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Savior 《セイヴァー》  作者: 紫苑
悪魔教徒編
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神聖なる悪魔の苗床 30

 スミルナ東門の外は大街道へ続く石畳が南の方へカーブを描いて伸びている。第一の神聖都市、聖都エフェソへ続く道だ。東門へ通ずる道は険しく、普段から人通りがほとんどないためか、閉門されている今は幸いにも人の影がまったくない。アルベルト達は無人の街道を突っ切り、しんがりから先頭へ回ったキーネスに続いてまっすぐ東へと進んだ。

「あいつらまだついて来るぜ!?」

 東門から数百メテル離れた頃、確認のために振り向いたゼノが焦ったように声を上げた。ちらりと背後を確認すると、開かれた通用門から騎士達が出てくるのが目に映る。騎士だけではない。白いローブを着た人物も、その中に混ざっている。足止めのための瓦礫はもう乗り越えられてしまったらしい。距離は離れているものの、このまま鬼ごっこを続けては、消耗しているこちらが不利になってしまう。

「構うな。この先で振り切る!」

 戸惑うゼノを叱咤し、キーネスは森を突っ切って東へ進む。何か策があるのか、足取りには迷いがない。しかし、この先にあるのは――

 小さな森を抜けると、目の前に広大な草原が現れた。寒冷帯に位置する帝国の中でも比較的気候が穏やかなアルヴィア最大の平原だ。スミルナを出て少し東へ進んだところからだと特に見晴らしがよく、平原を遠くまで見渡すことが出来る。

 何故なら、そこには丘を半分削り取ったかのような、高い崖があるから。

「飛び降りるぞ!」

「えええええっ!?」

 キーネスがそう言ったのと、崖があることに気付いたゼノが素っ頓狂な声を上げたのはほぼ同時だった。どちらにせよ、今さら立ち止まろうにも勢いを殺しきれない。アルベルト達は崖を蹴って指示通り空中に飛び出した。一瞬の浮遊感。そして、

 ティリーが唱えた重力魔術が、アルベルト達を包み込んだ。

 魔術の助けを借りて、アルベルト達は崖下に軟着地した。降り立った場所のすぐ近くには、荷車が一台止まっている。それに飛び乗ったキーネスに続いて、アルベルト達も荷車に乗り込んだ。

「おかえりなさーい! 出すのでしっかり掴まってて下さいねー!」

 御者台にいたレーナはそう言って手綱を振るった。馬は嘶き、勢いよく走りだす。舗装されていない草原を疾走してガタガタ揺れる馬車にしがみつきながら、アルベルトは剣を抜いて遠ざかっていくスミルナに視線を向けた。




 マティアが放った銀の矢は、魔女(ターゲット)をとらえることなく剣の一振りで逸らされた。陽光に照らされた銀の矢は、草地に突き刺さってギラギラと光っている。おかげでここからでも刺さっている場所がはっきりわかるほどだ。それに対して、馬車は悪路にも関わらずみるみるうちに遠ざかっていく。今から崖下に降りても追いつけないだろう。

「やめとけよ。矢の無駄だぜ」

 すぐに次の矢を引いた部下に、ウィルツはそう言い放った。マティアの力量なら当てられるだろうが、アイツの剣の腕を考えたらまた弾き返されるのがオチだ。無駄なことをする必要はない。

「――また逃げられましたね」

 弓を下したマティアが、特に感慨も見せず淡々と言う。取り逃がしたという悔しさすら、そこには見出せない。

「いちいち言われなくてもそんなことは分かってんだよ。うるせえな」

 遠ざかっていく馬車から視線を外し、ウィルツは崖に背を向ける。部下の事務的な態度は感情的で煩い奴より余程心地よい。だが、時にその冷静な物言いに苛立つこともある。今がまさにそれで、まるで他人事のような言い草に腹が立った。

「おい。罪状に加えとけ。魔女が魔物を喚び出して、街を襲おうとしたってな」

 慌てている騎士にぞんざいに命じて、ウィルツは踵を返した。馬車はすでに遠くかすんで見えなくなっている。魔女とアイツは無事逃げおおせた。だがいずれ二人まとめて火刑台に送ってやる。その傲慢さにふさわしい数の罪状と共に。

「アンジェラも間が悪いな。こんな時に不在とはよ」

「シスター・アンジェラは特別任務中です。それに、あの方はこの任務に関わるおつもりはないようです」

「ふーん、もったいねえな」

 せっかくこんなに面白い獲物がいるのに。それともアイツを随分気に入っていたようだから、火刑台に送るのが嫌なのだろうか。規則第一のあの女が、任務に私情を挟むとは思えないが。

「シスター・アンジェラは職務放棄して別の任務に関わるような方ではありませんよ」

 ウィルツの思考を呼んだのか、マティアは言い聞かせるようにそう言った。だがそんなことは分かっている。全くうるさい奴だ。ウィルツは苛立ちながら、足元の石を蹴った。石は崖の縁を飛び越え、草原へ転がり落ちていく。もちろんアイツや魔女には届かない。

「……帰るぞ。一度態勢を整える」

 踵を返し、ウィルツは崖を後にする。その途中、生い茂る草の中でささやかに咲いていた緋い花を、八つ当たりするかのように踏みにじった。

 緋い花は無残に潰れ、土にまみれて哀れにも萎れてしまった。

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