取り残されている。ジャックはそう言っているのだ。

「なら、助けに行かないと」

 だがそれをベルテが否定した。

「いいや駄目だ。悪魔憑きは救助しない。規則だと言っただろう」

 頑なな否定に、リゼは眉を顰めた。

「つまり、悪魔憑きを見捨てるのね」

「……そうだ」

 ベルテは淡々と、しかしどこか言い訳するように語る。

「ただでさえ魔物のせいで“安らぎの家”までたどり着けるかも分からない状況なんだ。遅かれ早かれ死んでしまう人間のために戦力を割くことはできない。それよりもここの安全を確保する方が先だ」

「ベルテ隊長!」

「お前は少し口を閉じてろ! 退治屋は慈善業じゃない。仕事だ。何でもできるわけじゃない」

 ベルテに叱責されて、ジャックは押し黙った。

「この避難所(シェルター)は閉鎖空間だ。魔物の襲撃で町民は皆怯えている。そんな場所に悪魔憑きを連れ込んだら、二次被害が起こりかねない。悪魔除けは万能ではないんだからな。ここで悪魔憑きが発生したら手に負えな――」

「なら問題ないわ」

 事もなげにそう言い放つと、ベルテは虚を突かれたのか目を丸くして沈黙した。ベルテだけではない。先程まで彼を睨みつけていたジャックも、今はあっけに取られてリゼに視線を向けている。やがて我に返ったのか、ベルテは大声を上げた。

「何を言う! 問題は大有り――」

「手遅れになる前に、“安らぎの家”の悪魔憑きを救出する。今のままじゃ助かる人間も助けられない」

 悪魔憑きがいる場所が分かっているなら、まずはその人達を助け出すまでだ。退治屋には無理だろう。だがリゼには出来る。彼らは見捨てるしかなくても、リゼはそうではない。

「悪魔憑きを助けるって、どうやって? 一体どうするつもりだ!?」

 ベルテが苛立ったように怒鳴る。そんなに大声を出さなくてもいいのに。リゼは目を細めると、腕を組んだ。

「どうするって?」

 まずやることは一つだ。

「“安らぎの家”に行く」

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