襲撃 7
ザウンはルゼリ砂漠縦断の中継地点である町だ。大きなオアシスがあり、大勢の商人が行きかっているらしい。その町が今朝方魔物の大群に襲われた。情報収集をしていたキーネスの元に届いたのは、そんなザウンの窮状を記した現地の情報屋からの手紙だった。
「救援要請です。魔物を退けられず、避難所に立て籠もっているそうで」
手紙を読み上げたキーネスは、顔を上げて正面にいるグリフィスに視線を送った。報告を受けた王太子はさすがに冷静だったが、眉間には深い皺が刻まれている。
「ザウンの退治屋同業者組合は優秀です。それでも対処できない魔物の群れということですか?」
「ザウンを襲った魔物は普通の魔物ではありません。『四肢が細長く、顔は潰れたようで、眼球は飛び出している。動きは素早く捉えるのが難しい。初めて目にする魔物』、だそうです」
四肢が細長く、顔がつぶれ、眼球が飛び出した魔物――キーネスが読み上げた魔物の特徴を聞いて、リゼの脳裏に浮かぶものがあった。
「悪魔教徒の“番犬”――!」
メリエ・リドスで、スミルナで、南部の平原で、リゼ達を襲ってきた魔物。悪魔教徒の手駒がザウンを襲っている。一体なんのために? いやそんなことはどうでもいい。あの魔物が町を襲っているなら、並の退治屋では歯が立たないだろう。そんな状態では、町の人達は魔物に襲われずとも遠からず全員悪魔憑きになって命を落とすだろう。だとすれば。
「私が行く」
リゼがそう言うと、グリフィスは驚いたようにこちらを見た。答えない彼に対し、リゼはさらに言い募る。
「私がザウンに乗り込む。手紙に書かれている魔物は悪魔教徒の手先よ。私なら悪魔教徒が出たとしても対処できるし、ザウンの人達が悪魔憑きになっても治せる」
それに、悪魔教徒の思い通りになるなんて気に食わない。リリスの企みなぞ全部ぶっ潰してやる。スミルナでの奴の不愉快な言動を思い出し、リゼは拳を強く握る。またグリフィスが駄目だと言おうと、構わずザウンに乗り込むつもりだった。しかし、
「そうおっしゃると思っていました」
意外なことに、グリフィスは微笑むとリゼの発案をあっさりと受け入れた。どうせ反対するだろうと思っていたのに、肩透かしを食らったような気分だ。そんなリゼの思考を察したのか否か、グリフィスは苦笑した。
「国民の生命が脅かされているという時です。救援は可能な限り速く送らなければなりません。それに貴女が向かってくださるというなら、これほど頼もしいことはありませんよ」
どうやら今回はグリフィス側と利害が一致しているらしい。王太子は居住まいを正すと話を続けた。
「もちろん貴女方だけを派遣するつもりはありません。我が軍もザウンに向かいます。ですが、それには相応の準備が必要です。
そこで貴女方に、一足先にザウンへ言っていただきます。ザウン町民の避難、魔物に関する情報の伝達、悪魔憑きが発生していればその治療を行っていただきたい。ただし、くれぐれも無理はなさらないように。魔物の討伐は我々と退治屋の仕事です」
「分かった。気を付けるわ。――できるだけ」
最後のは小声で付け足した。グリフィスと対立するのは面倒だが、何をして何をしないかの線引きはもっと面倒だ。魔物を退けて、ザウン市民を救出する。それが今回の目的。それで十分。
「とにかく速くザウンに向かわないと。一番速いルートはどこ?」
「その件なら問題ない。もう乗り物を手配済みだ」
答えたのはキーネスだった。彼はそう言うなり、執務室のドアを開ける。開かれたドアから優雅に一礼して入ってきたのは、ライトブラウンの髪の女性。少し前、リゼ達が世話になった人物だった。
「お初にお目にかかります。グリフィス王太子殿下。このような姿で御前に参ることをお許しください。ローグレイ商会会長エドワードの名代、カティナ・レスティーンです」
