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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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悪夢 6

 一方、洞窟の外へ飛び出したティリーはゼノとキーネスが作業をしている焚火の傍へと向かっていた。

 焚火は洞窟の入り口近くでパチパチと軽快な音を立てていた。炎は洞窟の壁面に揺らめく影を描き出し、時折吹く風に従ってちろちろと瞬く。その光を受けながら、ティリーは足早にゼノ達の元へと近づいた。焚火のそばでは調理中のゼノと馬車の点検をしているキーネスが、各々作業をしながら会話している。すると、こちらに気付いたゼノが会話を中断してティリーに声をかけた。

「お疲れティリー、シリルの具合はどうだ……?」

「……薬草のおかげか、ちょっと熱が下がりましたわ」

 そう答えると、ゼノはぱっと表情を明るくする。シリルを可愛がっている彼にとって、これは嬉しいニュースだろう。しかしそれとは逆にティリーは暗い表情を作った。さらに焚火の前に近づいてどさりと腰をおろし、切なげに溜息をつく。そのこれ見よがしな態度に、ゼノが視線を投げてよこした。

「えーっと……何かあったのか?」

「おいこの馬鹿。不用意に触れるな。長話に付き合わされたいのか」

 優しいゼノとは裏腹に、キーネスは厳しく言い放つ。慈悲もなにもない。元から愛想のない男だが、冷たいにもほどがある。

「まあ、キーネス。なんて酷い言い方なんですの。傷心の女の子に『不用意に触れるな』だなんて。そんなんじゃモテませんわよ」

 苦言を呈してみるが、キーネスは聞き入れない。

「モテないなら好都合だ。俺は女が嫌いなんでね。特に、構ってもらいたいがために大袈裟に振る舞う奴はな。大体お前、女の子という歳か?」

 確かにとっくに成人しているが、心はいつだって女の子だ。乙女心を持つ限り、自身を女の子と称しても構わないはずである!

「女はいつだって少女でありたいものですわよ。全く分かってませんわね」

 そう言って、ティリーは腰に手を当てる。乙女心が分からないとはこの朴念仁め。いつだって心は若々しくありたいに決まっているではないか。しかし、

「分からなくていい。分かりたくない」

 棒読みかつ早口でそう言い放ち、キーネスは冷たい目でこちらを見てくる。なんだその目は。ティリーも負けじと、キーネスをにらみつける、しばしの間、無言の奇妙な睨み合いが続いた。すると不穏な空気を感じ取ったのか、ゼノが割り込んできた。

「まーその話は良いとして! 何かあっ――いや、メリエ・リドスに戻ったらすることについてだけどさあ」

 話題を変えようとしたらしいゼノは、途中まで言いかけたものの律儀にキーネスの忠告を守る。聞いてくれていいのに薄情な奴だ。一方同じく薄情なキーネスは悪友が忠告を護ったことに安心した様子である。不満たっぷりなティリーを無視して、何事もなかったかのように話し始めた。

「メリエ・リドスに戻ったら、出来る限り早くミガーへ渡ろう。アルヴィアに長居は無用だ。スミルナであれだけの騒ぎを起こしたんだからな。俺達全員、揃ってお尋ね者になっているはずだ」

 リゼとアルベルトはもとより、ティリー達も騎士相手に大立ちまわりをしてしまったので、もう堂々とアルヴィアの町に入ることはできないだろう。こんな国にいても仕方ないので、とっととミガーに戻るに限る。ただでさえアルヴィアは気候的にも文化的にも決して居心地のいい場所ではないのだ。研究に使えそうなものはそれなりにあるが、そういった目的がなければ長居したいところではない。

「そーだな。速く国に帰りたい。オレこのまんまじゃ町に着いても食い物一つ買えねえよ」

「ああ……ゼノとアルベルトは文無しですものね」

 教会に捕まって所持品をほとんど取られてしまったので、二人とも所持金ゼロだ。元々残額は少なかったらしいが、ないよりはマシだっただろうに。寒いとかいうレベルではない懐具合に、ゼノは深々とため息をついた。

