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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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悪夢 3

「――とにかく! 今は金のことより食料だ。スターレン。さっき言っていた野草はどこにある?」

 話を打ち切るようにキーネスは言い、アルベルトに問いかける。それに当初の目的を思い出し、アルベルトは周囲の観察を再開した。アルヴィアは実りが少ない。だが皆無というわけではない。時期的にも探せば何か見付かるはずだ。ゆっくり歩を進めながら、足元の草地を見回した。

「……これは」

 しばらくして、アルベルトの目に一つの花が止まった。両腕で抱えられる程の範囲に咲くその花は、吹き去った風にゆらゆらと揺れている。細長い白い花弁は図鑑で見た挿絵とそっくりだった。慎ましく咲くそれを一輪摘み、ゼノとキーネスに見せる。

「この花は煎じれば熱さましになる。少し摘んでいこう」

 薬はレーナが買ってきてくれるだろうが、少し時間がかかるだろう。それまで少しでも症状を緩和できればいい。いくつか摘んだ花を籠に入れると、アルベルト達はさらに周囲の捜索を続けた。どうやらこの辺りは食用になりそうなものが多数生えているようだ。アルベルトの指示の下、三人は採集にいそしんだ。しかし、

 突如、低い獣の唸り声がどこかから聞こえた。敵意のこもった声に、アルベルト達は野草の採取をやめて身構える。唸り声は一つだけ。距離はそれほど離れていない。姿は見えないので、茂みのどこかに隠れているのだろう。アルベルトが周囲を警戒していると、籠を放り出したゼノが剣の柄に手を掛けつつ前に飛び出した。

「魔物か!?」

「いや、違う」

 悪魔の姿はない。普通の獣だろう。ただ気が立っているのか、殺気がビリビリと伝わって来る。

「……なんか、猪に追いかけられた時のことを思い出すな」

 大剣の柄に手をやり、ゼノはそうひとりごちる。そういえば禁忌の森で猪の大群に追いかけられた時も、こんな風に殺気を感じた。それはおそらく、立ち入ってはならない場所に侵入した者への怒り――

 次の瞬間、低い獣の唸り声が背後から聞こえた。アルベルトが振り向くと、間髪いれず茂みの中から黒い影が踊り出る。黒い岩のようなそいつは、一番近くにいたアルベルトに向かって突進した。

 アルベルトは剣の柄に手を掛けると、素早く抜剣した。振り返りながら剣を奔らせ、現れたそいつの鼻先を狙う。銀色の刃は空を切り、まっすぐに目標へと向かった。

 刃がそいつを捉える瞬間、脇腹に鋭い痛みが奔った。




「なんですのこれ……?」

 帰還した男性陣が持ち帰ってきたものを見て、ティリーは唖然とした。

 熊である。黒くてデカくて重量感のある熊である。どうやって持って帰ったのかというと、縄をかけて引きずって帰ってきたらしい。食料を確保するために出かけたのにまさか熊を持って帰ってくるとは思わなかったので、ティリーはただただ熊をじろじろと眺めていた。

「小さい熊ね」

「……いや、十分デカくありません?」

 リゼの感想にティリーは思わずつっこみを入れる。体長は成人男性ほどだが、大きな身体とそれを強調する黒々とした毛並のせいで実際よりも大きいように見える。小さくない。全然小さくない。だが、北の地出身のリゼにとってはそうでもないようだ。

「私の知っている熊だと、成獣は背丈だけで人間の二倍はあるわよ。それは良いとして、これ、どうしたの?」

 リゼが問うと、アルベルトは視線を落して答える。

「襲い掛かってきたから反射で仕留めてしまった。多分縄張りに入られて気が立っていたんだろう。殺すつもりはなかったんだが手元が狂ってしまって……」

 沈鬱な表情で話すアルベルトは、どうやら熊の命を奪ってしまったことに心を痛めているらしい。相手が魔物ではないからだろうか。ご丁寧に跪いてお祈りまで唱え出している。そりゃ無意味な殺生はよろしくないが、話を聞く限り正当防衛ではないだろうか。

「……で、何でわざわざ持って帰って来たんです?」

 ティリーは振り返って隣にいたキーネスに問う。キーネスは熊を指し示し、淡々と答えた。

「こいつなら数日分の食料になるかと思ってな」

「食料? これが?」

 確かに熊って食べられるけど。研究のためあっちこっち旅して回ったティリーといえど、熊を食べたことはない。魔物化した奴に遭遇したことは何度もあるが、野生の熊はほとんど会ったことはない。熊を食べる習慣があるというアルヴィア北部には行ったことがない(だって寒い)し――

「……熊肉ってクセが強いって聞きましたけど」

「そんなもの食えればいいだろう。どうしても注文があるならゼノに言えばいい。あいつならなんとかする」

「じゃあ捌くのは? 熊の解体なんて出来るんですの?」

 魚を捌くのとは訳が違う。皮をはいだり肉を切り取ったり、具体的な手順は知らないがそれ相応の技術がいるはずだ。食糧にすると豪語するからには何かしらのあてがあるのだろうな。そう思いつつキーネスを見ると、彼はゼノの方を向いてさらっと言った。

