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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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悪夢 4

「美味しいですわ……!」

 小一時間後、出来上がった料理を食べたティリーは感動のあまりそう言った。美味い。とても美味い。昨日一昨日と食事は非常食で済ませていたこともあって、さらに肉を美味しく感じる。ティリーは下品に見えない最大の速さでフォークを動かすと、あっという間に肉を半分平らげた。

「にしても本当に意外ですわね。料理が得意だなんて」

 初めて作ったという熊肉のステーキは臭みもなく、端的に言えば大変美味だった。焼け具合は完璧。肉と集めた香草、そして少量の調味料しかないのに驚きの出来栄えだ。美味い。

「へっへーん。もっと褒めてくれてもいいんだぜ?」

 ティリーの褒め言葉に、ゼノは得意げに胸を張った。どこにそんなものがあったのか、きっちり着込んだ割烹着がやけに似合っている。なんでも、料理は母親が節操なく引き取ってきた大勢の義弟妹(きょうだい)の面倒を見るうちに、自然と身についたらしい。本人曰く、野菜を花や動物の形に切るのもお手の物だという。

「菓子作りも上手いからな。驚くことに。全く俺ですらいまだ信じられん。どう見ても得意そうには思えんのだがな。何か間違ってるんじゃないか」

 食事をしながら、キーネスはしみじみとそう言う。悪友のあまりの言い草に、ゼノはむっとして反論した。

「うるせ。料理下手なおまえには言われたくない」

「あらキーネス。貴方、料理下手なんですの?」

 上手まではいかなくとも、最低限食べられるものは作れると思ったのに意外だ。たいていのことは器用にこなしそうなのだが。

「そう! こいつの料理は酷いぜ!? 単純に下手なだけなら教えようがあるのに、こいつの場合そんなもんじゃねえからな」

 ティリーの疑問にゼノは我が意を得たりとばかりに言う。そんなもんじゃないとはどういうものなんだろう。気になる。好奇心を刺激されたティリーは若干の期待を込めてキーネスを見たが、彼は怪訝そうな顔をして視線を逸らした。

「飯なんぞ食えればいいだろう。お前達のように味の追求をする気にはなれん」

「あーあ。味音痴はこれだから。おまえがそんなんだからオレもオリヴィアも作り甲斐なくて困ってるんだぜ?」

「味の批評なら二人でやれ。俺は興味ない」

 そう言って、黙々と食事を続けるキーネス。特に美味しそうでも不味そうでもないので、味に興味がないというのは本当らしい。栄養補給さえできればいいというのはある意味キーネスらしいかもしれない。

「カティナさんは料理上手なのになぁ」

 悪友のつれない返事に、ゼノは不思議そうに呟く。シリル追跡中の食事はローグレイ商会にお世話になったが、確かにあの料理は美味しかった。親代わりの姉が料理上手でも、その弟が食に興味を持つとは限らないらしい。

「――確かに料理上手ではあるな」

 何故か表情を曇らせて、キーネスは呟く。さすがに頭が上がらないという姉には申し訳ないと思っているのだろうか。遠い目で何かを考え込んでいた。

「そうだ。アルベルトはどうなんだ?」

 ゼノに話を振られて、静かに食事をしていたアルベルトは手を止めた。

「簡単なものなら出来るけど、それ以外はそれほど。教会にいた頃はあまり作る機会がなかったから」

「あら、美味しかったですわよ?」

 謙遜するアルベルトに、ティリーは賛辞の言葉を贈る。あまり褒め言葉っぽくないが、アルベルトの料理はまさしく教科書通りの味だった。几帳面な彼らしい。

「あとリゼは意外と料理出来ますわよね。大味ですけど」

 話の流れに乗って、ティリーはリゼにも話を振った。細かい工程がめんどくさいのか作り方はかなり大雑把だが、その割に意外と美味しい。それがリゼの料理だ。もっと下手かと思っていたが、そうでもなくてつまらな――もとい、安心した。リゼにはお前が言うなと言われそうだけれども。

 しかし、想定していた反応は何一つ返ってこなかった。

「リゼ?」

 不思議に思ってもう一度名前を呼んだが、リゼは反応しない。皿にフォークを突っ込んだままぼうっと肉を見ている。いや、放心しているらしかった。

「リ・ゼ!」

 語気を強めると、リゼはようやく顔を上げた。たった今起きたばかりのような、呆けた顔をしている。リゼは視線をさ迷わせると、怪訝そうに眉を寄せた。

「……なに? 何の話?」

 どうやら本当に寝起きらしい。全然話を聞いていなかった様子で、リゼはそう問い掛ける。止まっている手元を見たゼノが、心配そうに言った。

「あんまり食ってねえみたいだけど、口に合わなかったか?」

「……別に。美味しいと思うけど」

 そう言って、リゼは肉を口に運ぶ。しかしどこか心ここにあらずといった様子で、咀嚼のスピードもゆっくりだ。どこか上の空のリゼに、アルベルトが心配そうに話し掛けた。

「リゼ、どこか具合でも――」

「ごちそうさま。シリルの様子を見てくる」

 アルベルトの問いかけを遮って、リゼは料理が半分以上残っている皿を置き、さっさと洞窟の方へ歩いていく。呼び止める間もない。洞窟の奥に消えたリゼの姿を見送ってから、ゼノがぽつりと呟いた。

