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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
アルヴィア帝国編
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理由 3

 先陣を切って、リゼは魔物に近付いた。それに気付いた魔物は体を震わせ、触手のようなものを伸ばしてくる。しかし、リゼの放った氷槍がそれを貫いて凍りつかせた。その隙にアルベルトが魔物に接近し、斬りつけようとしたが、今度は別の触手に阻まれる。

「どいてくださいませ!」

 飛び出したのはティリーだ。彼女はこちらには聞き取れない声で何か呟くと、右手を突き出した。そこから炎が巻き起こり、魔物へと激突する。爆炎は魔物を捕え、真っ黒に焼き尽くす、はずが……

「あ、あら?」

 黒焦げになったのは表面だけのようだ。魔物はさして痛手を蒙った様子もなく動き続けている

「そんな。効きませんの!?」

 驚愕の声を上げるティリー。その後ろに魔物の触手が迫りくる。それに気付いたアルベルトが、

「ティリー、危ない!」

 ティリーを抱え、横に跳んだ。その後ろを一本の触手が通り過ぎて行く。避けなければ頭を串刺しにされていたところだった。

「あ、ありがとうございます。助かりましたわ」

「大したことじゃない。それよりも、あれぐらいじゃ効かないみたいだな」

「表面は頑丈みたいね。なら」

 リゼは触手をかいくぐって魔物に近付くと、そいつに向かって突きを繰り出した。放たれた剣閃は魔物を斬り裂き、柄の部分まで潜り込む。しかし魔物の動きが鈍る様子はない。最も、狙いは別にある。剣は導火線代わり。魔物の体内に直接魔術を叩き込むのだ。

『凍れ』

 魔物が叫び声のようなものを上げた。リゼは剣を抜き、後ろに下がろうとしたが、鞭のように伸びてきた触手を避けきれず弾き飛ばされる。しかし地面に叩きつけられる前に、ちょうど後ろにいたアルベルトに受け止められた。

「リゼ、大丈夫か!?」

「――っ、平気」

 少し痛いが大したことはない。リゼはアルベルトの手を振り払うと、魔物に打ち込んだ魔術を発動させた。

魔物が内側から凍り付いていく。それは瞬く間に魔物の全身を覆い、一個の巨大な氷像へと変え――

「……駄目か」

 氷に閉ざされ魔物は一瞬動きを止めたものの、触手の一部は氷を突き破り、抜け出そうと蠢いていた。思った以上に生命力が強いようだ。なら。

「ティリー! あいつを潰して」

 リゼは次の一手を考えていたティリーにそう言った。突然の注文にティリーは戸惑う。

「え!? まさかあれを丸ごとですの!?」

「当然」

 きっぱりそう告げて、リゼは剣を構える。その横に、同じく剣を構えたアルベルトが並んだ。

「どうするつもりなんだ?」

「単発じゃ無理そうだから、再生している暇がないぐらい徹底的に攻撃する」

「確かにそれしかないな」

「無茶言いますわね。……いや、そうでもないか」

 そういってティリーは例の魔導書を取り出した。本を開き集中し始める。数瞬ののちに、重力の魔術が解き放たれた。過重力の網が魔物をギリギリと押し潰す。氷が砕け、欠片が魔物の身体に食い込む。魔術による破壊が終わり、過重力が消失したところへ、

『風よ。切り裂け!』

 氷の破片によって抉られた箇所へ、剣で斬りつけるのと同時に風の刃を叩き込む。魔物の表皮がざっくり切れて、大きな切り口ができる。もう一度斬りつけようとしてリゼは剣を振り上げたが、

「!」

 魔物の傷口から靄のような蟲の悪魔が大量に噴き出してきた。視界が真っ黒に染まり、何も見えなくなる。息すら出来なくなるほど多い悪魔の渦の中で、それでも魔物に斬りつけようとしたが、

