悪夢 11
「まるで子供の癇癪だな。あれは」
リゼが立ち去った後、気まずい雰囲気を真っ先に破ったのはキーネスの一言だった。彼は何事もなかったかのように涼しい顔で、火勢の衰えかけた焚火に薪を放り込む。薪は炎にあぶられて、ぱちぱちと音を立てた。
「えっ、と、リゼは前からあんな感じ?」
焚火の音に我に返ったのか、硬直から回復したゼノが恐る恐るそう言った。よほど驚いたのか、顔が引きつっている。ゼノの疑問に、ティリーは答えた。
「うーん、自分を大切にしない節はありましたけど、あそこまで酷いのは初めてですわね」
いつもは無茶で無謀で自虐的な程度なのに、今日はやけに酷い。足止めを食らってイラついている……というわけではなかろう。もっと別の理由だ。
「体調不良のイライラをぶつけられても困りますわ。ねえアルベルト。……アルベルト?」
反応がないので再度呼び掛けてみたが、アルベルトは下を向いてぼけっと突っ立ったままだ。顔の前で手をひらひらさせてみたがこれもまた反応なし。ティリーは呆れてため息をついた。
「ちょっと、落ち込まないでくださいませ。あんなの癇癪おこすリゼが悪いんですのよ」
「そう……だな……」
ぼそりと呟くアルベルト。どうやら声は聞こえているらしい。
「こっちは心配してるのに、勝手なことばかり言って」
「そう……だな……」
「大体、いくら聞いてもリゼは自分のこと教えてくれないんだから『何も知らないくせに』なんて言われる筋合いありませんわ」
「そう……だな……」
「どうしてなんでも一人でやりたがるのかしら。少しは周りを頼ってほしいですわ」
「そう……だな……」
「……明日の天気は晴れらしいですわ」
「そう……だな……」
駄目だこりゃ。話を聞いているようで聞いていない。ティリーは肩を竦め、やれやれと呟いた。全くアルベルトも人が良すぎる。お節介焼きなきらいはあるものの、彼の言っていることは間違っていない。落ち込む必要なんてないのに、アルベルトは視線を落としたまま動かない。どうしましょう、とキーネスに訊いてみたけれど、「ほっとけ」と返されただけだった。そうこうしていると、リゼを追って洞窟に入ったレーナが帰ってきた。
「駄目ですねー。完全に寝たふり。毛布に篭城する気みたいです」
レーナはティリーの隣にどかっと腰を下ろし、まだ片づけられていない皿を物欲しげに見つめる。しかし炊事担当者はぼうっと考え事をしていて、それに気付く様子はなかった。仮に気付いたとしても、今から料理する気にはならなかったろうが。
「――うちの弟によく似てる」
ゼノは洞窟を見つめたまま、ぼそっとそう呟いた。何か考え込んでいるゼノに、ティリーが尋ねる。
「似てるって、誰にですの?」
「いや、弟の一人に魔物に襲われて親を亡くした子がいてよ。うちに来た頃は大体あんな感じだった。オレ達と仲良くするのを嫌がって、自虐的なことばかりやって、心配したきょうだいに八つ当たりしてた」
ゼノの表情が暗くなったのは義弟のことを思い出したためだろうか。
「その子、どうなりましたの?」
「え? うん……しばらく会ってないから今はどうか分からないけど、最後に会った時は八つ当たりはマシになってたな。でも、まだ心を開いてくれなかった。喧嘩はしないけど、仲良くもしない」
どうしたら立ち直ってくれるのか、オレには分からなかった。ゼノはそう締めくくる。そりゃそうだ。そんな簡単に分かれば苦労しない。ただでさえ悪魔のせいで肉親や友人を亡くした者が珍しくない世の中だ。ゼノの弟のような者はたくさんいて、問題にもなっている。ゼノも退治屋だからよく知っているだろう。生き残ったという罪悪感に苦しめられる人々のことを。
(……馬鹿馬鹿しいですわ)
罪悪感なんて。ティリーは心の中でそう言い捨てる。生き残ったからなんだというのだ。罪悪感や後悔よりも、これからのことの方が大切だ。理不尽に奪われたなら仕返しをしてやればいい。自分を責めるなんて非生産的。その怒りを仇に向けてやればいいものを。
(どうしてリゼは自分を責めるのかしらね)
そして、それを正そうとするアルベルトも。血のつながった家族じゃないのだから、あんな難しい人間放っておけばいいのに。お節介でお人好しで、全く訳の分からない人達だ。
そう考えながら、ティリーはアルベルトを一瞥した。俯いたままの悪魔祓い師は、結局就寝時間まで、ずっと何かを考え込んでいた。