「やっぱ本場の人間の口には合わなかったかな……」

「心配なのはそこか? 単に調子が悪いんだろう。スミルナを出てまだ二日しか経ってない。正直言って、俺達もまだ本調子とは言い難い」

「そうですわね。あの馬鹿悪魔祓い師と馬鹿騎士どものせいで身体のあっちこっちが痛いですもの」

 魔物に悪魔。悪魔祓い師に騎士。一日足らずで色んな輩と交戦したせいで、切り傷だの擦り傷だの打ち身だの、怪我のオンパレードだ。うっかり愚痴ったら大きな怪我だけリゼが治してくれたけれども(ただ感激して質問しようとしたら睨まれた)、小さな怪我でも数があるとなかなかしんどい。

「ま、シリルがダウンしたのをチャンスだと思ってわたくし達も休むしかありませんわね」

 さっさとメリエ・リドスに帰りたかったが、そうにもいかなくなった。せめて休みだと思わないとやってけない。ティリーは肉の最後の一切れを掻き込むと、ふうとため息をついた。

「早くレーナが帰ってきてくれるといいんですけどねえ。あんまり野外に長居したくないですわ」




 洞窟に入ると、外の喧騒とは裏腹に中は静寂に満ちていた。

 洞窟の奥におかれたランプの明かりが、ちらちらと揺れながら赤い光を放っている。ふと、リゼはランプの明かりに右手を翳した。掌は炎の光でうっすら赤く染まっている。入念に手を洗ったおかげか、汚れはどこにもない。だが鼻に掌を近づけると、わずかに獣と鉄の臭いがする。洗っても簡単に落ちない血の臭い。それを知覚して、胸の奥がざあっと冷える。血の臭いにはもう慣れたはずなのに。握りしめた手を振り下ろして、リゼは目を閉じた。

 視覚を絶つと、風の吹き抜ける音に混じって別の音が聞こえてくることに気付いた。小さく、不規則な、すすり泣くような声だ。歩を進めると、声は次第にはっきりと聞こえてくる。リゼは少し速度を速めつつ、静かに声の主へ近づいた。

 洞窟の奥に作られた寝床の中で、少女は小さな身体を丸め、細かく震えていた。毛布の中に顔をうずめ、まるで何かから隠れようとしているかのようだ。しかしリゼが近づいたことに気付いたのか、少女は僅かに顔を覗かせて、こちらを見上げた。

「どうしたの」

 涙に濡れた目を向けたシリルに、リゼは静かに問いかけた。闇の中、ランプの明かりが少女の濡れた瞳に光を映している。その煌めきは少女にふさわしく、静謐で柔らかい。だが、彼女の瞳は悲しみと恐怖に彩られていた。

「怖い夢を見たんです」

 シリルは縋り付くようにリゼに抱きついて、うわ言のように呟いた。

「女の人が目の前で亡くなって、悪魔がたくさんやってきて……皆、死んじゃうんです……」

 ぼんやりと語りながら、シリルは目を閉じる。小さく華奢な身体は熱のせいで酷く熱い。震える背を宥めるようにさすると、閉じた目から透明な滴が零れ落ちた。

「怖いんです。すごく怖い。家に帰りたい。父上と母上と兄上に会いたい。一人ぼっちで修道院に閉じ込められるのは嫌です。皆さんと離れ離れなんて嫌なんです……!」

 震える声で訴えるシリルをリゼはただただ抱きしめる。子供の慰め方など分からない。そういうのには向いていない。けれど何もしない訳にはいかなくて、例えば世の母親ならこうするだろうという憶測の下、ゆっくりとシリルの背をさする。

「夢よ。それはただの夢」

 そう、悪夢だろうと夢は夢。怖がる必要なんてない。何も恐れる必要はない。悪い夢は白紙に。良い夢はたくさんに。おまじないが必要なのは、リゼではなくシリルの方だ。彼女は庇護されるべき――子供なのだから。

「大丈夫。誰もあなたを一人ぼっちになんてしないから。悪い夢は忘れてしまいなさい」

 すすり泣く少女を抱えながら、リゼはランプの炎を見つめた。火屋の中で揺れる炎は小さいながら赤く輝いて、綺麗だとすら思ってしまう。綺麗だ。綺麗すぎて、現実味が薄いぐらい。現実でなければいいのに。平和に暮らすのに不都合なことなど、みんな現実でなければいい。

 シリルの体質も、発熱も、教会の追跡も、悪夢も、血の臭いも。

 この世を脅かす悪魔の存在も。

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