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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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悪夢 9

 レーナが持ち帰った薬は実によく効いた。元々容体が落ち着いていたこともあったが、夕方ごろになると熱も下がり、かなり症状も収まった。このまま順調に回復すれば、数日のうちに発てるだろう。

「あんまり遅くなると市長が心配しますからね。スミルナの一件で教会はメリエ・リドスに目をつけてますから、街に入るのもちょっと注意が必要ですし。まあでも、多少時間を置いた方が監視が緩くなるかもしれないですね。スミルナは街の立て直しと祭りの準備であまり人員を裂けないようです。ただ遅くなりすぎると他の神聖都市から応援が来ちゃうので拙いかも。――もぐもぐ。これ美味しいですね」

 延々喋り倒しながら、レーナは熊肉の香草焼きをガツガツと頬張る。帰ってくるなり疲れたと言って朝からつい先ほどまで寝ていたからか、よほど腹が減っているらしい。用意された食事をもきゅもきゅと食べていく。先に食事を終えたアルベルト達があっけにとられて見守る中、実に五人前の肉を腹に収めたレーナは満足げに皿を置いた。

「ごちそーさまでした。食料を食い尽くす訳にはいかないのでこれくらいにしておきます。すごく美味しかったですよ。ゼノさん」

「お、おう。それはよかったぜ」

 急遽五人前を作らされたゼノは賛辞に喜びつつも表情が引きつっている。まさかこの状況で小柄な女性が五人前も肉を食うとは思っていなかったのだろう。彼のみならずここにいる全員がそうだ。あっけにとられたアルベルト達の視線が集まる中(キーネスだけは微妙な表情で視線を逸らしていたが)、レーナは水筒の水を飲み干すと、満足げな表情で一息ついた。

「ふう。落ち着きました。――そうそう、ついでに宿場町で色々聞いてきました。手配書ですが、まだリゼさんとアルベルトさんの分しかありませんでしたよ。他の皆さんの分はなしです。今のところは」

 最後の部分を強調してレーナは言う。なるほど、『今のところは』二人以外の情報は伝わっていないらしい。

「ただスミルナのことはもう広まっているようです。あれだけの事態があったんですから、隠すのは無理でしょうねえ」

 こともあろうに神聖都市が悪魔に侵されたのだ。当然ながら目撃者は多く、情報統制するのは不可能だろう。おそらく数週間もしないうちにアルヴィア全土に広まる。問題はその内容だが。

「どう伝わってたんだ?」

「スミルナが悪魔に襲われたという基本情報から始まって、異教徒が悪魔を操ってたとか、神が奇跡を起こしたとか、魔王(サタン)が現れた、地獄が顕現した、終末が始まったなどなど、情報が錯綜しています。教会からの正式発表はまだのようです。少なくとも昨日の時点では。さーて教会はどう出るでしょうね?」

 どことなく楽しそうにレーナはそう締め括る。神聖都市が悪魔に襲われたという教会にとっては失態と呼べる出来事をどう説明するつもりなのか。レーナからしてみれば高みの見物なのかもしれない。

「それはそうと、結局のところ、リリスの目的はなんだったんだ?」

 不意にゼノがそんな疑問を口にした。

「スミルナを攻撃して、預言通り神の子が降臨するか確かめるため――と言っていましたわね」

 それにティリーが答えると、ゼノは考え込むように腕を組んだ。それから、アルベルトの方を向いて確認するように尋ねる。

「神の子って聖典に載ってる救世主だよな? 悪魔を滅して人類を救うっていう。そいつが最初に降臨するのがスミルナなんだっけ」

 ゼノの言にアルベルトは頷いて肯定した。

「『魔王(サタン)が封じられし終末の日から千の季節が過ぎ去りし時、神の子は第二の都市(スミルナ)に降臨し、聖なる力を以って苦しむ子羊達を救うであろう』。それが聖典の記述だ」

「リリスはスミルナがピンチになったら神の子が降臨するか確かめたかったんだろ? 悪魔教徒が何のためにそんなことを? あいつらにとっちゃ神の子なんて一番会いたくない相手じゃないか?」