そう言ったのはキーネスの姉だ。カティナは夫の名代も務めているらしい。彼女が部屋の中央に進み出ると、グリフィスは目を細めた。
「貴女があのローグレイ商会の方ですか。噂は聞いています」
「ご存じだったのですね。光栄ですわ」
カティナは微笑み、再び一礼する。王太子すらも知っているとは、ローグレイ商会は相当有名なようだ。移動速度が最も速い商会なだけあるということか。そのローグレイ商会の砂馬車なら、ザウンまですぐだろう。
「シリルは今、術を施しているところよね」
グリフィスへと視線を移したリゼは、王太子にそう問いかける。
「はい。完了にはもう少しかかります」
「じゃああの子のことは任せるわ。その間にザウンのことを片付ける」
まさかシリルをザウンに連れて行くわけにはいかない。幸いにも悪魔除けの術があるから、しばらく目を離しても大丈夫だろう。
「そういうことなら準備がいるな」
勇んで言ったのはゼノだった。彼はやる気に満ち溢れた様子で拳を握った。
「ザウンのことならよく知ってるぜ。オレに任せて――」
「ゼノくんはここに残った方がいいんじゃないかしら」
横槍を入れたのはカティナだ。台詞を途中で遮られて、ゼノは目を丸くする。
「ゼノくんはシリルちゃんの護衛なんでしょう? 護衛が護衛対象の側を離れてはいけないと思うの」
「姉貴」
「あ、ごめんなさい。わたしが口出ししていいことじゃなかったわね」
にこにこ微笑んでいるカティナの隣で、キーネスはため息をついている。口出ししていいことじゃないと言いつつ、カティナは口出ししたことを後悔してはいないらしい。キーネスは姉へ呆れたような視線を投げかけつつ、ゼノの方へ向きなおった。
「それはともかく、ゼノはここに残れ。不本意だが、姉貴の言う通り護衛が護衛対象から離れては意味がないからな」
「え? なんでだよ……!」
キーネスの命令にゼノは抗議したが、キーネスは前言を撤回する気はないらしい。「分かったな」と念を押し、ゼノの抗議は無視する。そんなキーネスを見て、グリフィスは眉をひそめた。
「シリルさんのことなら、我が兵が責任を持って護衛します。フロンダリアのことで心配されているかもしれませんが、同じ失態は二度としません」
「そういうことではありません。クロウのことが気になって仕事に手がつかないのは困りますから」
「オレはそんなことしねえって」
「いいからお前は残れ」
不満げなゼノに、キーネスは再度釘を刺す。だがゼノに従う様子はない。納得できないのだがら当然だろう。するとキーネスは何を思ったのかシリルに視線を移し、俯いている少女に問いかけた。
「クロウも一人でここに残されるより、こいつがいた方がいいだろう?」
「え? は、はい」
突然の質問に、思わずといった様子で答えるシリル。困惑する彼女をよそに、キーネスは「だそうだゼノ」となんでもないかのように告げる。更には「護衛対象の望みを退けるのは感心しないな」などと嘯くので、ゼノは困ったように口を閉ざした。
「あの、わたしはひと――」
「そういうわけだ。お前はここに残れ」
何か言おうとしたシリルの言葉を遮って、キーネスは命令を出す。ゼノもとうとう諦めたのか、シリルの方を一目見てから反論するのをやめてしまった。沈黙した悪友を見て満足したのか、キーネスは肩の荷が下りたとでもいうようにため息をつくと、リゼの方を見た。
「よし。ではザウンに向かう。いいな。ランフォード」
「ええ。もちろん」
リゼは首肯すると、カティナの案内に従って、グリフィスの部屋を後にした。他の皆もそれに続く。ふと気になって振り返ると、部屋に残ったゼノとシリルが、とても気まずそうな様子で押し黙ったまま佇んでいた。




