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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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悪夢 13

「アルベルト!?」

 彼は振り返ることなく長剣を一閃させた。“番犬”の頭部が胴を離れ、弧を描いて飛んでいく。それが地面に落ちないうちに霧の向こうから別の“番犬”が現れたが、アルベルトは剣を翻すと、易々とそいつの脳天を貫いた。“番犬”は体液を撒き散らしながら倒れ、二つ目の黒い塊が地面に転がった。

 だが魔物の襲撃は止まらない。奇妙な咆哮と共に、霧を裂いて何匹もの“番犬”が現れた。そいつらはリゼと対した時と同じように一斉にアルベルトへと飛び掛かる。一つ違うのは、“番犬”の数が先程の二倍近く多いことだった。

 白い霧の中に、銀色の閃光が奔った。はっきり認識できたのはそこまでだった。骨肉が断ち切られる音と魔物達の啼き声。視認が追いつかない中、その音だけははっきりと耳に届く。あれだけいた“番犬”達は気付いた時にはすべて首を落され、流した体液で地面をまだら模様に染め上げていた。

 剣の汚れを払い、鞘に納めたアルベルトは、そこでようやく振り返った。多数の“番犬”を倒したというのに、彼はほとんど息を乱していない。身体も返り血を少々浴びた程度でかすり傷一つ負っていないようだった。

「この霧なのに一人で外を出歩くなんて何を考えてるんだ!」

 開口一番、アルベルトは険しい表情でそう言った。常日頃から小言の多い彼だが、今日は大分怒っているらしい。座り込んだまま、リゼは他人事のようにそう考えた。頭痛で頭の中がぐちゃぐちゃだ。集中できなくて、思考が上手く回らない。

「……どうして、私の居場所が分かったの」

 この霧の中どうやって。あの“番犬”の声を聞いたにしても速すぎる。そう思ってぼんやりと尋ねると、アルベルトは険しい表情のまま答えた。

「分からないわけがないだろう。君は目立つ。君のような魂の輝きを持つ人は他にいないから」

「魂の……輝き?」

 おうむ返しに唱えて、リゼはぼんやりとアルベルトの瞳を見やる。そうだ。彼はそういうものも視えるんだった。悪魔、幽霊、魔術の痕跡に精霊神、そして魂の輝き。本当に彼は何でも視えるらしい。他者が持つ能力も、その魂の輝きとやらで分かるのだろう。

 そう、彼は全部お見通しなのだ。

「やっぱりまだ回復しきってないだろう。地獄の門の破壊だけじゃない。悪魔祓いにもあんなに力を使ったのに――」

「平気よ。気にしないで」

 リゼはふらりと立ち上がると、逃げるようにアルベルトに背を向けた。とにかくここから離れたい。そう思って、どこへ向かっているか考えもせず歩を進める。しかし数歩もいかないうちに背後から腕を掴まれ、歩みを止められてしまった。

「平気じゃない。そんなに顔色が悪いのに、平気なわけがない」

 ああもう。だからどうしてそう心配性なのか。放っておいてくれればいいのに。振り返ったリゼはアルベルトの手を打ち払うと、逃げ出すように一歩距離を取った。

「私の体調なんてどうでもいいでしょう」

「そんなこと――」

「あなたには関係ない!」

 半ば叫ぶように言って、リゼはアルベルトを突き放した。

 その瞬間、アルベルトの表情が痛みで歪められた。激痛を堪えるような表情に、リゼは驚いてぴたりと動きを止める。彼は無意識なのか右手を脇腹へと伸ばしたが、途中で我に返ったように手を止めた。

 一連の動きを見て、リゼはようやく硬直が解けた。アルベルトが見せた行動の意味を知るべく、今度は逃げるのではなく自分から距離を詰める。庇うように突き出された右手を掴んで引き離すと、シャツの裾をめくりあげた。あらわになった脇腹には包帯が巻かれ、薄ら黒い染みを作っている。先程の戦いで開いてしまったのだろうか。かなり大きな傷のようだ。