「リリスがただの悪魔教徒ならな」

 首を傾げるゼノに、キーネスがそう言った。

「会いたいのではなく、居場所を突き止めたいんだろう。いつか自分にとって脅威となる人間は早めに排除しておきたいだろうから。なんせ奴は“悪魔の子”だからな」

 悪魔の子。

 神の国を齎す救世主“神の子”に対し、世の終わりを齎す破滅の使者にして魔王(サタン)の落胤であるのが“悪魔の子”だ。

 悪魔の子の役目は魔王(サタン)をこの世に招くこと。彼の者の手によって、この世は一度終末を迎える。けれど神の子が悪魔の子を討ち、魔王(サタン)と全て悪魔を滅ぼすことで、人類は救われる。悪魔の子は神の子と対をなす存在だ。人を楽園へ導く“救世主”に対し、魔王(サタン)をこの世に降臨させ、終末を齎す“破滅の使者”。

「悪魔教の教主リリス。奴の他に悪魔の子に相応しい輩がいるか? 悪魔の子最大の敵は神の子だ。一刻でも速く居場所を突き止めて始末しておきたいんだろう。と俺は考えている。お前はどう思う。スターレン」

「俺も同じ考えだ」

 キーネスの問いかけに、アルベルトは同意した。リリスは預言を利用して、神の子を表舞台に引きずり出そうとしている。仮に神の子が現れなくても、神聖都市スミルナは消滅し預言は外れ、教会の力を削ぐことが出来る。どちらに転んでもリリスには都合が良いことなのだ。

「つまり、たった一人を誘き出すためにシリルをさらって街一つ滅ぼそうとした。そういうことでしょう。あいつならやるでしょうね」

 苛立ちの滲む声でそう言ったのはリゼだ。じっと焚火を見つめる彼女の目には、映りこんだ炎が踊っている。ただそれだけなのだが、彼女の様子はどこか不安を感じさせた。今朝方口論してから――いや、口論する前から、彼女はどこか様子がおかしい気がする。微動だにせず炎を見つめるリゼに、キーネスが思い出したように問いかけた。

「そう言えばランフォード。お前はリリスと会ったことがあるようだが、一体どこで会った?」

 また会いましたね――スミルナでリリスはそう言っていた。リゼとリリスは一度会ったことがあるのだ。それも、あの様子だとつい最近。

「ああ、バノッサよ。船が沈没した後、そこに流れ着いたの」

「バノッサ……確か異端の教えの町だったか」

 バノッサはアルヴィアの南西部にある町だ。頭の中に地図を広げ、町の位置を確認する。あんなところに流れ着いたのか。続いてキーネスが「そこで何があった?」と問いかけると、リゼはどこかぼんやりした様子で答えた。

「色々。魔物をけしかけられたり毒を盛られたり」

「毒!?」

 リゼの口から飛び出したとんでもない単語に、アルベルトは思わず聞き返した。当のリゼは半ば無意識だったのか、アルベルトの剣幕に我に返ったようだった。

「たいしたことじゃないわ。飲まなかったし」

「本当に?」

 そう言って、アルベルトは険しい表情でリゼに詰め寄った。その剣幕に気圧されたのか、リゼは僅かに身を引く。言い返さないことと少し目が泳いでいることから察するに、“大したことじゃない”というのは嘘のようだ。不利を悟ったのかリゼは視線を逸らすと、愚痴るように呟いた。

「信用ないわね」

「君はすぐ無茶をするからその点については信用できない」

 自分から危険に飛び込んでいくのはもとより、怪我をしていようと消耗していようと何でもないように振る舞いたがる。なまじ癒しの術を使えるせいか、傷つくことへのハードルが低すぎるのだ。しかも怪我したことを隠そうとしたり取り繕おうとするので性質が悪い。

「……悪かったわね。信用ならなくて」

 リゼは目に見えて不機嫌になると、とうとうアルベルトに背を向けた。明確な拒絶の態度と共に、苛立ちの籠った声が飛んでくる。

「なんでそんなこと気にしてるの。あなたには関係ない」

「関係なくても気にする。毒を盛られたんだろう? 只事じゃない」

 癒しの術を使えても、毒を盛られたらどうしようもない。十分大した目にあっているのに、どうしてそう隠そうとするのだろう。若干の苛立ちを覚えながら、アルベルトはリゼをこちらに向かせようと手を伸ばす。しかしその前に、キーネスが二人の間に割り込んだ。

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