「せっかく買い揃えた霊晶石も全部取られちまった……。はあ……今月の仕送りが……」

「剣だけは取り戻せてよかったな」

「まーなー」

 沈んだ表情から打って変わり、ゼノは脇に置いた大剣を嬉しそうになでる。何の変哲もない、頑丈さが取り柄の一般的な剣だが、彼にとっては思い入れのある物のようだ。なお、奪われた所持品で取り戻せたのはこれのみだったらしく、アルベルトも剣を取られたとかで、騎士から拝借したという長剣を下げている。あの剣では諸々に支障が出ると思うのだが、大丈夫なのだろうか。

「そういや、オレは同業者組合(ギルド)に行けば預けた金があるけど、アルベルトはどうするんだろう。収入の当てなんてない……よな?」

「さあな。同業者組合(ギルド)に申請すれば魔物退治に協力した報奨金ぐらいくれるんじゃないか」

「あ、そうか。そりゃよかったぜ」

 一般人でも魔物退治に協力すれば退治屋同業者組合(ギルド)から報奨金が出る。アルベルトはフロンダリアでも相当魔物を倒していたから、報奨金は結構な額になるだろう。……しかし、あれは手続きが煩雑で時間がかかるものではなかったか。何度か申請したことがあるティリーは申請書を書くめんどくささを思い返して、少しアルベルトを憐れんだ。

「しかしさ、いくら氷雪の霊晶石が高価だからって全額請求することないだろ。退治屋七つ道具は人命を守るためにあるんだぜ?」

「払うと言ったのはスターレンだ。確かに本気にするとは思わなかったが、払うと言うならありがたく貰っておくさ。本当に払うならな」

「何の話ですの?」

 そう質問すると、ゼノが手短に経緯を説明してくれた。どうやらアルベルトはキーネスに弁償するつもりらしい。

「ああ、それわたくしも言われましたわよ?」

 ティリーもスミルナの鐘楼を破壊した時『願いを聞いたのだからお代が欲しい』とアルベルトに言った。むろん冗談だったのだが、先日アルベルトにあの時のお礼がしたいと言われてしまったのだ。

「それも、『今まで世話になった分、まとめて礼をしたい。何か欲しいものはないか?』とまで言われてしまって。じっくり考えたいのでお待ちになってと伝えたんですけど、正直お礼したいと言われても困りますわ……」

 冗談のつもりだったのだ。キーネスと同じで、まさか本気にするとは思わなかった。どうやらアルベルトの生真面目さ――というより真面目ゆえのボケっぷりはティリー達の想像を超えていたらしい。これで今度からアルベルトの前で迂闊なことは言えない。冗談を真に受けられてしまってはこっちの身が――というより心が持たなくなる。

「しかし意外だな。これ幸いとたかると思ったんだが」

 キーネスが驚いたように言うので、ティリーはむっとした。

「失礼な。わたくしは人にたかったりなどしませんわ。気に食わない相手ならこれ幸いと搾り取ってやりますけど」

「ほう。つまり悪魔祓い師は気に食わない相手ではないと」

 含みのあるキーネスの言葉に、ティリーは押し黙る。嫌な言い方だ。それではまるであの悪魔祓い師を気に入っているようではないか。――まあ、研究対象としてはそれなりに気に入っているのだけど。

「アルベルトはわたくしの研究対象です。あくまでリゼのおまけですけど。気に食うとか食わないとかではありませんわ。それに、知りたいことを教えてもらうためには多少なりと仲良くなってからの方が効率がいいかと思いまして。そのためには悪印象になるようなことは避けるべきでしょう?」

 どんな方法を使うにせよ、信用を勝ち取っておくのは無駄なことではない。それだけのことだ。変な勘違いをされては困る。そりゃあアルベルトは真面目だし、こいつらと違って紳士的だし、見た目もなかなかによろしいしで、悪魔祓い師でさえなければ親しくしたいところなのだが。

「そうだよな。仲良くなるのはいいことだぜ」

 腕を組み、うんうんと頷くゼノ。うん。単純で宜しい。それぐらい素直に受け取ってもらえるとやりやすくて助かる。ああ、リゼもゼノぐらい単純だと楽なのに。ティリーが心の中で嘆いていると、再びキーネスが口を開いた。

