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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
148/177

襲撃 5

 メリエ・リドスに滞在したのもつかの間、グリフィスの命ですぐにミガー王国へ戻ることとなった。

 慌ただしく荷物をまとめ、王太子専用帆船に乗り込む。もちろん、出国審査は受けていない。相も変わらずアルヴィアの出入国審査はザルだ。メリエ・リドスの出入りも楽だし、本当にやる気があるのだろうか。客室の窓から遠ざかっていくメリエ・リドスの港を眺めながら、ティリーは頬杖をつく。魔女の討伐を掲げてはいるが、教会がリゼを捕まえられる日は来るのだろうか。

 来ないだろうな。と机の向こうに座るリゼに視線をやりながら、ティリーは胸中で呟いた。正確に言うなら捕まえるところまではいくかもしれない。だが、あのリゼのこと。捕まった日には教会を半壊させて帰ってくるだろう。

「何?」

「いいえなんでも」

 怪訝そうなリゼからティリーは視線をそらした。休息を取ったおかげか、荒れに荒れていたスミルナ脱出直後よりはおとなしくなったが、また噛みつかれても困るからだ。リゼ・ランフォードは大変興味深い研究対象だが、人として付き合うのは少々めんどくさい。真実の解明には障害がつきもので、障害が多いとより一層燃えるのだけれども、疲れることには変わりないのだ。

 ティリーは溜息をつくと、ついと視線を横に流した。その先には、何故か部屋の隅で縮こまるように椅子に座っているシリルの姿がある。回復してからもどこか沈んだ様子の少女を見やり、ティリーはふと彼女に伝えてなかったことがあるのを思い出した。

「そうそう、オリヴィアは無事ですわよ。怪我の治療のために今はフロンダリアにいますわ」

 何気なくそう言うと、シリルがぱっと顔を上げた。悪魔教徒に襲撃された後、オリヴィアの生死も確認できぬまま攫われたのだろうから、ずっと気になっていたのだろう。泣き笑いのような表情で目を潤ませ、シリルは俯いた。

「本当ですか……!? よかったです……!」

 涙声で言うなり本格的に洟をすすりだしたので、よほど心配だったようだ。そんなに気になっていたのなら訊いてくれればもっと早く教えたのに。まあ、訊くのが怖かったのかもしれないが。

「あの……皆さん、ごめんなさい」

 ひとしきり泣いた後、顔を上げたシリルはそう言った。

「わたしのせいで皆さんにご迷惑をかけてしまいました。助けていただいて本当に感謝しています。ありがとうございます」

 シリルは立ち上がり、折り目正しくお辞儀をする。礼ならメリエ・リドスに到着する前にも言われたが、また改めて言うなんて義理堅いことだ。まあ、礼なんて言うだけタダだし、それで気が済むならいくらでも受け取っておこう。――しかし、リゼの方は、黙って受け取るという選択肢はなかったらしい。

「気にしなくていい。あなたを追いかけたのは私が勝手にやったこと。王太子はごちゃごちゃ文句を言ってるけど、知ったこっちゃないわ」

 と事も無げに言った。

「リゼ! 相手はこの国の王太子ですわよ! もう少し敬意を見せてもいいと思いますわ」

 それにアスクレピアで悪魔教徒の刺客を退け、物資と宿を提供し、シリルを保護してくれる相手だ。恩があるのにと苦言を呈したが、リゼは取り合わない。彼女は冷めた目をこちらに向けて、淡々と言った。

「研究以外のことには興味ないのかと思ってたけど、王族には素直に従うのね。意外だわ」

「そりゃ貴女ほど傍若無人でも恩知らずでもありませんもの」

 肩をすくめて言ってみせたが、リゼは憮然とした表情でこちらを見るだけだ。痛いところを突かれたのか会話が面倒になったのかしらないが、話を続ける気はないらしい。都合が悪くなると黙り込んだり立ち去ったりするのが彼女の悪い癖だ。ティリーは椅子の背もたれにだらりと寄りかかると、栗色の髪をかき上げた。

「もう、そうやってだんまりを決め込むんですから。会話ぐらいちゃんとしてほしいですわ」

 恨みがましく言ってみるも、リゼは表情一つ変えない。その様子にティリーは溜息をついた。まったく困ったものだ。こう自由気ままにやられてはついていくのも一苦労。やはりこの分だと仲良し作戦は難航しそうだ。今後取るべき行動についてティリーは取り留めもなく思考を巡らせる。頼みの綱はアルベルトだけか。それともリゼに合わせた方がいいのか。いやいやそれはめんどくさい――

「ティリー、一つ聞きたいんだけど」

「はい?」

「魔力の譲渡って可能かしら」

 突然の質問にティリーは面食らった。何を突然。驚いてリゼを見つめたが、彼女はいつも通りの仏頂面でこちらを見ているだけだ。でも魔力の譲渡。譲渡か。面白い話題だ。ティリーは脳内の書物を開くと、該当する情報を引き出し始める。