「これは何?」

 思いがけずきつくなった口調でそう問いかけると、アルベルトは僅かに視線を逸らした。リゼの目ではなく虚空を眺めながら、後ろめたそうに呟く。

「ああ、それはマリウスと戦った時の……」

「そういうことは早く言って」

 ぴしゃりと言って、リゼはすぐさま癒しの術を唱え始めた。いまだ頭痛はするが、そんなものに構っていられない。慌てた様子のアルベルトが術を止めようとしてきたが、無視して術の文言を唱えた。淡い光が掌に集まり、傷口に注がれていく。しかしその途中で、アルベルトに腕を掴まれ乱暴に引きはがされた。

「ちょっとなにす――」

「癒しの術は使わなくていい。これぐらい大丈夫だ」

「何言ってるのよ。私ならすぐ治せるんだから治させなさいよ! 大体、ティリーやゼノはこれより軽い怪我のくせに痛い痛いとうるさかったくらいなのに、あなたは何で黙ってるの? 全く、信用ならないのはどっちよ」

 すぐに治る怪我にまでいちいち癒しの術を使うつもりはないが、動作に支障をきたすほど大きな怪我ば別だ。それも、きちんと手当されているとはいえ、数日たっても痛みを伴い血が滲むほどなのだ。その状態で何故平然としていられるのか。

「怪我したならちゃんと言いなさいよ。放っておいて酷くなったらどうするつもりなの?」

 すると、アルベルトはどこか平坦な声で答えた。

「――君には関係のない怪我だから」

 うるさい。何が『関係ない』だ。マリウスと戦った時の怪我なのにどこが関係ないんだ。アルベルトのことだから、どうせ誰かを庇って負傷したんだろう。そのくせスミルナ市街地であんなに動き回って。先程もあの数の“番犬”相手に一人で渡り合うなんてどうかしてる。

 全くこいつはどうかしてる。

「なに馬鹿なこと……!」

 馬鹿だ。この男は馬鹿だ。そう罵ってやろうと思った。怒鳴りつけてやろうと思った。下らないことを言ってないで、癒しの力を利用すればいいんだ。アルベルトだって自分の身が可愛いだろうに。しかし彼はリゼの剣幕に動じることなく、静かに言った。

「君の不調が俺には関係ないことだと言うのなら、俺のことだって君には関係ない」

 言い放たれたその言葉に、リゼは二の句を告げなくなった。

 アルベルトの表情はその口調と同じように平坦だった。まるで拒絶するかのように、冷たいともいえる眼差しだった。彼らしからぬ表情と眼差しは、威圧感を持ってリゼの反論を封じ込める。リゼはしばし棒立ちのまま、ただただアルベルトを見つめていた。

「……関係、ないから、って」

 何とか絞り出した声は、掠れて震えていた。

「関係ないからなによ。悪化したらどうするつもりなの。治す手段があるのに何故利用しないの。悪魔祓い師だろうがなんだろうがあなたはただの人間なのよ。もし、もし――」

 続きは言葉にできなかった。言葉にしたくなかった。再び口を閉ざして、リゼはただ立ち尽くす。拳を握ると、爪が掌に食い込んだ。

「――俺も同じことを考えてるよ」

 先程と同じやけに平坦な声で、彼は言った。

「リゼ、君がどれほど強かろうと、浄化の力を持っていようと、“救世主”だろうと“魔女”だろうと、君が一人の人間であることに変わりはない。無茶をすれば傷付くし、下手をすれば死ぬ。俺は君にそうなって欲しくない」

「私は……」

「誰かが傷つくのは辛い。助けられたはずなら尚更」

 そう言うアルベルトの表情は先程と違って辛そうで。己の無力を悔やみ、自分を責めているようでもあった。

「だからもうやめてくれ。危険な場所に一人で出歩くことも、話もせずに逃げ出すことも、自分を卑下することも」

 アルベルトの有無を言わせぬ口調に、リゼは黙って視線を落とした。余計なお世話だ。そう思ったが、口には出せない。本当は分かってる。アルベルトは何も間違っていなくて、ただ優しさからそう言っていることを。

 分かってるから、何も言えなかった。

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