「その方が背中から刺すのは楽だからな」

「……だからなんでそう意地悪いんですの?」

 人を不愉快にさせるのが好きなのかこの男は。毒舌も過ぎて、ゼノはよくこいつと親友やってるなと思う。まあ正直者同士気が合うのかもしれない。キーネスが毒舌なのは、結局のところ本心を隠すのが下手糞だからだろうから。

「でも、実際に刺してみてもいいかもしれませんわね」

 不機嫌になっていたところから一転、ティリーはけろっとして過激なことを口にする。キーネスのことを意地が悪いといったが、発想はなかなか面白い。そうだ。信頼させれば背後から刺すのだって簡単だ。わざわざそれをする理由はないが、一つだけ気になることがある。

「ぜひともリゼの反応を見てみた――」

「私の反応がどうしたって?」

 突然背後から声を掛けられて、ティリーは大袈裟に飛びのいた。見るとティリーが座っていた場所のちょうど真後ろに、仏頂面のリゼが立っている。

「あらリゼ。聞いていたんですの? それとシリルの看病はどうしまして?」

 突然の登場に驚きつつも、ティリーはそう尋ねる。何やかやでシリルを気にかけているらしいリゼが、わざわざこっちに来るとは思わなかった。さすがに朝からずっと看病していたから、気分転換したくなったのだろうか。

「看病ならアルベルトがいるわ。一人いれば十分でしょう。で、なんの話よ」

 むむ、食いついてくるか。しかし、それはそれでちょうどいいかもしれない。リゼにはちょっと確認したいことがあったのだ。ティリーはずいっと身を乗り出し、怪訝そうな顔をしているリゼに問いかけた。

「もしアルベルトが刺されたら、どうします?」

「あなたに?」

「そうそうわたくしに……って例えばですわよ!? 本当にそんなことしませんわよ!? そんな怖い顔しないでくださいませ!」

 リゼの眼差しがより剣呑になったので、ティリーは慌てて否定する。まさかまさか本当にやるはずがない。本当に刺してしまったら情報収集が出来なくなるではないか。そうではなくて、リゼ・ランフォードにとってアルベルト・スターレンとは如何様な存在かを訊きたいのだ。

「要するに、アルベルトがいなくなったら貴女はどうします?」

 もしリゼがアルベルトに心を許し始めているのなら、アルベルトはティリーにとって都合のいい情報源になる。最近ティリーはそう思うようになった。どうにも直接聞きだすのは時間がかかりそうなので、別の方法を確保しておきたいのだ。アルベルトは悪魔祓い師だから、最初は正直言ってリゼに近づいてほしくなかったが、今は違う。研究のためにも、二人には多少なりと仲良くなってもらいたいのだ。

 しかし、

「――清々するわ」

 そっけなくそう言って、リゼは少し離れた岩の上に腰を下ろした。

「あんなお人好しなお節介焼き、いない方が気が楽だわ」

 ふて腐れた様子でリゼは頬杖をつく。「酷い言い方だな」とゼノが呆れたように言ったが、リゼは気にした様子はない。これは何かあったんだなと思いつつ、ティリーはリゼに問いかけた。

「困るとか嫌だとか心が痛むとか、そういうのはありませんの?」

「なんで私が困るとか嫌だとか心が痛むだとか思わなくちゃいけないの? あいつがどうなったって知らないわ。私には関係ない」

 冷たい声でリゼは言う。ああやっぱりこれは何かあったらしい。でなければこんなつんけんした態度は取らないだろう。ティリーがによによしていると、リゼはものすごく嫌そうな顔で言った。

「何よ。これで満足?」

「ええ。変なこと聞いてごめんなさいね」

「よく言うわ。そんなこと欠片も思ってないくせに」

 刺々しく言われたが、ティリーは気にしない。とりあえず現状はよくわかった。これはまだ経過を観察する必要がありそうだ。道のりは険しそうだが、研究のためならめげていられない。

「――もうちょっと素直になってくれたら話が速いんですけど」

「なに?」

「いいえなんでも」

 素直になってくれるなら、遠回りをする必要もないのだけど。

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