襲撃 2
炎が燃えていた。
寒風吹きすさぶ村の外れで、炎が赤々と燃えていた。揺れる炎からは黒い煙がもうもうと上がり、冷たい風に吹き流されて村をうす暗く覆っている。煙と共に流れてくるのは肉の焼ける酷い臭い。村の陰鬱な空気を、煙と匂いがさらに暗く彩っている。だがそんなことを気に留めてなどいられない。気分が悪くなるような悪臭の中、ただ燃える炎を見つめてじっと立ち尽くしていた。
世界がぐわんぐわんと揺れていた。今にも深い水底に沈んでいきそうだった。後悔と罪悪感ばかりが襲ってくる。どうすればよかったんだろう。何が正しかったんだろう。そればかり考えて、ただただ苦しかった。
「お前は死神だって言われた」
近づいてきた人物の気配を感じながらも、振り返らず独り言のように呟く。言葉は重たく地に落ちて、足元に突き刺さる。けれど心はちっとも軽くならない。重たいものを吐き出しても、さらにのしかかってくるばかり。
「お前は呪われている。お前さえいなければ。って言われた」
そんなつもりはなかった。ただ、いつも優しくしてくれるおじさんが悪魔に取り憑かれていると知って、黙っているなんていられなかった。まだ軽いうちなら何とかなるかもしれない。まだ間に合うかもしれない。そう思ったら、何も言わないわけにはいられなくて。でも、
どうにもできない。どうにもならない。
何故なら、祈りの日に労働する者――聖典の教義に従わぬ者は、祓魔の秘跡を受けるに値しないから。神に救われる資格がない者が悪魔に魅入られたら、たどる末路はただ一つ。
けれど、この時はそれを理解できていなかった。子供らしい、愚かな純粋さが良かれと思って忠告させた。慈悲深い神は、その僕たる教会は、日々懸命に働く優しい隣人を助けてくれるはずだと。
そんな愚かな子供に、隣人とその妻は言った。
死神め。消えてしまえ――と。
「死神だから、生きてたら駄目なのかな……?」
誰かに死をもたらすなら、いない方がいいのかな。取り返しようのない失態と慕っていた人達の拒絶が苦しくてやるせなくて、「いない方がいい」というのは正しいのではないかと思えてくる。
そう、このまま消えてしまえたらいいのに――
「そんなことを言ってはいけないよ」
優しい声が頭の上から降ってきた。振り返ると、声の主は声と同じ優しい目でこちらを見下ろしている。
「どんな力を持っていようとも、お前は一人の人間で、父さんと母さんの大切な子だ。傷ついて欲しくないし、生きていたら駄目なんて言ってほしくない」
父はしゃがんで目線を合わせ、穏やかに語る。厳しい労働と乏しい食事のせいで頬はこけているけれど、その瞳は確かな輝きを持っていた。
「悪魔に憑かれていると認めたくないのは当然のことだ。それはとても恐ろしいことだから、告げるべきではなかったかもしれない。でも、だからって自分の存在まで否定するのはやめなさい。そんな考え方は何も生まない。もし辛いことがあるなら、抱えきれないことがあるなら、恐れず父さんと母さんに言いなさい。お前が傷つくのは辛い。苦しいことがあるなら、父さん達も一緒に背負おう」
「でも……」
この目は自分だけのものだ。あれが視えるのは自分だけだ。両親は視えない。
視えないものを、背負えるものだろうか?
「大丈夫だ。父さん達を信じなさい」
小さな疑念を吹き飛ばすかのように、父はきっぱりと言う。父は嘘をつかない。そのことはよく知っている。両親は背負おうとしてくれるだろう。苦しいことを、苦しいと伝えたならば。
「……ありがとう。父さん」
――でも言えなかったんだ。
悪魔に取り憑かれてるなんて、言えなかったんだ。
言ってしまったら、父はもう助からないことを――自分が死を宣告する“死神”であることを、認めなければならないから。
絶望は人から生きる気力を奪い、悪魔に力を与える。治す手段がないまま悪魔に取り憑かれた者は、己の死を予感して絶望する。悪魔に取り憑かれていると警告しても、それはただ死期を早めるだけ。不可視を視る“眼”など、ただ視えるだけで何の役にも立たない。ただ視えるだけでは何も。
ああ。
俺に力さえあれば、こんな思いはしなくて済んだはずなのに。