「ゼノ、頼んだぞ」

 ――突然、辺りに沈黙が降りた。

「ちょっと待てキーネス。おまえ自分で捌けないものを食料にしようなんて言ったのか?」

 その場の全員から視線を向けられたゼノは、顔をひきつらせつつキーネスに恐る恐る問いかけた。一方、問われた方はなんでもないような表情で答える。

「お前、料理得意だろう。それぐらい出来ると思ったんだが」

「いや無理だって! 兎ぐらいなら捌けるけど熊は無理。オレん家は農家なんだぜ。近所に猟師のオッサンがいたし大型動物を捌く機会なんてなかったんだよ! おまえがやれよ!」

 まさか自分にまかされるとは思っていなかったらしい。ゼノは頭を抱えつつキーネスに言い返す。確かに、農耕中心のミガー西部出身だというゼノが大型動物を解体する技術を身に着けているわけがない。同郷のキーネスがそのことを知っていないはずがないのに熊の解体をやらせようとするなんて、性格が悪いというかなんというか。

「なんだ。出来ないのか」

 キーネスはしれっと言い、「それならこいつは食えないな」と残酷な事実を語る。せっかくの食料が食べられないと分かったのに、その危機感のない口調はなんなのだ。ティリーは肩を落としていると、今度はアルベルトが名乗り出る。

「それなら俺が――」

「アルベルト。貴方、熊を捌いた経験はあるんですの?」

「いや、ない」

「……」

 だと思った。さすがのアルヴィア神学校といえど、生徒に熊の捌き方まで教えてはいないだろう。アルベルトなら器用だから何とか出来るかもしれないが、やはり素人では――って、

「アルベルト? なんで剣を抜いてるんですの?」

 大真面目な表情で剣を引き抜くアルベルトに、ティリーは思わずつっこんだ。なんで熊の解体に剣が必要なんだ。しかしアルベルトは真顔のまま、ティリーに問いかける。

「熊を捌くには刃物が必要だろう?」

「……せめて包丁でやってくださいませ……」

 ティリーは脱力しつつも何とか突っ込みを入れる。そんな風に真顔でボケないで欲しい。いやある意味最善の手だし本人は真剣なのだろうが、絵面がギャグにしか見えない。しかしながら、このままでは食事にありつけないのも事実なので、こうなったら素人上等で捌いてもらうしかないだろう。まあアルベルトのことだ。自慢の剣技で上手くやってくれ――

 するとその時、どす、という鈍い音がした。

「――ってリゼ!? 何してるんですの!?」

 耳慣れない音に振り返ったティリーは、そこで起こっていたことを見て驚きの声を上げた。何があったって、リゼがいつの間にか縄を解かれた熊の腹にナイフを突き立てている。どこにそんなものを持っていたのか、大きくて強そうなナイフだ。リゼはナイフを突き立てたまま、怪訝そうな顔で言った。

「何って、解体しなきゃ食べられないでしょう」

 リゼはそのまま、鮮やかな手つきで表皮に切れ目を入れていく。黒い毛皮に赤い線が奔り、周りの体毛を濡らしていった。リゼは皮と肉の境目にナイフを入れ、毛皮を切り離していく。

「熊を食べる気ならその辺から香草でも探してきて。こいつは臭み消ししないと食えたもんじゃないわよ」

 そう言いつつ、リゼは大ぶりのナイフを器用に操って黙々と熊の毛皮を剥いでいった。熊は見る間に腹部が丸裸になり、赤い肉が剥き出しになる。リゼはナイフを逆手に持つと、手が血で汚れるのも構わず骨と肉を切り離し始めた。

「す、すげえ! おまえそんなことが出来るのか!」

 ゼノは子供の様に目を輝かせ、興味津々といった様子でリゼの様子を見ている。だがその熱烈な視線とは裏腹に、リゼの態度はクールなものだ。

「私の育った村じゃこれぐらい子供でも出来るわ」

 リゼは喋りながらも手際よくナイフを動かし、あっという間に肉の塊を切り出した。こうなってしまえば、もうどこの肉屋にもあるただの精肉である。その大きな塊をリゼはすっとゼノに差し出した。

「これだけあれば十分でしょう。じゃ、後はよろしく」

「お、おう。まかせ――ってちょっと待って。熊肉ってどう料理したら美味いんだ!?」

 反射的に肉を受け取ったゼノは、大きな塊を前に戸惑いながら問いかけた。しかし、リゼの返答はあっさりしたものだ。

「ほかの肉と同じように料理すればいいじゃない」

「そんなこと言われても……」

 困惑するゼノだったが、肉を目の前に心を決めたらしい。「ま、なんとかしてみるぜ」と真剣な表情で肉を簡易のまな板に置いた。

「絶対美味しく料理してやるからな……覚悟しろよ……!」

 そう言って、ゼノは庖丁を振り下ろした。

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