「神よ、我に祝福を。汝は我が盾、我が剣なり。その栄光は世々に限りなく、あまねく地を照らす」

 祈りの言葉を唱えながら渦の中に飛び込んできたのはアルベルトだった。彼は剣を振りかぶると、

「至尊なる神よ。その御手もて悪しきものに断罪を!」

 最後の言葉を言い終えるのと同時に力を込めて振り下ろす。浄化の力が込められたそれは魔物を易々と斬り裂いた。傷が再生する前に、返す刃でさらに斬りつける。

『悪しきものよ、消え失せろ!』

 渦巻く悪魔達を消し飛ばし、リゼも魔物に斬りつける。だが斬った傍から傷は少しずつ塞がっていく。が、

『我が前に集え、灼熱に燃ゆる紅蓮の炎!』

 ティリーが放った紅蓮の炎が傷口を焼き尽くした。一時的に傷の再生が止まる。そこへ、リゼは先ほどと同じように剣を突き刺した。

『凍れ!』

 魔物の体内に向かって、氷の魔術を解き放つ。魔術の冷気は魔物を凍らせ、氷刃が内側から切り裂いた。魔物は真っ二つに割れて、凍りついたまま動かなくなる。

 やったか。

 魔物は動く様子がない。しかしこいつの生命力を考えると、完全に倒したわけではないだろう。今のうちに止めを刺そうと、リゼは魔術を使おうとし、

「危ない!」

 その前に、アルベルトが飛び出してきた。




 そうして、両親は死んだ。

 きっと、悪魔に取り憑かれたことを教えたところで事態は好転しなかっただろう。両親は罪人で、教会が救ってくれるはずもないのだから。

 分かっていたけれど、すぐに知らせなかったことを悔やまずにはいられなかった。そして、何もできない自分が心底嫌だった。

 視えるだけでは意味がない。視えたところで、無力な自分にはどうすることもできないのだから。

 だから、力がいる。ただ視ているだけではない。誰かを守り、救える力が。

 それが、悪魔祓い師になった最大の理由なのかもしれない。




 リゼに襲い掛かろうとした触手の一本を剣で斬り落とし、続いて別の一本を横薙ぎに斬り払った。三本目は脇腹をかすめたが、ひるまずに斬り落とす。

「神よ、我に祝福を。汝は我が盾、我が剣なり。その栄光は世々に限りなく、あまねく地を照らす」

祈りの言葉を唱えつつ、リゼと同じように魔物に剣を突き刺す。悪魔祓い師の浄化の術を魔物の身体に叩きこむ。

「至尊なる神よ。その御手もて悪しきものに断罪を!」

 蟲の悪魔達が浄化されていく。中身をすべて失って真っ二つに割れた魔物の半分は今度こそ動かなくなった。残されたもう片方も、リゼの魔術によってバラバラに吹き飛ばされる。

「念には念を入れておきますわ」

 魔物に向かってティリーは炎の魔術を放った。魔物の残骸は今度こそ真っ黒に焼き尽くされて、ただの黒い塊になった。

「やったか……」

 怪我をした脇腹を押さえて、アルベルトはそう言った。大きな怪我ではないが、掠り傷というには深すぎる。それを見たリゼが無言で近付いてくると、血の滲む傷口に手を当てた。

 途端に淡い光が傷口を覆った。血が止まり、傷が見る間に塞がっていく。

「とりあえず礼は言っておくわ。助かった」

「どういたしまして」

「でも助けはいらなかった」

「そうか。でも無事でよかったよ。治療もありがとう」

 礼を述べたが、リゼは相変わらずの仏頂面で別に、と呟いた。アルベルトもリゼのそっけない態度には慣れたので、それ以上は何も言わない。

「まさかこんなものが他にもいたりしないでしょうね」

 魔物の残骸を見つつリゼはそう言った。

「マリークレージュで呼び出された悪魔は相当な数でしたから、他にいてもおかしくありませんけど――」

 あの中で何匹が魔法陣とともに消滅し、何匹が生き残ったのか、調べる術はない。しかし、こんなところにまで来ているということは、マリークレージュ周辺にもっといてもおかしくない。

「……誰かに伝えておいた方がいいな」

「何が?」

「この魔物のことだ。もしあれが羽化したらきっと大変なことになる」

「それはそうでしょうね。でも誰に伝えるの」

「それは……」

 一番いいのは教会だ。特にマリークレージュに近いサルディスやフィラデルフィアの教会に。しかし、

「誰がいいんだろうな……」

 指名手配されている身ではそうもいかないのが現状なのだった。




 それから三日後のことである。

「つきましたわ! ここがメリエ・リドスへ通じる道ですわ」

 そう言ってティリーが指差した場所は、海が見える崖の先端だった。実にタイミング良く、ざっばーんと波の音がする。アルヴィアをずっと南下して、ついに南の海――この向こうにはミガー王国がある――まで来たわけだが、当然ながら、海に道はない。

「つまり飛び込めってこと?」

「まさか。違いますわ。ここを降りて、後は壁を伝いながら東へ進むんですわ。ここを行けば、メリエ・リドスの港の桟橋横に出られます」

「壁を伝って行くのか……?」

「ご心配なく。干潮になれば海面ギリギリのところに人が通れそうなでっぱりができますから」

 ご心配なくと言われても、なかなかハードな道程であることは変わりない。けれど、

「これ以外、道はありませんわよ。さ、行きましょう」

 ティリーはすたすた崖の方に歩いていくと降りられる場所がないか探し始める。なんにせよ、他に道がないならここを行くしかないのだ。

 仕方ない。そう思いつつ、リゼとアルベルトはメリエ・リドスに続く道へ足を踏み入れたのだった。

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