「出来る人は出来るらしいですわね。文献にも幾つか記述があります。でも、使い物になるレベルではありませんわ。なんとなく元気になった気がするとか、その程度らしいですわよ。譲渡出来ると言ったって、所詮は他人のものですもの。異物を取り込んでも排除されるだけですわ」

「そう……よね」

 ティリーの説明を聞いて、リゼは腕を組んで考え込む。何故彼女はこの話題を出したのだろう。何か気になることでもあるのか。探りを入れようと、ティリーは話を続ける。

「でも逆を言えば、他人の魔力を受け入れることさえできれば元気になる以上の力を得ることができるということですわ」

 すると、リゼは興味を持ったのかこちらに視線を投げかけた。

「魔力を受け入れる……例えばどんな?」

「そうですわねえ。まず渡す側と受け取る側の魔力が全く同質であることが考えられますけど、これは実際不可能ですわね。魔力の質は一人一人違うものですから」

「他には?」

「受け入れる側が異物を受け入れやすい状態であることが考えられますわね。例えば“憑依体質ヴァス”は悪魔に憑かれやすい。これは言い換えれば異物を受け入れやすく排除しない体質であると言うこと。このような体質であれば、魔力の譲渡はスムーズに、より実用可能なレベルで行えるはずです」

 けれどこれも理論上の話でしかない。何故なら異物を受け入れやすい“憑依体質(ヴァス)”ですら、最後には強大になりすぎた悪魔(異物)に耐えきれず死んでしまうからだ。“憑依体質(ヴァス)”にも異物の吸収には上限が存在する。つまり少量の魔力なら可能かもしれないが、大規模魔術を行使できるほどの魔力を受け渡すのは不可能だろう。魔力とはなかなかに強大なエネルギーなのだ。いやはや魔力の少量譲渡という現象自体はたびたび観測されるのに、これについての研究はほとんど進んでいない。やはり五百年前の魔女狩りで古代の魔術の資料が失われてしまったのが痛かったか。それに、父の成果も――っとこれは今は置いといて。

「で?」

「……『で』って?」

「なんでそんなこと訊くんですの?」

 急にそんな話題を振るなんて怪しい。怪しすぎる。何か目的があるはずだ。ティリーは意気揚々とリゼに迫ったが、彼女は何も答える気はないらしく、こちらを無視する。協力的になってくれたらもっと知恵を貸せるのに。そう言っても、リゼは冷たく「嫌」と言うばかり。冷たい。本当に冷たい。全くアルベルトはこんなリゼのどこがいいのだろう?

「全くどこがいいのかしら。アルベルトは」

「は? どうして今アルベルトの名前が出てくるの?」

「いいえなんでも」

 話がこじれそうだから今は適当に誤魔化しておく。リゼだってやってるんだから文句を言われる筋合いはない。さっきだって王太子相手にあんな態度、目に余るから注意したというのに――

「……ってリゼ。いきなり魔力譲渡のことを言い出したのって、先程の話を逸らすためじゃありませんわよね?」

「よく分かったわね」

 悪びれもせずそう言い放つリゼ。つまりまんまと乗せられたということか。ティリーはため息をつき、椅子の肘掛けにもたれて頬杖をついた。

「本当にめんどくさい人ですわね貴女って。少しはコミュニケーションを取ろうという気概を見せて欲しいですわ。付き合わされる方の身になってくださいませ」

「付き合いたくないならついてこなければいいのに」

「そういうわけにはいきませんわ。貴女の能力ほど興味深い研究対象はありませんもの」

「研究したいからわざわざついてくる、ねぇ……」

「当然でしょう? でなければ貴女についていったりしませんわ。はっきり言って、貴女のようなタイプは嫌いですもの」

「奇遇ね。私もよ」

「まあ。そんなにはっきり言われると傷つきますわ」

「自分が先に言っといて何言ってるのよ」

「あら。言うのは良くても言われるのは嫌なものでしょう?」

「そう。どうでもいいわ。言おうが言われようが」

 投げやりに言って、リゼは視線を逸らす。気のない淡泊な口調からして、強がりを言っているわけでもないらしい。まったく理解できない人だ。意地っ張りなのか、傍若無人なのか、わからない。

「あの! お二人とも喧嘩しないでください!」

 すると、シリルが真剣そうな声を上げて、割って入ってきた。おとなしくしていたので彼女の存在を忘れていた。シリルはこれまでのティリーとリゼのやり取りに相当心を痛めたらしい。少し泣きそうな顔をしている。そんな少女を一瞥し、リゼは平坦な声で言った。

「喧嘩じゃないわよ」

「ええ。喧嘩じゃないですわ」

 当惑するシリルをよそに、ティリーはリゼの言を肯定する。そう。これは喧嘩ではない。だって喧嘩は、本音をぶつけ合ってするものだろう。

 本音を言わないのに、喧嘩なんてできるわけがないではないか。

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